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藻類のオイル生産を制御する因子を同定 有用脂質生産の自在制御に向け大きな一歩

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要点

  • 藻類はリンや窒素などの欠乏時に細胞内にオイルを高蓄積
  • 藻類で栄養欠乏時に起こるオイルの高蓄積を制御する制御因子を発見
  • 制御因子の改変により、オイル生産を自在に制御する仕組みへの活用に期待

概要

東京工業大学 生命理工学院のNur Akmalia Hidayati(ヌル・アクマリア・ヒダヤティ)博士後期課程3年、堀孝一助教、太田啓之教授、下嶋美恵准教授、岩井雅子特任助教と京都大学 福澤秀哉教授、東北大学 大学院情報科学研究科 大林武准教授、かずさDNA研究所 櫻井望チーム長(現所属・国立遺伝学研究所)らの研究グループは、バイオ燃料をはじめとする有用脂質生産に活用が期待される藻類の一種「クラミドモナス[用語1]」で、リンや窒素の栄養欠乏時に起こるオイルの蓄積を制御する因子の同定に成功した。またこの制御因子は、特に栄養欠乏時の細胞内にオイルが大量に蓄積する時期に機能する主要な制御因子であることも突き止めた。

今回、種々の藻類で広く見られる栄養欠乏時のオイルの大量蓄積を制御する制御因子を見出したことで、明らかになった脂質蓄積の制御の機構や制御因子自体を、藻類で生産する有用脂質の種類や生産の時期を自在にコントロールするための仕組みづくりに活用することが期待される。

藻類はリンや窒素などの栄養欠乏時に細胞内にオイルを多量に蓄積することが広く知られている。この仕組みの解明が藻類で様々な有用脂質を自在に生産するための大きな手掛かりになると考えられていた。

研究成果は7月27日発行の英国科学雑誌「プラント ジャーナル(The Plant Journal)」に掲載された。

(注)この研究は、科学研究費基盤研究A、科学技術振興機構 産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA) 「ゲノム編集による革新的な有用細胞・生物作成技術の創出」研究領域(研究総括:山本卓(広島大学教授))における研究の一環として行った。

研究の背景と経緯

これまで石油資源から生産されている様々な有用脂質を、光合成を行う藻類や植物で生産するバイオ燃料などで代替して製造し、石油資源への高い依存から脱却することが期待され、世界中で研究が進められている。中でも藻類は単位面積あたりの生産性が高いことや食用作物と競合しないという利点を持つ。

藻類が作り出すオイル(油脂、トリアシルグリセロール)は液体燃料として直接転用可能な原料となり、単位容積あたりのエネルギー効率も高いことから、ディーゼル燃料や航空燃料の代替として最適なバイオマスと期待されている。とりわけ、藻類はリンや窒素の欠乏時に細胞内に多量のオイルを蓄積することが広く知られており、その仕組みの解明に向けた研究が行われてきた。

藻類の栄養欠乏時におけるオイル蓄積を制御する仕組みを解明することができれば、その知見や制御を担う因子を活用することで、藻類で様々な有用脂質を適当な時期に自在に生産するシステムを構築することができると期待されている。しかし、特に栄養欠乏時のオイルの蓄積が顕著になる時期に油脂合成を制御する制御因子はこれまで全く同定されておらず、藻類の応用を見据えた基礎研究の推進が急務となっていた。

研究成果

太田教授らの研究グループは、モデル藻類のクラミドモナスを用いてオイル合成の最終段階を担う酵素「ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ(DGAT)[用語2]」の遺伝子の一つであるDGTT1[用語3]と同調的に遺伝子の発現が起こる転写因子の候補を網羅的に探索[参考1]した。その中から、特にリン欠乏条件移行後のオイルが大量に貯まる時期に強く発現する転写因子LRL1(Lipid Remodeling reguLator1)[用語4]の遺伝子を候補として見出し、解析をした。

LRL1の機能を明らかにするため、京都大学福澤研究室と共同で、遺伝子の発現が抑制された変異体を1ライン単離し、またクラミドモナスの遺伝子変異体のライブラリからLRL1の機能が抑制された変異体をもう1ライン単離して、それらの性質を詳細に解析した。その結果、変異体ではいずれもリン欠乏時にみられるオイルの蓄積が大きく抑制されていることが分かった。

さらにこれらの変異体では、栄養が十分ある際には細胞分裂が促進されて細胞のサイズが小さくなること、栄養が欠乏すると逆に細胞の増殖が抑制され、野生型に比べて細胞の色がやや薄緑色になることなどが分かった。またリン欠乏時に細胞内で不足したリンを生体膜のリン脂質から切り出して補い、リン脂質の代わりにリンを含まない糖脂質などを合成するリン欠乏時の膜脂質転換[用語5]と呼ばれる仕組みにも異常が起こっていることが分かった。

LRL1がこれらの現象に関わる遺伝子を直接制御しているかどうかを明らかにするため、タバコの葉を利用した遺伝子の一過的な発現系を用いて、藻類の転写因子が、藻類の膜脂質転換に関わる遺伝子を直接制御しているかどうかを解析した。その結果、LRL1は、クラミドモナスに存在する別の転写因子(bHLH2)と二つの転写因子の結合を促進するタンパク質(TTG1)と共同することで、リン欠乏時に起こるダイナミックな脂質代謝の変動を直接制御していることが明らかになった。

また、LRL1は、リン欠乏応答の早期に関わる転写因子として広く知られるPSR1[用語6]と同様な遺伝子を制御するが、PSR1とは異なり、リン欠乏のみならず窒素欠乏時にも発現が誘導されることから、栄養欠乏時の比較的後期に顕著にみられるオイルの蓄積や細胞分裂の抑制を制御する重要な制御因子であると考えられる。

今後の展開

今回の研究成果により、藻類の栄養欠乏時に広く見られるオイルの蓄積や膜脂質転換など脂質代謝の大きな変動(脂質転換)を制御する重要な制御因子の存在が明らかになった。今後、今回明らかになったLRL1の機能の仕組みやLRL1自体の活用により、藻類で大量生産が望まれる様々な有用脂質を必要な時期に自在に誘導蓄積する仕組みの構築が可能になることが期待される。

LRL1変異体ではリン欠乏時の生育が抑制される。

図1. LRL1変異体ではリン欠乏時の生育が抑制される。

上図:LRL1の二つの変異体、lrl1-1lrl1-2のタグ挿入部位、下図:リン欠乏時の培養の様子。lrl1-1lrl1-2では、いずれもリン欠乏時の細胞の増殖が抑制され、培養液がやや薄緑色になる。

LRL1の二つの変異体のオイルの蓄積と細胞サイズの変化

図2. LRL1の二つの変異体のオイルの蓄積と細胞サイズの変化

赤:葉緑体のクロロフィル蛍光 緑:油滴

リン欠乏条件(-P)への移行後、野生型(C9とCC4533)では細胞のサイズが肥大し、オイルの蓄積に伴い油滴の肥大や数の増加が起こるが、二つの変異体lrl1-1lrl1-2では、オイルの蓄積が抑制され、細胞のサイズも小さい。

リン欠乏時におけるLRL1の機能のモデル

図3. リン欠乏時におけるLRL1の機能のモデル

LRL1は、他の転写因子bHLH2や、制御因子の連結に関わる因子TTG1と共同してリン欠乏応答遺伝子の発現誘導に直接働いていることが明らかになった。

用語説明

[用語1] クラミドモナス : モデル藻類として様々な研究に用いられる単細胞性の緑藻。窒素やリンの欠乏時に細胞内にデンプンとオイルを多量に蓄積することから、栄養欠乏時のオイル蓄積の研究のモデルとしても広く用いられている。

[用語2] ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ(DGAT) : 植物や藻類、動物など様々な生物でオイル(triacylglycerol,TAG)の合成の最終段階を担う重要な酵素。TAGの合成の前駆体であるジアシルグリセロール(グリセロール骨格に脂肪酸が2つエステル結合したもの)にさらにもう一つ脂肪酸を結合させる反応を触媒する。大きく分けてDGAT1とDGAT2の2つのタイプがある。

[用語3] DGTT1 : クラミドモナスには、5種類のDGAT2遺伝子が存在し、その中で、特に窒素やリンの欠乏時に遺伝子の発現が著しく上昇する遺伝子。

[用語4] LRL1(Lipid Remodeling reguLator1) : クラミドモナスで今回見出されたMYB型と呼ばれる転写因子の一種。MYB型の転写因子は藻類や植物、動物に広く存在することが知られており、それぞれの生き物で特定の代謝系の制御などを行うMYB型転写因子が多数存在する。それらの生き物では、MYB型転写因子をはじめとする種々の転写因子などの制御のネットワークにより、複数の代謝系や様々な生理現象が巧妙に維持されている。

[用語5] リン欠乏時の膜脂質転換 : 藻類や植物のリン欠乏時には細胞内に不足したリンを補うため、生体膜の主要構成成分であるリン脂質を分解して細胞内にリンを供給するとともに、リン脂質の代わりとしてリンを含まない糖脂質やベタイン脂質などを用いることで、リンの欠乏時への適応を行っている。また、リン欠乏時や窒素欠乏時には、細胞の増殖を抑制するとともに、栄養が十分に得られるようになった時に迅速に対応できるよう光合成で得られた余剰の炭素を貯蔵脂質(トリアシルグリセロール、オイル)として蓄積する。このような脂質代謝の変動は、生体膜とは異なり細胞質の脂質で起こるため、栄養欠乏時における膜脂質転換と合わせて「栄養欠乏時の脂質転換」と呼ばれている。

[用語6] PSR1 : リン欠乏時に起こる様々な現象を制御する中心的な制御因子。LRL1と同様MYB型の転写因子に属するが、LRL1とはサブグループが異なる。PSR1はR1型MYB、LRL1はR2R3型MYBのサブグループにそれぞれ属する。

参考情報

[1] 2016年に大林准教授、太田教授らが共同で開発した共発現データベースALCOdbを活用したものである。
Aoki Y, Okamura Y, Ohta H, Kinoshita K, Obayashi T. ALCOdb: Gene Coexpression Database for Microalgae. Plant Cell Physiology, 57, e3 (2016)

論文情報

掲載誌 :
The Plant Journal
論文タイトル :
LIPID REMODELING REGULATOR 1 (LRL1) is differently involved in the phosphorus-depletion response from PSR1 in Chlamydomonas reinhardtii
著者 :
Hidayati, Nur Akmalia; Yamada-Oshima, Yui; Iwai, Masako; Yamano, Takashi; Kajikawa, Masataka; Sakurai, Nozomu; Suda, Kunihiro; Sesoko, Kanami; Hori, Koichi; Obayashi, Takeshi; Shimojima, Mie; Fukuzawa, Hideya; Ohta, Hiroyuki
DOI :
<$mt:Include module="#G-11_生命理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系
教授 太田啓之

E-mail : hohta@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5736 / Fax : 045-924-5527

京都大学 大学院生命科学研究科 微生物細胞機構学分野
教授 福澤秀哉

E-mail : fukuzawa@lif.kyoto-u.ac.jp
Tel : 075-753-4298 / Fax : 075-753-9228

東北大学 大学院情報科学研究科
准教授 大林武

E-mail : obayashi@ecei.tohoku.ac.jp
Tel : 022-795-7161 / Fax : 022-795-7179

国立遺伝学研究所 生命情報・DDBJセンター
特任准教授 櫻井望

E-mail : sakurai@nig.ca.jp
Tel : 055-981-6895 / Fax : 055-981-9448

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Tel : 075-753-5729 / Fax : 075-753-2094

東北大学 大学院情報科学研究科 広報室

E-mail : koho@is.tohoku.ac.jp
Tel : 022-795-4529 / Fax : 022-795-5815

国立遺伝学研究所 リサーチ・アドミニストレーター室 広報チーム

E-mail : infokoho@nig.ac.jp
Tel : 055-981-5873

かずさDNA研究所 広報・研究推進グループ

E-mail : kdri-kouhou@kazusa.or.jp
Tel : 0438-52-3930 / Fax : 0438-52-3931


低電圧高輝度ペロブスカイトLEDを実現

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要点

  • 高性能ペロブスカイトLED実現に向けた新概念を提案
  • 新アモルファス酸化物半導体で、励起子をペロブスカイト層内に閉じ込める
  • 5 Vで500,000 cd/m2の緑色発光素子を実現

概要

東京工業大学 元素戦略研究センターの沈基亨大学院生、金正煥助教、細野秀雄栄誉教授らは、近年、新たな発光材料として注目を集めているペロブスカイト型ハロゲン化物を用い、低電圧駆動で超高輝度のペロブスカイトLED(PeLED)[用語1]の開発に成功した。電極からのキャリアの注入と発光層内での移動の両方を促進するという新たなアプローチでLEDの高性能化を達成した。

開発したアモルファスZn-Si-Oは、CsPbX3[用語2] の伝導帯下端よりも浅い位置に伝導帯下端を持つことで励起子の閉じ込めが可能で、しかも高い電子移動度により効率的な電子注入が期待できる。この指針により作製されたCsPbBr3の緑色発光素子は2.9 Vで10,000 cd/m2[用語3]、5 Vで500,000 cd/m2に及ぶ低電圧超高輝度を実現した(電力効率は33 lm/W[用語4])。さらに赤色発光素子では20,000 cd/m2の世界最高輝度が得られた。この成果はPeLEDの実用化に向けた新たな方向性を提案するものである。

CsPbX3は発光中心となる励起子の束縛エネルギーが小さいので、非発光型遷移[用語5]が起こりやすく、低い発光効率の原因と考えられていた。そのため量子閉じ込め効果を持つ低次元の発光材料[用語6]が専ら研究されてきた。しかし、低次元材料は電子や正孔が動きにくく、電流注入での発光効率が高くなりにくいという問題が生じる。今回の研究ではCsPbX3を発光層とし、これに適した電子輸送層を用いることで、電極からのキャリア注入と発光層内での移動の両方を促進する新たなアプローチでLEDの高性能化を狙った。

研究成果は文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>によって得られたもので、7月30日(現地時間)に米国応用物理学会「Applied Physics Reviews」に掲載された。

研究の背景

近年、スマートフォーンやテレビなどに有機EL(エレクトロルミネッセンス)ディスプレイが急速に普及しつつある。有機ELは自己発光型で低温プロセスなどを特徴としており、高い画質やフレキシブルエレクトロニクスなどの観点で非常に魅力的である。しかし、短い寿命や高い駆動電圧などの弱点を伴うことが問題とされており、新たなEL用発光材料の探索が広く行われている。

ペロブスカイト型ハロゲン化物(CsPbX3、ここではX=Cl、Br、I)は、その候補として新たに注目を集めている発光材料であり、高い色純度や溶液プロセスで作製が可能などを特徴とする。近年は量子閉じ込め効果を有する低次元系のハロゲン化物が多く研究されており、従来の三次元構造のCsPbX3よりも優れたEL特性が得られるといった例が多数報告されている。

このような背景から、低次元性材料>3次元材料という関係式が当然視されている。しかし、これには非常に重要な事実が見逃されている。発光材料の評価として一般的に用いられるのは蛍光量子効率(PLQY)[用語7]である。従って、量子閉じ込め効果を有する低次元材料が高いPLQYを示すのが一般的である。しかしながら、このPLQYは光で励起した際の発光効率の値であり、電極から電子と正孔を注入して、発光体のなかで再結合して光らせるEL素子に適しているかどうかは別の話である。

つまり、いくら高いPLQYを有する発光材料だとしても、電子と正孔の供給がない限りELでは決して光らない。さらに局在性の高い低次元性材料では、有効質量が大きいため電子と正孔が移動しにくく、再結合の確率が低下するので高い効率での発光が難しい。今回の研究ではCsPbX3の持つ優れた電気的性質を利用しつつ、優れた特性を有する電子輸送層を用いて、励起子の生成濃度の増大とその閉じ込め効果によって特性の大幅な向上を試みた。

研究成果

CsPbX3は当初、太陽電池として注目された材料であり、小さい励起子束縛エネルギー[用語8]や小さい電子と正孔の有効質量を特徴とする。これは励起子が容易に電子と正孔に解離し、電極まで速やかに移動できることを示唆する。このような特性は太陽電池で高い短絡電流を得るために重要であるが、EL発光の観点からは非発光型遷移(消光)の要因になってしまう。

太陽電池とELの素子構造は非常に似ているが、実際に要求される物性が大きく違う。つまりCsPbX3のように励起子束縛エネルギーが小さい発光材料は消光確率が高く、EL素子には適さないという結果が予想される。研究グループは実際にCsPbX3の消光現象を調べるため次のような実験を行なった。

図1に示したように電子親和力[用語9]が異なる透明酸化物半導体をガラス基板上に成膜し、その上のCsPbBr3薄膜の発光特性を調べた。ここで透明酸化物半導体として当研究室が開発したアモルファスZn-Si-O(a-ZSO)を用いた[参考文献1]。a-ZSOはZnとSiの割合によって電子親和力を連続的に変化させることが可能である (図1a)。

図1bのように、PL寿命がCsPbBr3に隣接した層のエネルギー準位[用語10]に大きく左右されることが明らかである。つまり、隣接したZSO層の伝導帯下端の位置がCsPbBr3のそれよりも深いと励起子が容易に解離し、隣接層に逃げてしまうことが示唆される。

また、a-ZSOのZn/Si比が80/20に達してからは、ガラス基板上の寿命とほとんど変わらないことから、隣接層の伝導帯下端の位置がCsPbBr3のそれと同等、もしくはより浅いときには消光現象が生じないとことが分かる。一方、0次元的電子構造[用語11]を有するCs3Cu2I5[用語12] [参考文献2]では、隣接層に関係なく同様なPL特性が得られており(図1c)、これは隣接層由来の消光現象と励起子束縛エネルギーが強く相関していることを示唆する。

(a)ITO、90ZSO、85ZSO、80ZSO及び75ZSO薄膜の電子親和力。(b) ITO、90ZSO、85ZSO、80ZSO、75ZSO、及びガラスに成膜されたCsPbBr3薄膜のPL 寿命及び発光写真(励起波長:365 nm)(c)各基板に製膜したCs3Cu2I5 薄膜の発光写真(励起波長:254 nm)
図1.
(a)ITO、90ZSO、85ZSO、80ZSO及び75ZSO薄膜の電子親和力。(b) ITO、90ZSO、85ZSO、80ZSO、75ZSO、及びガラスに成膜されたCsPbBr3薄膜のPL 寿命及び発光写真(励起波長:365 nm)(c)各基板に製膜したCs3Cu2I5 薄膜の発光写真(励起波長:254 nm)

図1の実験結果からは隣接した層とペロブスカイト層とのエネルギーの違いに伴う、消光現象や励起子の閉じ込め効果を明確にみることができた。また、Zn/(Zn+Si)<80 %のZSOを用いることで、ペロブスカイト層の励起子の閉じ込め効果が期待される。そこで80ZSOを電子輸送層(ETL)に用いたPeLEDを作製した。発光層にはCsPbBr3(緑色発光)を80ZSO ETL上にスピンコート法で成膜した。

図2のように80ZSOを電子輸送層(ETL)として用いたPeLEDは2.9 V、10,000 cd/m2という低電圧駆動で、33 lm/Wの高い電力効率を示した。また、最高輝度としては5 Vで500,000 cd/m2の超高輝度が確認され、これまで報告されたPeLEDよりも非常に優れた特性を得ることができた。また、a-ZSOは成膜条件や組成によって導電性の調整が容易であるため、発光層に注入される電子と正孔の電荷バランスを制御できる。

図2bのように電導性を調整することで電力効率は7.5 lm/Wから22 lm/Wまで大きく上昇することがわかる。ペロブスカイト層と隣接した層のエネルギーアライメント[用語13]の重要性の視覚化のため、図2eのようにZSO ETL上に部分的にZnO(酸化亜鉛)を成膜した電子注入層を使ってPeLEDを作製した。その結果、ZSOと隣接している面のみが明確に発光しており、エネルギーアライメントが極めて重要であることが実証された。このコンセプトをさらに赤色や青色のPeLEDを作製し優れたEL特性を確認できた(図3d)。

この研究で得られたPeLEDの特性は、これまでに報告された低次元性ペロブスカイト発光材料を用いたLEDのそれを大きく上回っており、3次元性CsPbX3の励起子束縛エネルギーが小さくても、隣接層を用いた閉じ込め効果を得ることができれば、非常に優れたPeLEDが実現するという研究グループの戦略の妥当性を裏付ける(図3c)。

(a)PLとエレクトロルミネッセンス(EL)のスペクトル比較、(b)80ZSO薄膜を ETLを用いたPeLED素子の電圧-EL、電圧-電流特性、(c)電流効率および電力効率(d) ZSO ETLの電導性によるPeLEDのEL特性比較、(e)ZSO ETL上に“Tokyo Tech”模様のZnOを部分成膜したPeLEDの素子構造および(f)発光写真。
図2.
(a)PLとエレクトロルミネッセンス(EL)のスペクトル比較、(b)80ZSO薄膜を ETLを用いたPeLED素子の電圧-EL、電圧-電流特性、(c)電流効率および電力効率(d) ZSO ETLの電導性によるPeLEDのEL特性比較、(e)ZSO ETL上に“Tokyo Tech”模様のZnOを部分成膜したPeLEDの素子構造および(f)発光写真。
(a)発光材料の構造的次元性に伴う励起子の閉じ込め効果と電荷輸送特性のトレードオフ関係、(b)隣接層を利用した3次元性ペロブスカイトの量子閉じ込め効果の増大、(c)3次元性ペロブスカイト及び低次元性ペロブスカイトのPL特性及びEL特性の比較、(d)ZSO ETLを用いたPeLEDの最高輝度、ELスペクトル、発光写真、そしてCIE1931色空間座標。sRGB:1998年に国際標準化団体のIEC(国際電気標準会議)が決めた色再現範囲、現在使われているディスプレイほとんどがsRGBの色再現性を示す。一方、本研究で作製されたPeLEDはこのsRGBよりも極めて広い領域での色再現が可能であることがわかる。
図3.
(a)発光材料の構造的次元性に伴う励起子の閉じ込め効果と電荷輸送特性のトレードオフ関係、(b)隣接層を利用した3次元性ペロブスカイトの量子閉じ込め効果の増大、(c)3次元性ペロブスカイト及び低次元性ペロブスカイト[参考文献3]のPL特性及びEL特性の比較、(d)ZSO ETLを用いたPeLEDの最高輝度、ELスペクトル、発光写真、そしてCIE1931色空間座標。sRGB:1998年に国際標準化団体のIEC(国際電気標準会議)が決めた色再現範囲、現在使われているディスプレイほとんどがsRGBの色再現性を示す。一方、本研究で作製されたPeLEDはこのsRGBよりも極めて広い領域での色再現が可能であることがわかる。

今後の展開

本研究からは高性能PeLEDを実現するための有効な指針を得たと考えている。今後は同様な概念に基づき、新たな発光材料の探索に繋げていくことが何よりも重要だと考えている。

用語説明

[用語1] ペロブスカイトLED(PeLED) : ペロブスカイト構造を持つCsPbX3発光材料からなるEL素子のこと。

[用語2] CsPbX3(X=Cl、Br、I) : 通常のぺロブスカイト構造をとる物質で、太陽電池材料としてよく研究されている。

[用語3] cd/m2 : カンデラ毎平方メートル、国際単位系(SI)における輝度の単位。

[用語4] lm/W : ルーメン・パー・ワット。全光束を消費電力で割った数値。1ワットあたり、どれだけの光束を発生させることができるかを示す特性値。

[用語5] 非発光型遷移(消光) : 子と正孔が再結合すると発光するが、欠陥や不純物があると、再結合のエネルギーが発光以外のエネルギーとなり発光に至らない。

[用語6] 量子閉じ込め効果を持つ低次元の発光材料 : 電子、正孔、あるいは正孔と電子が対になった励起子が0、1あるいは2次元のポテンシャルのなかに閉じ込めることができる発光材料。電子と正孔の再結合によって発光が生じるので、高い発光効率が得られる。

[用語7] 蛍光量子効率(PLQY) : 外部から光をあてることで発光する効率で、発光する光子の数/あてる光子の数。

[用語8] 励起子束縛エネルギー : 励起子は電子と正孔が対をつくった状態(励起子)から電子と正孔に解離させるのに必要なエネルギー。

[用語9] 電子親和力 : 真空準位から測った伝導帯下端(最低非占有分子軌道)までのエネルギー差。

[用語10] エネルギー準位 : 電子の軌道が持つエネルギー。

[用語11] 0次元的電子構造 : 電子の存在する場所が原子の大きさと同じくらい狭い領域になっており、「点」と見做すことができるような構造のこと。

[用語12] Cs3Cu2I5 : 発光するサイトであるCu-Iが0次元的に閉じ込められている結晶。青色発光し、90 %という高い蛍光量子効率を示す。

[用語13] エネルギーアライメント : 真空準位を基準に伝導帯の底と価電子帯の頂上のエネルギーを様々な物質で並べたもの。異なる物質を接触したときに電子や正孔がどちらに移動するかが判断できる。

論文情報

掲載誌 :
Applied Physics Review
論文タイトル :
Performance Boosting Strategy for Perovskite Light-Emitting Diodes
著者 :
Kihyung Sim, Junghwan Kim, Taehwan Jun, Joonho Bang, Hayato Kamioka, Hidenori Hiramatsu, Hideo Hosono(上岡隼人氏の所属は日本大学 文理学部、他は東京工業大学)
DOI :

参考文献

[1] H. Hosono, J. Kim, Y. Toda, T. Kamiya, S. Watanabe, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 114, 233 (2017): N.Nakamura, J. Kim, and H.Hosono, Adv. Electron. Mater., 4, 1700352, (2018).

[2] T. Jun, K. Sim, S. Iimura, M. Sasase, H. Kamioka, J. Kim, H. Hosono, Adv. Mater. 30, 1804547 (2018).

[3] Y. Tian, C. Zhou, M. Worku, X. Wang, Y. Ling, H. Gao, Y. Zhou, Y. Miao, J. Guan, B. Ma, Adv. Mater. 30, 1707093 (2018).

お問い合わせ先

東京工業大学 元素戦略研究センター

助教 金正煥

E-mail : JH.KIM@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5197

東京工業大学 元素戦略研究センター

栄誉教授 細野秀雄

E-mail : hosono@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

第25回スーパーコンピューティングコンテスト

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スーパーコンピューティングコンテスト(以下、スーパーコン)は、スパコン上で行う高校生・高専生対象のプログラミングコンテストです。

予選を通過した高校生・高専生の20チームがスパコンを使い、難しい出題に対し、試行錯誤しながら4日間をかけプログラムを作成し、その性能を競います。1995年より毎年夏に行われ、「夏の電脳甲子園」という名で、プログラミングが大好きな若者をひきつけてきました。このコンテストから毎年、様々なドラマが生まれています。

スーパーコンピューティングコンテスト

  • 予選を通過した強豪20チームが東工大と阪大に集結、本選 (8月19日~23日)に挑む
  • 東京工業大学のスーパーコンピュータTSUBAME3.0を使用
  • 成果発表会・表彰式を8月23日に東工大・阪大で同時開催

最終日の成果発表会・表彰式では、その奮闘の様子を紹介いたします。成果発表会・表彰式にお越しいただき、若者たちの熱い戦いをご覧ください。(要事前連絡)

本選

日時
2019年8月19日(月) - 23日(金)
場所

成果発表会・表彰式

日時
2019年8月23日(金) 10:00 - 12:00
場所

東京工業大学 蔵前会館 くらまえホールouter

大阪大学 豊中キャンパス サイバーメディアセンター 豊中教育研究棟 7階outer

25周年を記念し、産業界・研究機関で活躍しているOB・OGも成果発表会・表彰式に参加します。

お問い合わせ先

スーパーコン19実施委員会(東京工業大学学術国際情報センター、大阪大学サイバーメディアセンター)

E-mail : sc19query@gsic.titech.ac.jp

鼻の中でタイプの異なる匂いセンサーができる仕組みを解明 遺伝子制御で匂いの感じ方が大きく変化

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要点

  • 水棲型と陸棲型のタイプの異なる匂いセンサーができるメカニズムを解明
  • たった一つの遺伝子の制御でマウスが感じとる「匂いの世界」は大きく変化
  • 水棲から陸棲へ、匂い感覚の陸棲適応を解明する手がかりを見出す

概要

東京工業大学バイオ研究基盤支援総合センターの廣田順二准教授と榎本孝幸研究員(研究当時)らは、生命理工学院の梶谷嶺助教、伊藤武彦教授、米国モネル化学感覚研究所の松本一朗博士らと共同で、鼻の中でタイプの異なる2種類の匂いセンサー細胞(嗅神経細胞)が作り出されるメカニズムを世界で初めて明らかにした。

様々な匂い物質を感知する嗅覚受容体はゲノム上で最大の遺伝子ファミリー[用語1]を形成している。嗅覚受容体ファミリーは、魚類から哺乳類に至る脊椎動物に共通して存在するクラスI(水棲型)と陸棲動物に特異的なクラスII(陸棲型)の2種類に大きく分類される。つまり鼻の中では発現する受容体のタイプによって異なる2種類の嗅神経細胞が作り出されるが、そのメカニズムは長年未解明のままだった。

今回研究グループは、2種類の嗅神経細胞[用語2]を作り分けるのに必要な転写因子[用語3]を発見し、その生体内での機能を明らかにして、2タイプの嗅神経細胞ができる仕組みを解明した。さらに、この転写因子の発現を人為的に操作するだけで、鼻の中が主に水棲型の嗅神経細胞もしくは陸棲型の嗅神経細胞からなるマウスの作出に成功した。興味深いことに、水棲型と陸棲型のバランスが崩れたマウスは、例えば、食べ物の腐った臭いに極端に敏感になる一方、天敵の臭いをあまり嫌がらなくなるなど、感じとる「匂いの世界」が大きく変化することがわかった。

研究成果はSpringer Nature(シュプリンガー・ネイチャー)社の科学誌『Communications Biology』(オンライン版)に8月7日に公開された。

研究の背景

嗅覚は環境中の匂い物質を感知し、食物探索・天敵からの回避・生殖など個体の生存や種の保存に必要な行動を誘導する重要な感覚である。多種多様な匂い物質を受容する嗅覚受容体はゲノム上最大の遺伝子ファミリーを形成し、その数はマウスで約1,100個にも及び、実にマウスの全遺伝子の約5%を占める(ヒトでは約400個、ヒト全遺伝子の約2%)。

この巨大な嗅覚受容体ファミリーは、大きくクラスI型とクラスII型の2種類に分類される。クラスIは「魚類から哺乳類に共通したタイプ(水棲型)」で水に溶けやすい親水性の匂い分子を、クラスIIは「陸棲動物特異的なタイプ(陸棲型)」でより水に溶けにくい疎水性の高い匂い分子を受容すると考えられている。

両者は神経解剖学的にも明確に区別される。クラスI嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞(クラスI嗅神経細胞)は嗅上皮[用語4]の背側に限局して存在し、嗅球(脳の一部)の背側領域に神経接続する。一方、クラスII嗅神経細胞は嗅上皮全体に分布するが、嗅球のクラスIより腹側の領域に接続する。

嗅神経細胞が作り出される過程では、細胞はまずクラスIかクラスIIかのいずれかの運命を選択し、その運命決定に従い、対応するクラスの嗅覚受容体レパートリーから、1種類の受容体のみを選択的に発現する。こうして嗅神経細胞は発現する嗅覚受容体が異なる多様な個性を有する細胞集団として産生される。

この多様性こそが複雑な匂い情報の感知・識別を可能にする分子基盤を形作っている。リンダ・バック(Linda・Buck)とリチャード・アクセル(Richard・Axel)の嗅覚受容体の発見(2004年ノーベル生理学医学賞)以降、嗅神経細胞における「1細胞1受容体」の発現機構の解明が大きく進展してきた一方で、その前段階である「嗅覚受容体のクラス選択」は嗅覚機能の基盤をなす重要なプロセスであるにもかかわらず、その分子メカニズムは長年未解明のままだった。

研究成果

(1)嗅覚受容体のクラス選択を制御する転写因子の発見

細胞の運命決定は転写因子と呼ばれるタンパク質によって制御されることが知られている。今回、研究グループは「嗅覚受容体のクラス選択は、クラス特異的に発現する転写因子によって制御される」との仮説のもと、トランスクリプトーム解析[用語5]を通じてクラスII嗅神経細胞のみに発現する転写因子Bcl11bを同定した。

この転写因子Bcl11bの機能を明らかにするために、マウスにおいてBcl11b遺伝子を欠損させたところ、変異マウスの鼻の中ではクラスI嗅神経細胞の数が大幅に増加し、一方クラスII嗅神経細胞の数が激減していることを見出した(図1)。逆にすべての嗅神経細胞にBcl11bを強制的に発現させたところ、今度はクラスI嗅神経細胞がほぼ消失してしまった。

つまり嗅神経細胞は、Bcl11b非存在下ではクラスIの運命を選択し、Bcl11b存在下ではクラスIの運命選択は抑制され、クラスIIの運命選択が可能になることが示された。この一連の実験により、嗅覚受容体のクラス選択を制御する転写因子がBcl11bであることを世界で初めて明らかにした。

では、Bcl11bがクラスIの運命選択(クラスI嗅覚受容体の発現)をどのように抑制しているのか。今回の研究は、その分子メカニズムも解明した。ゲノム上に長大な単一の遺伝子クラスター[用語6]を形成するクラスI嗅覚受容体遺伝子の発現は、J-エレメント[用語7]と名付けられた超長距離作用性のエンハンサー[用語8]によって制御されることが同研究グループによって明らかにされている(Iwata et al., Nature Communications 2017)。今回の研究のBcl11bとJ-エレメントの機能相関を明らかにする実験から、Bcl11bがJ-エレメントのエンハンサー活性を負に制御することで、クラスI嗅覚受容体の全体の遺伝子発現を抑制していることが明らかになった。

図1.転写因子Bcl11bによる嗅覚受容体のクラス選択の制御

図1. 転写因子Bcl11bによる嗅覚受容体のクラス選択の制御


(A)転写因子Bcl11bを欠損したマウス(Bcl11b-/-)の嗅上皮では、嗅神経細胞の多くがClass I嗅覚受容体(Class I OR)を発現し、Class II嗅覚受容体(Class II OR)の発現は激減する。
(B)嗅神経細胞の脳(嗅球)への投射領域はBcl11bの欠損によって大きく変化する。コントロールでは、Class I嗅神経細胞は嗅球の最も背側の特定の領域(黄色の蛍光)に投射し、Class II嗅神経細胞はそれを避けた部分(青色の染色)に投射する。Bcl11b欠損によって水棲型の鼻になったマウス(Bcl11b-/-)では、嗅球のほとんどがClass I嗅神経細胞(Class I OSN)で支配され、Class II嗅神経細胞(Class II OSN)の軸索投射はほとんど認められなくなる。

(2)水棲型の鼻と陸棲型の鼻〜遺伝子制御で匂いの感じ方をコントロール

研究グループは嗅覚受容体のクラス選択の分子メカニズムを明らかにしたことで、人為的に転写因子Bcl11bの発現を制御することで嗅神経細胞の運命をコントロールできることを示した。その結果、主にクラスI嗅神経細胞からなる水棲型の鼻をもったマウス(図1)と、主にクラスII嗅神経細胞からなる陸棲型の鼻をもったマウスを作り出すに成功した。

これら遺伝子改変マウスが感じる「匂いの世界」がどのように変わるのかを明らかにするために、2種類の匂い物質を用いて、マウスの匂いに対する行動を解析した。用いた匂い物質は、クラスI嗅覚受容体が感知するとされる腐敗臭の原因物質2-メチル酢酸、もう1つはクラスII嗅覚受容体が感知すると考えられている天敵臭TMT(トリメチルチアゾリン)である。

野生型マウスは両方の臭いを嫌がる行動を示すが、興味深いことに、水棲型の鼻をもったマウスは腐敗臭を極端に嫌がる一方で、天敵臭をあまり嫌がらなくなった(図2)。逆に陸棲型の鼻のマウスは、腐敗臭をあまり嫌がらなくなり、天敵臭は野生型と同様に嫌がることがわかった。つまり鼻の中の異なる2つのタイプの嗅神経細胞のバランスが崩れることで、マウスが感じる匂いの世界は大きく変わることがわかった。

図2.Bcl11bの機能欠損変異と機能獲得変異によってマウスが感じる匂いの世界は大きく変化

図2. Bcl11bの機能欠損変異と機能獲得変異によってマウスが感じる匂いの世界は大きく変化


通常、野生型のマウスの鼻はClass I(水棲型)が15%、Class II(陸棲型)が85%を占める。Bcl11b機能欠損変異(Bcl11b cKO)マウスではほぼClass I嗅神経細胞が占める水棲型の鼻に、一方、Bcl11b機能獲得変異(Bcl11b Overexpression)マウスの鼻からはClass I嗅神経細胞がほぼ消失し、陸棲型(Class II)の鼻となる。水棲型の鼻をもったマウスは、腐敗臭(2MBA)を極度に嫌がり、壁をよじ登って逃げようとする(点線)一方で、天敵臭(TMT)はあまり嫌がらなくなる。陸棲型の鼻をもつマウスは腐敗臭をあまり嫌がらなくなってしまう。

(3)本発見の生物学上の意義〜嗅覚の陸棲適応のメカニズムの解明へ

比較的変化の少ない水中の環境と比べて、陸上の環境は多種多様で変化に富んでいる。水棲から陸棲への進化の過程で動物を取り巻く環境は大きく変化し、その結果クラスII(陸棲型)嗅覚受容体が陸棲動物特異的にその数を爆発的に増やし、分子進化したと考えられている。すなわち嗅覚の陸棲適応である。

今回解明したBcl11bによる嗅覚受容体のクラス選択の分子メカニズムは、嗅覚の陸棲適応時に動物が獲得した可能性が考えられる。この仮説を検証するために、単一の個体で水棲から陸棲へと生活環境を変える両生類のカエルに着目した。これまでの研究から、水中で生活するオタマジャクシの鼻にはクラスI(水棲型)嗅覚受容体のみが発現している。成体のカエルの鼻では、空中にでる部分(air nose)にクラスII(陸棲型)嗅覚受容体が、水に浸かっている部分(water nose)にクラスI(水棲型)嗅覚受容体が発現する。

転写因子Bcl11bのカエルでの発現パターンを解析したところ、水中で生活するオタマジャクシの嗅神経細胞ではBcl11bは発現しておらず、変態期になって初めて将来air noseとなる部分でBcl11bが発現し始め、成体となったカエルではクラスII嗅神経細胞が存在するair noseにのみにBcl11bが発現していることがわかった(図3)。これは、Bcl11bが嗅覚の陸棲適応に深く関わっていることを示唆する結果であり、今回の研究成果の生物学的、進化学的重要性を示すものとなっている。

図3.Bcl11bによる嗅覚受容体クラス選択と嗅覚の陸棲適応モデル

図3. Bcl11bによる嗅覚受容体クラス選択と嗅覚の陸棲適応モデル


転写因子Bcl11bはClass II嗅神経細胞特異的に発現する。本研究によってBcl11bは水棲型のClass I嗅覚受容体の発現を抑制することで、陸棲型のClass II嗅覚受容体の発現を可能にすることが明らかになった。Class II嗅覚受容体は陸棲動物特異的な受容体であることから、この分子メカニズムは嗅覚の陸棲適応を解く鍵になると考えられる。実際、オタマジャクシ(水棲)からカエル(両棲)への生活環境の変化に伴い、Bcl11bは空中にでる鼻においてClass II嗅覚受容体と共発現しており、嗅覚の陸棲適応との相関が認められた。

今後の展開

研究グループは、嗅覚受容体の発見以来、四半世紀以上未解明であった嗅覚受容体のクラス選択の分子メカニズムを明らかにした。さらに末梢神経である嗅神経細胞の運命を変えるだけでマウスが感じる匂いの世界と嗅覚行動は大きく変化することを示した。しかし、嗅覚受容体のクラス選択、つまり末梢から中枢への感覚入力の変化が、脳内の神経回路形成や情報処理に及ぼす影響はブラックボックスのままである。

今後、Bcl11bによる嗅覚受容体のクラス選択の遺伝学的操作を通じ、これらを明らかにすることで、嗅覚受容体クラス選択と動物の嗅覚行動を繋ぐ神経基盤が解明できるものと期待される。

論文情報

掲載誌 :
Communications Biology
論文タイトル :
Bcl11b controls odorant receptor class choice in mice
著者 :
Takayuki Enomoto, Hidefumi Nishida, Tetsuo Iwata, Akito Fujita, Kanako Nakayama, Takahiro Kashiwagi, Yasue Hatanaka, Hiro Kondo, Rei Kajitani, Takehiko Itoh, Makoto Ohmoto, Ichiro Matsumoto, and Junji Hirota*
DOI :

用語説明

[用語1] 遺伝子ファミリー : 進化上同一の祖先遺伝子に由来すると考えられる、配列や機能が類似した遺伝子群。嗅覚受容体遺伝子ファミリーは、7回膜貫通型Gタンパク質共役型受容体という特徴を共有する巨大ファミリーである。

[用語2] 嗅神経細胞 : 鼻腔内で匂いを感知する器官(嗅上皮)に存在し、匂い物質の感知に特化した神経細胞。一つの嗅神経細胞は膨大な嗅覚受容体ファミリーから一種類のみを選択的に発現する。

[用語3] 転写因子 : ゲノムDNA上の特定の塩基配列に結合するタンパク質の総称。転写因子は、DNAが有する遺伝情報の読み出しを促進、または逆に抑制し、遺伝子発現を調節する。

[用語4] 嗅上皮 : 鼻腔の上部にある嗅覚器官。匂いを感知する嗅神経細胞があり、粘膜に覆われている。

[用語5] トランスクリプトーム解析 : 特定の細胞や組織で発現している遺伝子を網羅的に解析すること。数千から数万の遺伝子を一度にプロファイリングして、細胞機能の全体像を把握するための解析。

[用語6] 遺伝子クラスター : 同様の機能を有する多数の遺伝子が、染色体上の同じ位置に直列して位置している状態(遺伝子集団)。クラスI嗅覚受容体遺伝子クラスターは、129個の遺伝子が約300万塩基対の範囲内に密集して存在する、極めて巨大な遺伝子クラスターの1つ。

[用語7] J-エレメント : クラスI嗅覚受容体遺伝子の発現を制御する転写調節領域(エンハンサー)。J-エレメントはクラスI嗅覚受容体クラスター全体を制御し、制御する遺伝子の数とゲノム上の距離において、これまでに類をみない規模で遺伝子発現を調節する。

[用語8] エンハンサー : ゲノム上には、タンパク質をコードする遺伝子領域のほかにも様々な機能を持つ配列が存在する。その一つである「エンハンサー」は、遺伝子発現を促進する配列として、遺伝子が発現するタイミングや組織を規定する。

謝辞

本研究は文部科学省科研費「新学術領域研究」(JP21200010、18H04610、19H05256)、日本学術振興会科研費「基盤研究C」(JP20570208、JP16K07366)、「基盤研究B」(JP19H03264)、「若手研究B」(JP25840085、JP16K18361、17K14932)、千里ライフサイエンス財団、稲森財団、住友財団、倉田記念日立科学技術財団の支援を受けて行われた。

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お問い合わせ先

東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センター

准教授 廣田順二

E-mail : jhirota@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5830 / Fax : 045-924-5832

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

大気下での安定性に優れた電子輸送型高分子トランジスタの開発に成功 有機エレクトロニクス研究における標準物質としての利用を期待

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要点

  • アクセプター性骨格のみからなる高分子構造を設計
  • 環境負荷が低い直接アリール化重縮合による効率的な合成に成功
  • 異性体構造によるトランジスタ性能の違いを実証
  • 室温大気下で1ヵ月保存後でも十分な電子移動度を保持する安定な高分子トランジスタの開発に成功

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の王洋博士研究員(現在、理化学研究所)と道信剛志准教授らは、環境負荷が低い直接アリール化重縮合法を用いて、電子アクセプター性の芳香環構造だけからなる電子輸送型(n型)の有機半導体高分子[用語1]を合成した。

従来のn型の有機半導体高分子は、作製したトランジスタなどの安定性の低さが問題となっていた。しかし、今回得られた有機半導体高分子では、最低空軌道(LUMO)準位[用語2]が深く、水との副反応が起こりにくいため、大気下での長期保存が可能なn型高分子トランジスタを作製できた。この高分子トランジスタを室温大気下で1ヵ月保存しても、十分な電子移動度を保持していることが確かめられた。また、引加電圧に対しても優れた安定性を示した。

今回、環境負荷が低い経路によって合成された有機半導体高分子は、有機エレクトロニクス研究における新しい標準物質として利用できると期待される。

この成果は6月18日発行の「Angewandte Chemie International Edition」オンライン版に掲載された。

背景

最近、電子移動度が高い有機半導体高分子が開発されるようになっている。こうした有機半導体高分子は通常、ドナー性モノマーとアクセプター性モノマー[用語3]が交互に連結するような設計になっている。例えば、現在市販されている汎用の電子輸送型(n型)高分子「N2200」は、ビチオフェン(ドナー)とナフタレンジイミド(アクセプター)からなる。しかし、このアプローチで得られる高分子は、最低空軌道(LUMO)準位が十分に深くないため、有機トランジスタを作製して作動させた際、大気中の水分の影響によって性能が徐々に劣化するという問題があった。この安定性の低さは応用研究の障壁となっており、解決策として、LUMO準位が深い有機半導体高分子の開発が挙げられていた。具体的には、アクセプター性骨格のみからなる高性能な半導体高分子の合理的な設計指針が求められてきた。

研究成果

本研究では、アクセプター性骨格だけからなるn型有機半導体高分子を新たに設計した。基本骨格として、電子アクセプター性の強いモノマーであるナフタレンジイミドとチエノピロールジオンを選択し、πスペーサーとして電子吸引性のチアゾールを採用して、チアゾールの向きが異なる2種類の高分子(P1とP2)を設計した(図1(A))。有機半導体高分子は一般的に、パラジウム(Pd)触媒を用いたクロスカップリング重合[用語4]で合成されることが多いが、本研究のモノマーに含まれるチアゾール部位には、ハロゲンやトリアルキルスズのような官能基を導入することはできなかった。そこで、チアゾールの炭素-水素結合を官能基として利用するクロスカップリング重合である、直接アリール化重縮合[用語5]を試したところ、重合が進行することを見出した。重合条件を最適化した結果、P1とP2の両方で高分子量体を得ることに成功した。

このP1とP2は、チアゾールの向きが異なるだけで、他の構造がほぼ等しい異性体であるにも関わらず、吸収スペクトルや結晶性が大きく異なることが確かめられた。例えば、P1の薄膜の吸収極大は578 nmで観測されたが、P2の薄膜では535 nmに短波長シフトしていた(図1(B))。また、P1の薄膜のX線回折では1次回折しか観測されなかったが、P2の薄膜では5次回折まで見られ、結晶性が高いことが示された(図1(C))。一方、P1とP2の主鎖骨格はともにアクセプター性の芳香環構造のみからなるため、LUMO準位が-4.0 eV以下と非常に深いことも分かった。

図1.(A)既存の電子輸送型高分子と本研究で開発したアクセプター骨格のみからなる高分子の比較、(B)P1とP2の吸収スペクトル、(C)P1とP2の薄膜X線回折像
図1.
(A)既存の電子輸送型高分子と本研究で開発したアクセプター骨格のみからなる高分子の比較、(B)P1とP2の吸収スペクトル、(C)P1とP2の薄膜X線回折像

さらに、P1とP2の薄膜トランジスタを作製して、電子移動度を評価したところ、結晶性が高いP2の方が高い電子移動度を示した。P2の電子移動度は、薄膜トランジスタの作製直後には2.18 cm2 V-1 s-1であった。このP2トランジスタを室温大気下で保管したところ、1ヵ月経過後でも電子移動度は1.0 cm2 V-1 s-1で、大きな劣化は見られなかった(図2(A)および(B))。さらに、60 Vの電圧を1,000秒間印加した後でも電圧-電流特性に変化は見られず、高い安定性を示した。

図2.(A)室温大気下で保管されたP2トランジスタの電子移動度の時間依存性、(B)実際のトランジスタの伝達特性の変化
図2.
(A)室温大気下で保管されたP2トランジスタの電子移動度の時間依存性、(B)実際のトランジスタの伝達特性の変化

今後の展開

今回の成果は、環境負荷が低い合成経路を採用しているため、新しい電子輸送型高分子を開発する際の有用な方法論となる。またP2は、実験室レベルでの物性研究において、N2200に代わる新しい標準物質として用いることできると期待される。

用語説明

[用語1] 有機半導体高分子 : 溶液から薄膜デバイスを作製できる有機材料であり、有機エレクトロニクスの鍵になる材料として期待されている。この高分子の薄膜内には、正孔(プラスの電荷)と電子(マイナスの電荷)と呼ばれるキャリアを流すことができ、それによって電流が生じる。キャリアの伝導は分子間のホッピングを介して起こるため、半導体高分子の結晶性を向上させることが重要である。

[用語2] 最低空軌道(LUMO)準位 : 電子は2つずつ対になってエネルギーが低い軌道から占有していくが、電子が入っていない軌道の中で最もエネルギーが低い軌道のことを指す。

[用語3] アクセプター性モノマー : 電子を受け取りやすい性質を持ち、かつ高分子を構成する原料成分のこと。

[用語4] クロスカップリング重合 : Ni錯体やPd錯体等を触媒として用いるクロスカップリング反応を、2官能性モノマー間の重合に応用し、高分子を得る方法。触媒の設計や重合条件の最適化が高分子量体を得るための鍵となる。

[用語5] 直接アリール化重縮合 : クロスカップリング重合の一種であり、芳香環の炭素-水素結合を官能基として用いる点が新しい。従来型のモノマーを準備するよりも合成段階を短縮でき、毒性が高い副生物が生成しないため、環境負荷が低い重合法として注目されている。

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
Significant Difference in Semiconducting Properties of Isomeric All-Acceptor Polymers Synthesized via Direct Arylation Polycondensation
著者 :
Yang Wang, Tsukasa Hasegawa, Hidetoshi Matsumoto, and Tsuyoshi Michinobu
DOI :
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お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 物質理工学院 材料系

准教授 道信剛志

E-mail : michinobu.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3774 / Fax : 03-5734-3774

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

循環共生圏農工業研究推進体 キックオフシンポジウム 開催のご案内

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世界の「生産性至上主義」による「搾取(収奪)型近代文明・農業科学」は「環境土壌汚染・土壌機能の低下・地球環境(生態系)物質循環系の破壊」、すなわち、「地球温暖化と生物多様性減少」の二大環境問題の根源の一つとなっています。この問題を解決するために、「循環共生圏農工業研究推進体」は東京工業大学の最先端科学技術を領域横断的に総動員し、畜産・畑作複合体をモデルとしたSDGs時代の循環型農業の基盤技術および社会制度設計を確立を産学連携で取り組んでまいります。

日時
2019年8月19日(月) 13:30 - 18:00(12:30受付開始)
場所
対象
学外一般、企業・研究者、卒業生、在学生、教職員
参加費
無料
申し込み

事前参加登録申し込みフォームouter(当日受け付け可)

循環共生圏農工業研究推進体 キックオフシンポジウム

お問い合わせ先

循環共生圏農工業研究推進体
山村雅幸(研究代表者)

E-mail : my@c.titech.ac.jp

人の体温環境でDNA信号を5,000倍以上に増やす人工細胞を構築 人間の思い通りに動く「分子システム」の実現に一歩前進

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発表のポイント

  • 37 ℃という人の体温と同等の温度環境で、DNAを合成し5,000倍以上に増やすことができる人工細胞の構築に成功しました。
  • DNAを増やす反応の開始を、光を使って人間が制御することもできます。
  • 生命システムの再構成や分子ロボット[用語1]の開発に貢献するものと期待されます。

概要

東北大学 大学院工学研究科 野村 M. 慎一郎准教授、同大学院生 佐藤佑介氏(研究当時、現:東京工業大学 情報理工学院 日本学術振興会特別研究員(SPD)) らの研究グループは、東京工業大学 情報理工学院 情報工学系 小宮健助教らと共同で、体温と同等の温度(37 ℃)で人が設計したDNAを5,000倍以上に増やすことのできる人工細胞を構築しました。

今回構築した人工細胞は、外からの刺激や標的となるDNAに応じて、DNAを増やすことのできる「分子回路」が組み込まれています。そして、この分子回路は37 ℃で適切に動作するよう設計されており、体内と同等の温度環境でDNAを増やすことができます。将来的には、微量の標的分子を検出し、がんを診断・治療したり細胞の世話をしたりする人工細胞や分子ロボット開発のための要素技術としての発展が期待できます。

これらの研究成果は英国王立化学協会刊行の国際学術雑誌「Chemical Communications」にオンライン版で先行公開され、2019年8月11日(日)に発行された63号の裏表紙(The outside back cover、図1)に掲載されました。

DNAを増やす人工細胞のイメージ

図1. DNAを増やす人工細胞のイメージ

研究の背景

私たち生命の機能の大部分は、細胞膜の中で起こる生化学反応によって制御されています。これまでにも、生命現象の理解や有用な人工細胞を創ることを目指して多くの研究が行われています。人工細胞を創りその機能を制御することは、病気の診断・治療技術の開発などの発展が考えられます。

人工細胞の機能を制御する上で、DNAは有用な材料の一つです。DNAは一般に、遺伝子をコードする分子として認識されています。一方で、DNAの塩基配列を人の手で設計することで、人工細胞や分子ロボットの機能を制御するための「信号分子」として使うこともできます。

しかし、従来は人工細胞や分子ロボットの機能を制御するためには、多量の信号DNAが必要でした。つまり、微量の信号DNAしか存在しない環境では、人工細胞はうまく働くことができません。そのため、微量の信号DNAを検出し、その信号を人工細胞内部で増やすことのできる仕組みが必要でした。

研究成果

今回、研究グループは 37 ℃という人の体温と同等の温度で、DNA を5,000倍以上に増やすことのできる人工細胞を構築しました(図1)。今回構築した人工細胞には、 人工細胞膜の内部に「DNA増幅回路」が組み込まれています(図2a)。この回路は、 増幅回路のスイッチを ON にする「入力信号DNA」を検出すると、「出力信号DNA」を産出・増幅することができます。このような反応回路では、しばしばエラーが起こってしまいますが、LNA[用語2]という人工核酸をうまく組み込む事で、エラーを防ぐことに成功しています。

研究グループは、人工細胞の中にあらかじめ加える信号DNAの量を様々に変えながら、人工細胞の中で起こる増幅回路の性能を評価しました。そして、人工細胞が約2時間で5,000倍以上のDNAを増幅可能であることを確認しました。

さらに、研究グループは、人工細胞内部でのDNA増幅反応の開始を光の照射で制御することにも成功しました(図2b)。この成果は、人工細胞の時空間的制御へと繋がるものであり、構築した人工細胞を人の手で制御するための技術としての発展が期待されます。

本成果は、将来的には増やしたDNAを薬として使ったり、ミクロな世界で働く分子ロボットを制御するための機構として使ったりなど、人工細胞研究のみならず、医学、 工学などの他分野へと波及していくものと期待できます。

(a)DNAを増幅する人工細胞の模式図。人工細胞膜の中にDNA増幅回路が封入されている。入力信号DNAに応じて回路が動作し、37 ℃下で出力信号DNAを産出・増幅する。(b)光刺激によるDNA増幅開始制御の様子を撮影した顕微鏡画像。人工細胞膜はマゼンタ色で示されている。
図2.
(a)DNAを増幅する人工細胞の模式図。人工細胞膜の中にDNA増幅回路が封入されている。入力信号DNAに応じて回路が動作し、37 ℃下で出力信号DNAを産出・増幅する。(b)光刺激によるDNA増幅開始制御の様子を撮影した顕微鏡画像。人工細胞膜はマゼンタ色で示されている。

謝辞

この研究は、日本学術振興会・科研費、新学術領域「分子ロボティクス」、日本医療研究開発機構(AMED-CREST)、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の助成を受けて遂行されたものです。

論文情報

掲載誌 :
Chemical Communications
論文タイトル :
Isothermal amplification of specific DNA molecules inside giant unilamellar vesicles
「巨大単層膜小胞の内部における特定DNA分子の等温増幅」
著者 :
Yusuke Sato1, Ken Komiya2, Ibuki Kawamata3, Satoshi Murata3, and Shin-ichiro M. Nomura3
所属 :
1東北大学 大学院工学研究科(現所属 東京工業大学 情報理工学院)
2東京工業大学 情報理工学院 情報工学系
3東北大学 大学院工学研究科
DOI :

用語説明

[用語1] 分子ロボット : センサ(感覚装置)、プロセッサ(計算機)、アクチュエータ(駆動装置)などのロボットを構成するデバイスが分子レベルで設計されており、それらを一つに統合することで構成される分子のシステム。

参考 :

1.
Sato, Y. et al., Science Robotics 2017, 2, eaal3735.
DOI: 10.1126/scirobotics.aal3735outer
2.
「分子ロボティクス概論 ~分子のデザインでシステムをつくる」、分子ロボティクス研究会(著)、村田智(編集)、CBI学会出版outer

[用語2] LNA : Locked Nucleic Acidの略。LNAとは架橋型人工核酸のひとつで、リボ核酸と呼ばれる部位における 2'位の酸素原子と 4'位の酸素原子がメチレンを介して架橋されている。

参考 :

1.
1. Komiya, K. et al., Organic & Biomolecular Chemistry, 2019,17, 5708-5713.
DOI: 10.1039/C9OB00521Houter
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お問い合わせ先

東北大学 大学院工学研究科

准教授 野村 M. 慎一郎

E-mail : nomura@molbot.mech.tohoku.ac.jp
Tel : 022-795-6910

取材申し込み先

東北大学 工学研究科 情報広報室

担当 沼澤みどり

E-mail : eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
Tel : 022-795-5898

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

量子干渉効果と格子欠陥が磁気準粒子に及ぼす作用を中性子散乱で観測

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要点

  • 量子反強磁性体中で量子干渉効果により磁気準粒子が動けなくなることを中性子散乱実験で観測
  • この磁性体の相互作用のフラストレーションが完全であることを確認
  • 格子欠陥の作用によって形成される量子力学的励起状態を観測
  • 量子磁性材料の開発に期待

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の栗田伸之助教、田中秀数教授、青山学院大学 理工学部 物理・数理学科の山本大輔助教、古川信夫教授、理工学研究科 理工学専攻基礎科学コース博士前期課程の金坂拓哉大学院生(研究当時)、日本原子力研究開発機構 J-PARCセンターの河村聖子研究副主幹、中島健次研究主席の研究グループは、量子反強磁性体Ba2CoSi2O6Cl2の中性子散乱実験により、この磁性体中ではトリプロンと呼ばれる磁気準粒子[用語1]が、相互作用のフラストレーション[用語2](図1)による量子干渉効果[用語3]によって全く動けなくなることを確認した。また、格子欠陥による不対スピンとトリプロンが量子力学的励起状態を形成することを明らかにした。

通常の磁性体では、磁気準粒子は波のように結晶中を伝搬し、一般にその励起エネルギーは波の波長と進行方向によって異なる値をとる。しかし、磁気準粒子に働く相互作用のフラストレーションが完全な場合には、磁気準粒子は磁性体中を全く動けなくなり、その励起エネルギーが一定になることが理論的に示されていた。本研究では、この現象がBa2CoSi2O6Cl2で起こることを実証するとともに、通常は観測できない格子欠陥の効果が明確になることを示した。今回の結果は、今後の量子磁性材料の開発につながると期待される。

この成果は7月13日付けの米国の学術誌「Physical Review Letters」電子版に掲載された。

図1. スピンのフラストレーション
図1.
スピンのフラストレーション
矢印の向きは電子スピンの向きを表す。スピン1を上向き、スピン2を下向きにすると、スピン3はどちらを向いて良いかわからなくなる。

背景

磁性体の磁気は磁性原子のもつ電子のスピン[用語4]が担っている。電子のスピン間にはスピンを平行(強磁性)、あるいは反平行(反強磁性)にする働きをもつ交換相互作用[用語5]が働いている。このためにほとんどの磁性体では、温度を下げると、スピンが平行に揃った強磁性状態や、反平行に揃った反強磁性状態への相転移が起こる。このような磁気秩序状態をもつ磁性体では一般に、スピンを古典的なベクトル(矢印)のように考えても、磁性を理解することができる。相転移は矢印の向きの秩序と考えることができるし、スピンの運動は矢印の変動として理解できる。これに対して、磁性体を量子力学的粒子の集団と考える方がより的確に磁性を理解できる場合がある。本研究の対象であるBa2CoSi2O6Cl2はこの場合に当たる。

Ba2CoSi2O6Cl2は、反強磁性的な強い交換相互作用で結ばれたスピンの対(ダイマー)が、他のダイマーと弱い交換相互作用を及ぼし合う磁性体である(図2(a))。スピンダイマーの量子力学的状態には、磁気が消えたシングレット状態と、磁気をもつトリプレット状態の2つがあり、磁場がない場合にはシングレット状態のエネルギーの方が低い。このため、スピンダイマーから構成される磁性体では、ゼロ磁場において磁気相転移は起きず、絶対零度では磁気が消えたシングレット状態になる。このような量子力学的効果を強く示す磁性体は、量子磁性体と呼ばれる。

スピンダイマーから構成される量子磁性体での磁気励起は、シングレット状態からトリプレット状態への励起であり、これはトリプロンと呼ばれる準粒子で説明される。一般に、ダイマー上に生成されたトリプロンは、ダイマー間の弱い交換相互作用によって隣のダイマー上に移動することができるので(図2(b))、波として磁性体中を伝搬することができる。波のエネルギーは波長や進行方向によって異なるので、トリプロンの波は分散関係[用語6]をもち、励起のエネルギーは有限な幅をもつ。一方、ダイマー間に2種類の交換相互作用(赤い線と青い線)がある場合(図2(a))には、この交換相互作用を経由して隣のダイマー上に移動するトリプロンの波が逆位相になるため、干渉効果によって、トリプロンが移動する確率が減少する。この図2(a)の場合のように、逆の効果をもつ2種類の相互作用が競合している状況をフラストレーションと呼ぶ。2種類の相互作用エネルギーが全く同じ場合には、トリプロンが隣のダイマー上に移動する確率がゼロになり、トリプロンは全く動けなくなる。このような完全なフラストレーションが起こると、磁化曲線[用語7]は階段状になり、飽和磁化の半分の値のところで磁化が磁場によらず一定になる平坦領域(プラトー)が現れることが知られていた。この磁化プラトー領域では、トリプロンが互いの斥力を避けるように一つおきにダイマー上に配列する結晶化が起きている(図2(c))。Ba2CoSi2O6Cl2でも、実際にそのような磁化曲線が観測されたことから、完全なフラストレーションが起こっているのではないかと考えられていた[参考文献1]

図2. Ba2CoSi2O6Cl2の磁気模型と準粒子トリプロンの模式図
図2.
Ba2CoSi2O6Cl2の磁気模型と準粒子トリプロンの模式図
(a)Ba2CoSi2O6Cl2の磁気模型。スピン(白丸)が反強磁性的交換相互作用(太い実線)で結ばれてスピン対(ダイマー)を形成し、隣りあうダイマーが反強磁性的交換相互作用(赤い線と青い線)で弱く結ばれている。(b)磁気準粒子トリプロンの運動の模式図。ダイマー間の交換相互作用によって、トリプロンは量子力学的粒子のようにダイマーを移動する。(c)磁化プラトー状態で予想されるトリプロンの配列(結晶化)。トリプロンは互いの斥力を避けるように一つおきに配置する。

研究の経緯

フラストレーションと量子力学の効果によって、磁気準粒子が磁性体中で動くことができなくなり、磁化曲線にプラトーが現れる巨視的量子現象の観測は、これまでほとんど例がなく、他の理論模型で表される量子磁性体での一例しかない[参考文献2]。したがって、このような顕著な量子効果が、図2(a)の理論模型で表される実際の物質で起こることを示すことは重要である。本研究グループは、Ba2CoSi2O6Cl2の磁気励起に着目した。中性子散乱[用語8]は、広い波長領域とエネルギー領域の磁気励起を調べる唯一の実験手段である。研究グループは、60個以上のBa2CoSi2O6Cl2の薄い結晶を結晶方位が揃うように並べ、中性子散乱実験を行なった。使用した装置は、大強度陽子加速器施設「J-PARC[用語9]」の物質・生命科学実験施設に設置された冷中性子ディスクチョッパー分光器AMATERAS(アマテラス)(図3)で、低エネルギーの励起を高精度に検出できる世界有数の装置である。

本研究では東京工業大学と日本原子力研究開発機構 J-PARCセンターのグループが試料育成と中性子散乱実験を行い、青山学院大学のグループが理論解析を行った。

図3. J-PARC物質・生命科学実験施設に設置された冷中性子ディスクチョッパー分光器AMATERASの見取り図
図3.
J-PARC物質・生命科学実験施設に設置された冷中性子ディスクチョッパー分光器AMATERASの見取り図
2つのチョッパーの回転数を調整することによって、特定のエネルギーの中性子のみが試料に入射できるようになっている。

研究成果

この中性子散乱実験の結果、鮮明な3種類の励起スペクトルが得られた(図4(a))。これらはいずれも、励起エネルギーが波数に依存しないことから、波として伝搬する励起ではなく、結晶中の特定の位置に局在する励起である。特徴的なことは、図4(c)-(e)のように、実験で得られた3種類の励起について、結晶のab面に平行な波数空間に励起強度をマップすると、励起強度の波数依存性が全て異なることである。

まず、励起スペクトル(図4(a))で中間に位置する励起(E = 5.8 meV)は、強度が最大で、強度の波数依存性がない(図4(d))。これは結晶本来の励起である。この励起が1つしかないことから、全てのダイマーが等価であることがわかる。この結果と、以前観測された磁化プラトーのある階段状の磁化曲線から、Ba2CoSi2O6Cl2ではダイマー間交換相互作用のフラストレーションが完全で、トリプロンが全く動くことができなくなっていることが明らかになった。

次に問題になるのは、励起スペクトル(図4(a))の上と下に位置し(E = 6.6、4.8 meV)、励起強度に波数依存性がある励起(図4(c)と(e))の起源であるが、これは、格子欠陥による不対スピンとダイマーが結合して形成される、2種類の量子力学的励起状態である。これは、不対スピンとダイマーの結合模型(図4(b))に基づいて計算した励起強度のマップ(図4(f)と(h))が、実験結果(図4(c)と(e))の波数依存性を非常によく再現することからわかる。格子欠陥は多くの磁性体結晶に存在するが、その効果は、磁性体本来の波数依存性のある磁気励起に隠されて、ほとんど観測できない。一方、Ba2CoSi2O6Cl2では、励起エネルギーに波数依存性がないため、結晶本来の励起と格子欠陥が関与する励起がはっきりと分離しているので、格子欠陥の効果の観測が可能になったと言える。

図4. グラフ(a)はAMATERASで測定したBa2CoSi2O6Cl2の磁気励起スペクトル。(b)は格子欠陥(破線の丸)によって生じた不対スピンとダイマーの結合模型。(c)-(h)は、励起エネルギーがそれぞれE = 6.6、5.8、4.8 meVの磁気励起の強度マップ。このうち(c)(d)(e)は実験結果、(f)(g)(h)は理論計算結果の強度マップである。QaとQbはそれぞれ結晶のa軸とb軸方向の波数。測定温度は4.0 Kである。
図4.
グラフ(a)はAMATERASで測定したBa2CoSi2O6Cl2の磁気励起スペクトル。(b)は格子欠陥(破線の丸)によって生じた不対スピンとダイマーの結合模型。(c)-(h)は、励起エネルギーがそれぞれE = 6.6、5.8、4.8 meVの磁気励起の強度マップ。このうち(c)(d)(e)は実験結果、(f)(g)(h)は理論計算結果の強度マップである。
QaとQbはそれぞれ結晶のa軸とb軸方向の波数。測定温度は4.0 Kである。

今後の展開

本研究は、フラストレーションが強い量子反強磁性体Ba2CoSi2O6Cl2がもつ新奇な磁気励起を明らかにし、磁場中で磁気をもったトリプロンの結晶化が起こることを裏付けた。今回のような純良単結晶を用いた精密な中性子散乱実験から、今後も多くの新しい現象が発見され、物性研究のフロンティアが拓かれていくものと考えられる。磁性体は、磁気記録、磁気ヘッド、永久磁石など様々な応用がなされているが、これまでは主に古典的磁性が用いられてきた。磁性体の量子効果を応用できれば、新しい磁気デバイスの開発につながる。本研究は、今後の量子磁性材料の開発につながると期待される。

本研究は、科学研究費補助金基盤研究(A)(26247058及び17H01142)、基盤研究(B)(17H02926)、基盤研究(C)(16K05414及び18K03525)の支援を受けている。また、中性子散乱実験はJ-PARC物質・生命科学実験施設でのユーザープログラム(課題番号2015A0161)の下で行った。

参考文献

[参考文献1] H. Tanaka, N. Kurita, M. Okada, E. Kunihiro, Y. Shirata, K. Fujii, H. Uekusa, A. Matsuo, K. Kindo and H. Nojiri, J. Phys. Soc. Jpn. 83, 103701 (2014).

[参考文献2] H. Kageyama, K. Yoshimura, R. Stern, N. V. Mushnikov, K. Onizuka, M. Kato, K. Kosuge, C. P. Slichter, T. Goto, and Y. Ueda, Phys. Rev. Lett. 82, 3168 (1999).

用語説明

[用語1] 磁気準粒子 : 磁気をもった仮想的粒子をいう。スピンの歳差運動の波であるスピン波(マグノン)やスピン対(ダイマー)からなる磁性体のシングレット状態からトリプレット状態への励起を表すトリプロンは、代表的な磁気準粒子である。

[用語2] フラストレーション : 幾何学的配置や逆の効果をもつ相互作用の競合によって、全ての相互作用エネルギーを最低にすることができない状況(どこかの相互作用に必ず不満が残る状況)。これを物理学では「フラストレーションがある」という。

[用語3] 量子干渉効果 : 量子力学的粒子は結晶中を波として伝わる。各場所での波の振幅が粒子の存在確率に対応する。粒子の波の山と山あるいは山と谷が重なり合って、波が強め合ったり弱め合ったりする現象が量子干渉効果である。

[用語4] スピン : 粒子の自転運動に対応する物理量で、電子は大きさが1/2のスピンをもっている。自転の向きに右ねじを回したとき、ねじの進む向きがスピンの向きである。電子は負の電荷をもつので、自身の自転によって小さな磁石の性質(磁気モーメント)をもつ。スピンは量子力学の法則(不確定性原理)に従うので、スピンの向きを完全に決定することはできない。

[用語5] 交換相互作用 : 電子のスピン間に働く量子力学的相互作用で、近接する磁性原子上の電子が互いに位置を交換し合うことによって生じる。交換相互作用は電子のスピンを平行、あるいは反平行にする働きをもつ。磁性原子のスピンを平行にする交換相互作用をもつ物質を強磁性体、反平行にする交換相互作用をもつ物質を反強磁性体という。

[用語6] 分散関係 : 一般に固体中の励起は波として結晶全体を伝搬する。トリプロンはその一つの形態である。励起に必要なエネルギーは波の波長と進む向きによって異なる値をもつ。波長の逆数を大きさにもち、波の進行方向を向きにもつベクトルを波数ベクトルといい、励起エネルギーと波数ベクトルの関係を分散関係という。

[用語7] 磁化曲線 : 磁気の強さを表す磁化と、加えた磁場の関係を表す関数をいう。通常の反強磁性体の磁化曲線では、磁化は飽和するまで磁場と共に増加し、飽和すると一定になる。

[用語8] 中性子散乱 : 中性子は粒子の性質と波動の性質をもっている。波動としての性質を利用した実験が中性子散乱である。中性子は磁気モーメントをもつので、固体に入射した中性子は原子を構成する原子核からの核力によって散乱されるだけでなく、磁性原子のもつ磁気モーメントによっても散乱される。入射中性子と散乱中性子のエネルギーに変化がない場合が弾性散乱で、ブラッグの法則に基づいて結晶構造の決定や磁性体中の磁気モーメント配列の決定に利用される。これに対して、入射中性子と散乱中性子のエネルギーに変化が生じる場合が非弾性散乱で、磁気励起をはじめとして固体中の励起現象の研究に用いられる。この場合、入射中性子と散乱中性子のエネルギーの差が励起エネルギーになる。

[用語9] J-PARC : 大強度陽子加速器施設(Japan Proton Accelerator Research Complex)。高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われている。J-PARC内の物質・生命科学実験施設では、世界最高強度の中性子およびミュオンビームを用いた研究が行われており、世界中から研究者が集まっている。

発表論文

掲載誌 :
Physical Review Letters 123 (2019) 027206
論文タイトル :
Localized Magnetic Excitations in the Fully Frustrated Dimerized Magnet Ba2CoSi2O6Cl2
著者 :
N. Kurita, D. Yamamoto, T. Kanesaka, N. Furukawa, S. Ohira-Kawamura, K. Nakajima and H. Tanaka
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 物理学系

助教 栗田伸之

E-mail : kurita.n.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2367 / Fax : 03-5734-2367

東京工業大学 理学院 物理学系

教授 田中秀数

E-mail : tanaka@lee.phys.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3541 / Fax : 03-5734-3542

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東京工業大学のスパコン「TSUBAME3.0」にGPUを利用したVDI環境を導入 遠隔からのスーパーコンピューターの利活用を拡大

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東京工業大学では文部科学省の平成30年度卓越大学院プログラムとして物質・情報卓越教育院において「『物質×情報=複素人材』育成を通じた持続可能社会の創造」の教育・研究を実施しています。

この設備のひとつとして、GPUを採用するVDI(Virtual Desktop Infrastructure)[用語1]システムを国内に先駆けて導入しました。VDIシステムは学術国際情報センターのスパコン「TSUBAME3.0[用語2]」と同じ建物内に設置され、スパコンとVDIシステムが連携することにより、スパコン利用者の利便性が大きく向上します。

東京工業大学のスパコン「TSUBAME3.0」にGPUを利用したVDI環境を導入

今回導入するVDIシステムは、最大240人のユーザにワークステーションクラスの仮想デスクトップ環境を提供可能です。VDIはクラウドの技術であり、ネットワーク経由で画面イメージのみを転送するため、手元のPCやタブレットなどの機種や性能に依存せず、スパコンを高性能ワークステーションから接続しているような感覚で利用できます。

「TSUBAME3.0」の大容量ストレージ上にある大規模シミュレーション等で生成された膨大なデータをダウンロードすることなく、仮想デスクトップ内で計算結果の確認、可視化やデータ処理を行うことによってデータの移動を最小化します。これにより研究室や学内のネットワーク環境だけでなく、遠隔地からもストレスなくスパコンが利用できるようになります。またセキュリティの観点でも安全性が向上します。

物質・情報卓越教育院ではスパコンを用いた教育を行うため、学術国際情報センターと連携し、「TSUBAME3.0」を利用した物質・情報の演習でVDIシステムを利用しますが、年内を目途にTSUBAMEの学内利用、学外利用、産業利用へと順次展開して行く予定です。

今回導入するVDI環境は、AMD EPYCプロセッサ(32コア)を2基、NVIDIA V100 Tensor Core GPUを3基搭載したサーバを5台、により構成されています。

今回導入されるVDIシステム構成図

今回導入されるVDIシステム構成図

ネットワークインターフェイスとしてMarvell Semiconductor, Inc.製のFastLinQ 100G NICまたは25G NICを搭載します。仮想GPUソフトウェアには、 NVIDIA GRID Quadro 仮想データセンター ワークステーション (Quadro vDWS)、仮想化ソフトウェアには、VMware vSphere、VDI製品には、VMware Horizon、バックアップ製品にはVeeam Backup & Replicationを採用しています。

用語解説

[用語1] VDI(Virtual Desktop Infrastructure) : PCデスクトップ環境を仮想化しサーバ上で稼働するシステムです。利用者はネットワーク経由でデスクトップ画面を転送し、手元の端末に表示し操作することができます。利用者は場所や使用する端末にかかわらず、GPUを搭載した高性能なワークステーションが手元にある感覚で利用できる環境です。

[用語2] スパコンTSUBAME3.0 : 東京工業大学学術国際情報センターが運用するスパコンで、2,160個の GPU を搭載し、12.15 ペタフロップスのピーク演算性能を持つ。最先端の研究教育の基盤として、広く学内外に計算資源を提供しています。また、産業利用にも大きく貢献しています。

お問い合わせ先

東京工業大学 学術国際情報センター 共同利用推進室

E-mail : kyoyo@gsic.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2085

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

ボロフェンに類似するホウ素二次元ナノシートの発見 常圧大気下で簡便に合成できるホウ素原子層物質

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要点

  • 常圧・大気下でホウ素と酸素からなる原子層物質の合成に成功
  • 多積層結晶の異方的な電気特性を解明
  • 層間に導入されたカチオンにより簡単な原子層剥離が可能

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の神戸徹也助教、山元公寿教授らの研究グループは、ボロフェンに類似するホウ素二次元ナノシートを常圧大気下で簡便に合成することに成功した。この構造体では、ホウ素と酸素からなる単原子層がカリウムカチオン層と交互に積層しており、層間に働く結合力が弱いため、ホウ素と酸素の原子層を簡単に取り出せることが分かった。

ボロフェンは、ポストグラフェン材料として近年注目を集めているが、高真空下など特殊な環境下でしか合成できず、実際に利用することは不可能と考えられてきた。本研究で確立した手法では、溶液プロセスによりホウ素原子層物質をきわめて簡便に合成でき、様々な材料への展開が見込める。

本研究は2019年8月2日発行の米国化学会誌の「Journal of the American Chemical Society」オンライン版に掲載された。

背景

2004年に、グラファイトからの剥離により単原子層物質[用語1]であるグラフェンが得られて以降、グラフェンの電子材料や熱電素材等への利用が盛んに研究されてきた。近年になり、ポストグラフェン材料としてボロフェンが注目されている。ボロフェンは、炭素の隣の族の元素であるホウ素からなる原子層物質であり、物理的な高強度性に加え、高い柔軟性を備えている。しかしながらボロフェンは、高真空下の金属面上でしか安定に存在できないため、それが実用化に向けた課題とされてきた。

研究成果

本研究では、水素化ホウ素カリウム(KBH4)を原料として、ボロフェンに類似する「ボロフェン類縁ホウ素二次元構造体」を、常圧大気下できわめて簡便かつ大量に合成する手法を確立した。

図1. 合成したホウ素二次元構造体の骨格構造

図1. 合成したホウ素二次元構造体の骨格構造

ホウ素二次元構造体から得られた結晶は、ホウ素と酸素からなる単原子層と、カリウムカチオン[用語2]からなる層とが交互に積層した構造であることが分かった。この結晶は、各層の面に平行な方向と、面に垂直な方向で、異なる電気特性を示した。

またこの結晶では、層間の結合力が弱いため、物理的な圧力や溶媒和[用語3]により、各層を簡単に剥離できることが分かった。この剥離法により、数ミクロンを超える大きさのホウ素シートやその単原子層を作ることができた。

図2. 液相合成したボロフェン類縁ホウ素二次元構造体の(A)合成後の写真と(B)SEM像。(C)原子層とカリウムが交互積層した結晶構造。剥離したボロフェン類縁ホウ素二次元構造体の(D)走査型透過電子顕微鏡像と(E)原子間力顕微鏡像。
図2.
液相合成したボロフェン類縁ホウ素二次元構造体の(A)合成後の写真と(B)SEM像。(C)原子層とカリウムが交互積層した結晶構造。剥離したボロフェン類縁ホウ素二次元構造体の(D)走査型透過電子顕微鏡像と(E)原子間力顕微鏡像。

研究の経緯

当研究グループはこれまでに、典型金属クラスターの合成と構造、物性について研究し、13族元素であるアルミニウムクラスターの特性を明らかにしてきた。そこで同じ13族元素としてのホウ素にも着目した。ホウ素はクラスター化[用語4]することで平面構造をとることが理論計算から示されており、その挙動はアルミニウムとは全く異なる。こうした元素の基礎物性の差から、ホウ素の集合体はこれまでにない構造をとるのではないかと考えた。

今後の展開

簡便に大量合成が可能という利点を用いて、様々な応用研究への展開が可能となる。例えば、今回合成された単原子構造は、グラフェンのような電子部材への応用が期待できる。またこの単原子層が積層した構造体は、層間に弱い相互作用があることと、多くのカチオンを含むことから、高誘電材料等への応用も期待される。

謝辞

本研究は日本学術振興会(JSPS)、科学技術振興機構(JST-ERATO)、東京工業大学技術部すずかけ台分析部門、東京大学微細構造解析プラットフォーム、株式会社リガク、およびダイナミック・アライアンスの支援・協力を受けて行なわれた。

用語説明

[用語1] 単原子層物質 : 1原子の厚さを持つ物質群。グラフェンが有名。一般的なバルク物質には無い機能が発現できる。

[用語2] カチオン : 正の電荷を持った陽イオン。1価のカチオンとしては、プロトン、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンなどがある。

[用語3] 溶媒和 : イオンなどが溶媒分子によって取り囲まれることで、溶液中に拡散されるようになること。

[用語4] クラスター化 : 原子や分子の集合体を形成すること。ここでは同一元素からなる原子の集合体(粒子)を形成することを意味している。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Solution Phase Mass Synthesis of 2D Atomic Layer with Hexagonal Boron Network
著者 :
Tetsuya Kambe, Reina Hosono, Shotaro Imaoka, Akiyoshi Kuzume, and Kimihisa Yamamoto
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

教授 山元公寿

E-mail : yamamoto@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5260 / Fax : 045-924-5260

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

放射光でセラミックス内部の欠陥観察に成功 部材の信頼性向上、プロセス・設計・技術体系を革新

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要点

  • SPring-8でセラミックス内部にある微小欠陥の分布と3次元形状を観察
  • 製造プロセスにおける欠陥形成機構を解明、高信頼性部材の製造が可能に
  • 欠陥分布計測により局所領域の強度を予測し、強度の空間分布を把握

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の大熊学特任助教、西山宣正特任准教授、若井史博教授の研究グループは高輝度光科学研究センター、長岡技術科学大学と共同で、大型放射光施設SPring-8[用語1]の放射光マルチスケールX線CT[用語2]を用いて、セラミックスの内部に存在する亀裂状欠陥の3次元構造を高解像度で観察することに成功した(図1、2)。

セラミックス部材の性能向上には内部欠陥を低減する製造プロセス技術と、破壊源となる欠陥を検査・計測して信頼性を保証する技術が求められる。放射光マルチスケールCTでは、マイクロCTで部材内部に存在する微小欠陥の空間分布を、また、ナノCTで個々の欠陥の3次元形状を詳細に観察できる。

この技術により、粉体成形と焼結プロセスにおける欠陥形成機構を解明した。これは高信頼性部材製造技術の開発につながる成果である。さらに、部材の局所領域の欠陥分布より強度を予測した。強度の空間分布の把握が可能となり、セラミックスの信頼性工学の技術体系に革新をもたらすと期待される。

研究成果は、2019年8月12日にSpringer Nature(シュプリンガー・ネイチャー)社の科学誌「Scientific Reports」(オンライン版)で公開された。

アルミナ・セラミックスの内部欠陥の3次元マイクロCT像。粗大球状気孔(I型)、分岐した亀裂状欠陥(II型)、円形亀裂状欠陥(III型)の3種類の欠陥に分類できる。アルキメデス法で測定した相対密度は98%で、内部欠陥の体積分率は約1.1%。
図1.
アルミナ・セラミックスの内部欠陥の3次元マイクロCT像。粗大球状気孔(I型)、分岐した亀裂状欠陥(II型)、円形亀裂状欠陥(III型)の3種類の欠陥に分類できる。アルキメデス法で測定した相対密度は98%で、内部欠陥の体積分率は約1.1%。

アルミナ・セラミックスの内部欠陥のナノCT像。(a) II型、(b) III型。

図2. アルミナ・セラミックスの内部欠陥のナノCT像。(a) II型、(b) III型。

研究の背景

セラミックスはエレクトロニクス、エネルギー、医療、環境、モビリティなど現代の多様な分野への応用に不可欠な先端材料である。セラミックス分野は部材産業であり、成形した粉体を加熱して複雑形状部品を製造する焼結はその根幹となる技術である。ところが、セラミックスは脆いという性質があり、小さな表面傷や内部欠陥から破壊する。

破壊源となる内部欠陥は粉体成形と焼結プロセスで生じる。すなわち、セラミック部材の強度・信頼性は製造プロセスに依存する。プロセスに起因した内部欠陥の寸法、形状、分布を計測することは、より良い製造プロセス技術を開発し、セラミックスの強度信頼性を保証するうえで不可欠である。

X線CTは、マイクロスケールからナノスケールで焼結中の微構造形成を観察するための強力なツールである。近年、高輝度光科学研究センター主幹研究員の竹内晃久氏らはマルチスケールCTを開発した。これは広視野で低分解能のマイクロCTと狭視野で高分解能のナノCTから構成される。

マルチスケールCTは、亀裂のように長さ数10マイクロメートル(µm)程度であるが、 厚みが1 µm以下と極めて小さい欠陥を観察するのに適している。ひとつの試料全体の中の欠陥分布をマイクロCTで観察して欠陥位置を特定する。さらに、ナノCTを用いて特定の位置の欠陥形状を非破壊的に詳細に観察することができる。

セラミックスの成形には乾式プレスがよく使われる。アルミナ(Al2O3)など超微粒子原料は取り扱いが難しく、成形型に充填しにくいので、さらさらと流れるように流動性の良い顆粒にして成形型に充填した後、一軸プレス加圧し、相対密度を上げた成形体を得る。 顆粒は球形あるいは「窪み」を持つ形をしており、内部に空隙(くうげき)がある場合も多い(図3)。

アルミナの顆粒の電子顕微鏡像。大きな顆粒には「窪み」がある。

図3. アルミナの顆粒の電子顕微鏡像。大きな顆粒には「窪み」がある。

この場合、成形体は図4に示す階層構造をもつ。このため、顆粒内部や顆粒間に沿って亀裂状欠陥が形成され、焼結後も残留する。しかし、従来のX線CT技術では空間分解能よりも亀裂の厚みの方が小さいため亀裂状欠陥を検出できなかった。また、光学的な計測技術や走査型電子顕微鏡に基づく計測技術では、広範囲かつ鮮明に欠陥の3次元形状を観察することはできなかった。

内部欠陥と粉末充填階層構造の関係を示した模式図。Type Iは顆粒内部に存在する丸い気孔、Type IIは顆粒間の境界、Type IIIは中空顆粒内部の空隙から形成される。
図4.
内部欠陥と粉末充填階層構造の関係を示した模式図。Type Iは顆粒内部に存在する丸い気孔、Type IIは顆粒間の境界、Type IIIは中空顆粒内部の空隙から形成される。

研究成果

研究グループは、放射光マルチスケールCT技術を用いて、アルミナ・セラミックスの複雑な3次元欠陥形成過程を大型放射光施設SPring-8のBL20XUにて観察した。図5に示すように緻密(ちみつ)なアルミナ(相対密度98%)試料の任意断面を非破壊的に観察でき、様々な形状の欠陥が存在することがわかる。マイクロCTで見た内部欠陥の3次元構造を図1に示す。これらの欠陥は、直径10 µm程度の丸い欠陥(I型)、分岐した亀裂状欠陥(II型)、加圧方向に垂直に配向した円形亀裂状欠陥(III型)の3タイプに分類できた。

II型とIII型の欠陥をナノCTで詳細に観察した例を図2に示した。これらI型、II型、III型の欠陥は、初期焼結段階(相対密度68%)ですでに形成されていた。マルチスケールCT観察をもとに内部欠陥の起源を模式図にまとめたものが図4である。粗大な丸い気孔(I型)はランダムに分散していることから、これは顆粒内部に存在する丸い気孔から生じたものと考えられる。

分岐した亀裂状欠陥(II型)は顆粒間の境界から形成される。円形の亀裂状欠陥(III型)は中空顆粒内部の空隙、あるいは、「窪み」から形成される。さらに、焼結段階で大きな亀裂状欠陥が収縮・消失せず、むしろ、わずかに成長する傾向のあることを見出し、その原因が、成形体組織の不均一性による焼結中の速度差であることを示した。以上により、成形過程で欠陥ができないような粉体プロセスを開発することが、複雑形状部材の信頼性向上には最も重要であることがわかった。

さらに、製品の強度信頼性を予測する上で不可欠な情報、つまり、欠陥の寸法と形状、 配向、分布が取得できた。I型、II型、III型の欠陥の種類に応じて、破壊強度を推定できた。

アルミナ円柱試料断面のマイクロCT像。図中矢印の軸方向が粉末の一軸加圧方向。

図5. アルミナ円柱試料断面のマイクロCT像。図中矢印の軸方向が粉末の一軸加圧方向。

本研究の一部は、東京工業大学が展開しているWorld Research Hub Initiative(WRHI)outerによって行われた。WRHIは「世界の研究ハブ」を目指す組織として、世界トップレベルの研究者を招へいし、国際共同研究の加速と分野を超えた交流を実施している。

今後の展開

放射光マルチスケールCT技術により、製造プロセスにおける内部欠陥形成の仕組みを解明できる。これから得られた知識は粉体成形で生じる内部欠陥を制御し、セラミックス部材の信頼性を高めるプロセス技術を開発することに役立つ。もちろん、この技術はアルミナだけでなく、多くのセラミックスに適用できる。例えば、低温同時焼成セラミックス(LTCC)、固体酸化物形燃料電池(SOFC)、全固体電池といった積層材料の焼結プロセス開発に展開できる。

また、放射光X線マルチスケールCTはセラミックスの信頼性工学の技術体系に革新をもたらす。セラミックス材料の平均強度とワイブル係数[用語3]を測定するには、多数の曲げ試験を行う必要があり、多大な時間とコストを要する。セラミック部品の破壊予測では、実使用環境での応力、熱応力分布を有限要素法シミュレーションで求め、平均強度とワイブル係数から破壊確率を計算する。

しかし、複雑形状部品では、部品の角部などで成形体密度の不均一が生じ、残留欠陥の大きさ、形状、方向、数は場所によって異なる。このような空間的な強度分布を曲げ試験で調べるのは困難である。放射光X線マルチスケールCTにより場所による欠陥分布を解析すれば、局所的強度の推定も可能となる。

WRHI 大熊学特任助教(左)と若井史博教授(右)

WRHI 大熊学特任助教(左)と若井史博教授(右)

用語説明

[用語1] 大型放射光施設SPring-8 : 理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

[用語2] X線CT: : 対象物内をX線が透過する際の「透過しやすさ」「吸収されやすさ」の違いを利用して、物体の内部構造を非破壊的に調べるための技術。

[用語3] ワイブル係数 : 物体の脆性破壊に対する強度を統計的に記述するための形状パラメータ。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
3D multiscale-imaging of processing-induced defects formed during sintering of hierarchical powder packings
著者 :
Gaku Okuma, Shuhei Watanabe, Kan Shinobe, Norimasa Nishiyama, Akihisa Takeuchi, Kentaro Uesugi, Satoshi Tanaka, Fumihiro Wakai
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
教授 若井史博

E-mail : wakai.f.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5361

長岡技術科学大学 工学研究科 物質材料工学専攻
准教授 田中諭

E-mail : stanaka@vos.nagaokaut.ac.jp
Tel : 0258-47-9337

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

SPring-8 / SACLAに関すること

公益財団法人 高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課

E-mail : kouhou@spring8.or.jp
Tel : 0791-58-2785 / Fax : 0791-58-2786

長岡技術科学大学 総務部 大学戦略課 企画・広報室

E-mail : skoho@jcom.nagaokaut.ac.jp
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南極の海洋生物起源の硫酸塩エアロゾルは氷期に減少していた 南極ドームふじアイスコア分析データの解析から

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国立極地研究所(所長:中村卓司(なかむらたくじ))の東久美子(あずまくみこ)教授を中心とする研究グループは、南極のドームふじで掘削されたアイスコア(図1)のイオン分析データを用いて、南極海の植物プランクトンに由来する硫酸塩エアロゾルの変動を、過去72万年間にわたって推定しました。その結果、植物プランクトン由来の硫酸塩エアロゾルは、これまでの説とは異なり、氷期に減少し、間氷期に増加していた可能性が高いことが分かりました。

硫酸塩エアロゾルは日射を遮ったり、雲をできやすくしたりすることで、気候に影響を及ぼすと考えられています。本研究成果は南極海における生物活動と気候変動の関わりや、光合成と深い関係のある二酸化炭素濃度の変動要因を解明するための重要な手がかりになります。

ドームふじで掘削されたアイスコア

図1. ドームふじで掘削されたアイスコア

研究の背景

大気中に浮遊する固体や液体の微粒子をエアロゾルと言い、そのうち、硫酸イオン(SO42-)を陰イオンに持ったエアロゾルは「硫酸塩エアロゾル」と呼ばれます。硫酸塩エアロゾルはそれ自体が日射を遮る働きをするほか、雲ができるときの凝結核となりうるため、気候に大きな影響を及ぼします。そのため、硫酸塩エアロゾルの濃度の変動やその要因を明らかにすることは、気候変動メカニズムの解明や将来予測への重要な手がかりとなります。

硫酸塩エアロゾルの主な起源としては、(1)化石燃料の燃焼によるもの、(2)火山噴火の噴出物、(3)海洋の植物プランクトンによって作られる物質が光化学反応によって変化したもの、(4)海塩が考えられますが、産業革命前の南極では(1)は無視できます。また、(2)と(4)の割合も小さいことが分かっています。そのため(3)が一番重要ですが、(3)の硫酸塩エアロゾルが過去の気候サイクルにおいてどのように増減していたかについては議論が続いていました。

1990年代、フランスの研究グループは南極内陸のボストーク基地やドームCで掘削されたアイスコアの分析により、南極海の植物プランクトンに由来する硫酸塩エアロゾルが氷期に増加すると発表しました。この説は現在でも支持している研究者が多くいます。

一方で、2000年代中盤にヨーロッパの研究グループが、ドームCで新たに掘削したアイスコアの分析から、硫酸塩エアロゾルのフラックス(ここでは、氷床の単位面積あたりの年間堆積量)が80万年を通じてほぼ一定であることを見いだしました。彼らはまた、南極海の植物プランクトン由来の硫酸塩エアロゾルの生成量は氷期・間氷期サイクルを通じてほとんど変化せず、気候変動に依存しないという見解を示しました。

ところが、これらの見解は海底堆積物の研究者が得た結果と矛盾します。海底堆積物のデータは、南極付近の海域で海洋の生物生産が氷期に減少し、間氷期に増えていたことを示していたのです。アイスコアと海底堆積物が示す結果が矛盾する原因はよく分かっていませんでした。

そこで本研究では、日本の南極地域観測隊が南極ドームふじで掘削したアイスコアのデータを用い、植物プランクトン由来の硫酸塩エアロゾルのフラックスを推定することに挑みました。

研究成果

研究グループはまず、南極ドームふじ(図2)で掘削したアイスコアの過去72万年間のイオン分析の結果から、硫酸塩エアロゾルの増減を示す硫酸イオンの変動を復元しました。その結果、ドームふじでは非海塩性硫酸イオン(硫酸イオンの総量から海塩起源のものを差し引いたもの)のフラックスが気候変動に伴って変化したことを突き止めました(図3)。フラックスは気温変動の指標である酸素同位体比が-58‰よりも低い寒冷なときは寒冷なほど増加し、酸素同位体比が-57‰よりも高い温暖な時は温暖なほど増加していました(図4a)。また、寒冷期には非海塩性硫酸イオンと非海塩性カルシウムイオンのフラックスの間の相関が高いことも分かりました(図4b)。この結果から、寒冷期の非海塩性硫酸イオンの起源として、従来考えられていた海洋生物起源よりも、南米から鉱物ダストとして飛来する石膏(硫酸カルシウム・2水和物、CaSO4・2H2O)が大きな割合を占めると考えられました。

本研究でデータを使ったアイスコアの掘削地点(星印)。

図2. 本研究でデータを使ったアイスコアの掘削地点(星印)。

過去72万年間を通じてのドームふじコアの酸素同位体比、および非海塩性カルシウムイオンと非海塩性硫酸イオンのフラックスの変動。ドームふじコア(DF)との比較のためにドームCコア(EDC)のデータも示す。酸素同位体比は気温変動の指標で、値が大きいほど温暖だったことを意味する。aに番号で示したのは、海底堆積物から決められた酸素同位体ステージであるが、ここでは間氷期のみに番号をつけた。非海塩性カルシウムイオンは、カルシウムイオンの総量から海塩起源のものを差し引いたもので、鉱物ダストの指標とされる。
図3.
過去72万年間を通じてのドームふじコアの酸素同位体比、および非海塩性カルシウムイオンと非海塩性硫酸イオンのフラックスの変動。ドームふじコア(DF)との比較のためにドームCコア(EDC)のデータも示す。酸素同位体比は気温変動の指標で、値が大きいほど温暖だったことを意味する。aに番号で示したのは、海底堆積物から決められた酸素同位体ステージであるが、ここでは間氷期のみに番号をつけた。非海塩性カルシウムイオンは、カルシウムイオンの総量から海塩起源のものを差し引いたもので、鉱物ダストの指標とされる。
ドームふじコアの非海塩性硫酸イオンのフラックスの変動。aは酸素同位体比との関係を、bは非海塩性カルシウムイオンのフラックスとの関係を示す。非海塩性硫酸イオンのフラックスはある酸素同位体比(aのハッチをつけた部分)、つまりある気温を境に、それよりも温暖な時は気温の上昇とともに増加するが、それよりも寒冷な時は気温の低下とともに増加する。bの赤点は境目となる気温よりも温暖だったとき、青点は境目となる気温よりも寒冷だったときのデータ。寒冷だったときは、非海塩性硫酸イオンと非海塩性カルシウムイオンの相関が高い。
図4.
ドームふじコアの非海塩性硫酸イオンのフラックスの変動。aは酸素同位体比との関係を、bは非海塩性カルシウムイオンのフラックスとの関係を示す。非海塩性硫酸イオンのフラックスはある酸素同位体比(aのハッチをつけた部分)、つまりある気温を境に、それよりも温暖な時は気温の上昇とともに増加するが、それよりも寒冷な時は気温の低下とともに増加する。bの赤点は境目となる気温よりも温暖だったとき、青点は境目となる気温よりも寒冷だったときのデータ。寒冷だったときは、非海塩性硫酸イオンと非海塩性カルシウムイオンの相関が高い。

さらに、本研究グループは非海塩性硫酸イオンのフラックスから鉱物ダスト由来のものを差し引くことで、硫化ジメチル(DMS)由来の非海塩性硫酸イオンのフラックスを見積もりました(図5)。DMSは海の植物プランクトンの光合成により発生し、大気中での光化学反応で硫酸に変化する物質です。すると、従来の説とは異なり、DMS由来、つまり海洋生物起源の硫酸イオンのフラックスは温暖な間氷期に高く、氷期の寒冷期に低くなっていました。これは、DMS放出量が間氷期に増加し、氷期に減少することを示唆しており、海底堆積物の結果とも整合性があります。同じ方法でドームCのアイスコアと東南極のEDMLで掘削したアイスコアのイオン分析データからDMS起源の硫酸イオンのフラックスを計算してみると、ドームふじと同様に、間氷期に高く、氷期に低くなっていました。

DMS起源の硫酸イオンのフラックス変動(a、c)と酸素同位体比の変動(b、d)。黒線、赤線、青線はそれぞれドームふじ、ドームC、EDMLのデータを示す。b、dのグレーのハッチは、図4で示した境目の気温に対応する。a、bは過去72万年、c、dは過去15万年のデータを示す。

DMS起源の硫酸イオンのフラックス変動(a、c)と酸素同位体比の変動(b、d)。黒線、赤線、青線はそれぞれドームふじ、ドームC、EDMLのデータを示す。b、dのグレーのハッチは、図4で示した境目の気温に対応する。a、bは過去72万年、c、dは過去15万年のデータを示す。

図5.
DMS起源の硫酸イオンのフラックス変動(a、c)と酸素同位体比の変動(b、d)。黒線、赤線、青線はそれぞれドームふじ、ドームC、EDMLのデータを示す。b、dのグレーのハッチは、図4で示した境目の気温に対応する。a、bは過去72万年、c、dは過去15万年のデータを示す。

ドームCで非海塩性硫酸イオンのフラックスが氷期・間氷期サイクルを通じてほぼ一定だったのは、氷期にDMS起源の硫酸イオンが減少したにも関わらず、鉱物ダスト起源の硫酸イオンが増加していたためだと考えられます。ドームふじは、ドームCよりも鉱物ダストの発生源である南米大陸に近く、氷期の鉱物ダストがドームCよりも多かったために、気候変動に伴う氷期の非海塩性硫酸イオンのフラックス増加がよりはっきりと見えました。そのため、寒冷期での鉱物ダスト起源の硫酸イオンの寄与が従来考えられていたよりも大きかったことが分かりました。

今後の展望

本研究では氷期のアイスコア中に含まれる硫酸イオンの起源として石膏が重要であることを指摘しましたが、鉱物ダストには石膏だけでなく、炭酸カルシウムも多量に含まれていると考えられます。硫酸カルシウム(CaSO4)には石膏由来のものだけでなく、炭酸カルシウムとDMS起源の硫酸が反応によって生成されるものもあると考えられるので、その起源を定量的に明らかにして、DMS起源の硫酸塩の割合を正確に求めることが必要です。ドームふじコアの研究グループでは、硫酸塩の硫黄や酸素の同位体比の詳細な分析を実施することで、非海塩性硫酸の起源を更に詳しく調べる計画です。

また、本研究は南極海におけるDMSの放出量やDMSから派生する硫酸塩エアロゾルが温暖な時に増えることを示唆しています。硫酸塩エアロゾルは日射を遮ったり、雲が生成される時の核となって雲の形成を促すことで、気温を低下させる可能性があると考えられています。本研究の結果は温暖化に伴って植物プランクトンの光合成が活発になって大気中の硫酸塩エアロゾルが増加し、温暖化が抑制されるというCLAW仮説と呼ばれる説と整合的です。光合成が活発になれば大気中の二酸化炭素濃度が減少して温暖化は更に抑制されるので、DMSと気候変動の関係を調べることは重要です。将来の地球温暖化でDMS放出量が増えるのか減るのか、また、その変化が雲のできやすさや二酸化炭素の濃度にどう影響するのか、エアロゾルのモデルや気候モデルなどを使って予測する必要があります。氷期・間氷期スケールの気候変動と、今後の地球温暖化によって生じるDMS放出量の変化を単純に同じものと考えることはできませんが、本研究の成果は、エアロゾルのモデルや気候モデルを検証するために貢献できると考えられます。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Reduced marine phytoplankton sulphur emissions in the Southern Ocean during the past seven glacials
著者 :

東久美子(国立極地研究所 気水圏研究グループ、総合研究大学院大学)

平林幹啓(国立極地研究所 気水圏研究グループ)

本山秀明(国立極地研究所 気水圏研究グループ、総合研究大学院大学)

三宅隆之(研究当時・国立極地研究所 気水圏研究グループ)

倉元隆之(国立極地研究所 気水圏研究グループ、現在、東海大学 教養学部)

植村立(国立極地研究所 気水圏研究グループ、現在、名古屋大学 大学院環境学研究科)

五十嵐誠(国立極地研究所 気水圏研究グループ)

飯塚芳徳(北海道大学 低温科学研究所)

櫻井俊光(国立極地研究所 気水圏研究グループ、現在、国立研究開発法人 土木研究所寒地土木研究所)

堀川信一郎(北海道大学 低温科学研究所、現在、名古屋大学大学院環境学研究科附属地震火山研究センター)

鈴木啓助(信州大学 理学部)

鈴木利孝(山形大学 学術研究院)

藤田耕史(名古屋大学 大学院環境学研究科)

近藤豊(国立極地研究所 国際北極環境研究センター)

服部祥平(東京工業大学 物質理工学院)

藤井理行(国立極地研究所 名誉教授)

DOI :
論文公開日 :
2019年7月19日

研究サポート

本研究は科研費(JP15101001、JP21221002、JP15H01731、JP17H06316)及び国立極地研究所の研究プロジェクト(KP305)の助成を受けて実施されました。

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お問い合わせ先

研究内容について

国立極地研究所 気水圏研究グループ

教授 東久美子

E-mail : kumiko@nipr.ac.jp
Tel : 042-512-0674

取材申し込み先

国立極地研究所 広報室

E-mail : kofositu@nipr.ac.jp
Tel : 042-512-0655 / Fax : 042-528-3105

東海大学 大学広報部企画広報課

E-mail : pr@tsc.u-tokai.ac.jp
Tel : 0463-50-2402 / Fax : 0463-50-2215

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

硫黄同位体組成が解き明かす南極硫酸エアロゾルの起源 氷期に海洋生物起源の硫酸エアロゾルが減少した新証拠を発見

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要点

  • 硫黄同位体組成を南極硫酸エアロゾルの起源推定の有用な指標として確立
  • 氷コア硫黄同位体記録が氷期に海洋生物活動の低下を物語っていることを示唆
  • 南極大陸に中低緯度地域からの硫酸エアロゾル長距離輸送を発見

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 吉田尚弘研究室の石野咲子大学院生(研究当時。現・国立極地研究所 日本学術振興会特別研究員PD)、服部祥平助教らはフランス・グルノーブルアルプス大らとの国際共同研究により、南極沿岸と内陸のエアロゾルの硫黄安定同位体組成[用語1]に差異がなく、両者ともに硫黄の起源の変化に応じて変動していることを発見した。

この発見は硫黄同位体組成が起源推定に有用な指標であることを意味する。南極氷コア[用語2]の硫黄同位体組成記録にこの手法を適用すると、最終氷期[用語3]における海洋生物起源の硫酸エアロゾルは現在の半分程度だったことが明らかとなった。この知見は硫酸エアロゾルによる雲生成を通じた海洋生物活動と過去の気候変動との関係を解明するうえで重要な一歩である。

これまで南極の氷コアに保存される硫酸エアロゾルは主に海洋生物活動由来と考えられてきたが、この前提に基づくと氷コア記録と海洋堆積物コア記録の間に矛盾が生じていた。氷コアの硫黄安定同位体組成の変化は硫黄起源の変化を反映するため、この矛盾の原因を解明するカギとなると期待される。だが、この指標が輸送過程の変化にも依存する可能性が指摘されていたため指標適用の足かせとなっていた。

研究成果は8月27日(英国時間)に英国科学誌「Scientific Reports(サイエンティフィック リポーツ)」に掲載された。

南極基地での観測オペレーションの様子
南極基地での観測オペレーションの様子

エアロゾル試料の採取装置
エアロゾル試料の採取装置

研究の背景

硫酸エアロゾルは雲の相互作用に重要な役割を果たし、日射に影響する。南極大陸では他の大陸上で発生する人為的な硫黄起源からほぼ隔離されており、硫酸の主な発生源は周辺の海洋に生息する植物プランクトンや藻類が放出する硫化ジメチル(DMS)[用語4]である。このため、南極の氷コアに保存されている硫酸は過去の海洋生物活動の指標として注目され、気候変動に対する海洋生物活動の応答及びフィードバック機構と関連づけて議論されてきた。

これまで、欧米を中心とした南極の氷コアの研究から「過去の8つの氷期-間氷期サイクルで硫酸フラックス(大気から雪への硫酸の年間沈着量)は有意に変化していない」とされてきた。しかし、これは「現在の温暖期よりも最終氷期の南緯50 °以南の生物活性が低かった」という海洋堆積物コア[用語5]が示す知見と矛盾した結論だった。

この矛盾の原因を解明するために、氷コア中に保存される硫酸の起源が本当に海洋生物由来のみであったかを確かめることが重要である。硫酸の硫黄同位体組成(δ34S値)はその起源によって変化し、異なる値を有するため、この指標の変化から硫酸の起源が氷期と温暖期で変化していたかを調べたいと考えられてきた。事実、15年前に発表された東南極ボストーク氷コアのδ34S値記録では、最終氷期のδ34S値は現在の温暖期の値よりも4 ‰(1,000分の4=0.4%程度に相当)低いことが知られていた。

しかし、δ34S値の低下要因が仮説1:輸送中にδ34S値が変化(これを同位体分別という)した、仮説2:氷期と間氷期に南極に輸送される硫黄の起源の割合が変化した―のどちらによるものかが不明だったことが、δ34S値の変化が何を物語っているかを解釈するうえで足かせとなっていた(図1)。

南極における硫黄安定同位体組成(δ34S値)の変動要因に関する2つの仮説

図1. 南極における硫黄安定同位体組成(δ34S値)の変動要因に関する2つの仮説

研究の経緯

そこで服部助教らの研究チームは、上述した仮説1及び2を検証することとした。研究チームのうちフランスのメンバーが南極の沿岸及び内陸の2つの基地で週1回エアロゾルを採取し、東工大を中心としたメンバーがエアロゾル試料の硫黄同位体分析を実施した。もし、沿岸と内陸でδ34S値に有意な差があれば仮説1を支持し、差がなければ仮説2を支持する、ということを検証することが本研究の目的になる。

本研究におけるエアロゾル試料採取サイト。撮影:石野咲子

図2. 本研究におけるエアロゾル試料採取サイト。撮影:石野咲子

また、従来法では分析に必要な試料量を満たさなかったため、近年開発されたマルチコレクター誘導プラズマ質量分析計(MC-ICP-MS)[用語6]を用いた微量硫黄同位体組成分析法による分析を、フランスのリヨン高等師範学校の協力で実施した。

研究成果

【仮説の検証】内陸と沿岸での硫黄同位体組成の差異は極めて小さい

図3に示すとおり、南極の沿岸と内陸の2つの地点間のδ34S値は、夏に高く冬に低いという季節変動を示すものの、その差異が統計的に0 ‰から逸脱しないことが明らかとなった。この結果は、δ34S値が輸送中の同位体分別に支配される仮説1よりも、硫黄源の相対寄与率によって制御されるという仮説2を支持する。すなわち、δ34S値の分析から硫黄の起源がδ34S値の高い海洋生物由来であるか、δ34S値の相対的に低い他の起源に由来するかを区別できることが示された。また、夏に高く冬に低いというδ34S値の季節変動は、夏に海洋生物由来による硫酸エアロゾル生成が卓越する一方、冬には非海洋生物由来の硫酸エアロゾルの寄与が相対的に高まった結果であることが初めて明らかになった。

内陸部、沿岸部における(a)硫酸濃度と(b)δ34S値の季節変動。下部は内陸サイト沿岸サイトの差分を示す。

図3. 内陸部、沿岸部における(a)硫酸濃度と(b)δ34S値の季節変動。下部は内陸サイト沿岸サイトの差分を示す。

【氷期-間氷期の硫黄起源の変化】氷期の海洋生物活動低下に関する新証拠

ボストーク深層氷コアの結果に今回のδ34S値による起源推定法を適用したところ、全硫酸量に対する海洋生物由来の割合が、温暖期にあたる現在では86±3%であるのに対し、最終氷河期前後の温暖期平均で59±11%、最終氷期には48±10%と減少していることがわかった。すなわち、氷期では海洋生物活動が有意に低下し、その活動に由来する硫酸エアロゾルも減少していることを意味する(図4)。このことは先に説明した海洋堆積物コアの記録が示す氷河期における南緯50°以南の生物活動の減少とも整合性が高い。

2019年7月28日付でNature Communication誌に発表されたドームふじ氷コアの硫酸及びカルシウムイオン濃度の変化(Goto-Azuma et al. 2019)からも、寒冷期における海洋生物由来の硫酸エアロゾルは24%(硫酸がすべて陸起源の石膏(CaSO4)由来の一次生成物と仮定した場合)、または52%(硫酸が、石膏由来の一次生成物と、炭酸カルシウム(CaCO3)と海洋生物由来硫酸エアロゾルとの反応で生成した二次生成物の両者を含むと仮定した場合)に減少する、と同様の結論が報告されている。

今回の研究で見積もられた48±10%という値は、この後者と一致することから、氷期の硫酸エアロゾルは一次生成物と二次生成物の両方が含まれている可能性を示唆する。氷期の硫酸エアロゾルの起源の理解はその気候影響を理解するため不可欠であるため、今後もさらなる検証が必要である。

過去の気候変動に伴う南極の硫酸エアロゾルの硫黄起源の変化

図4. 過去の気候変動に伴う南極の硫酸エアロゾルの硫黄起源の変化

【新たな発見】中低緯度から硫酸エアロゾルが南極に到達している?

今回の研究ではさらに、11月の第2週に非海洋生物由来硫酸の顕著な増大が内陸・沿岸の双方で発見された(図5 左)。さらに、推定された非海洋生物由来の硫酸エアロゾル量と、大陸地殻に起源を有する鉛同位体(210Pb)濃度との間に有意な相関が発見された(図5 右)。このことは、他の大陸から非海洋生物由来の硫酸エアロゾルが突発的に長距離輸送されていることを示唆する。

この硫黄起源の特定には至っていないが、中低緯度の陸域に起源を持つ硫黄化合物は、南米大陸上の火山由来、もしくは人為的な化石燃料の燃焼由来である可能性が高い。大気中の硫酸は、エアロゾル-雲生成を通じて気候に影響を及ぼす可能性がある。人間活動起源の硫酸エアロゾルが南極の気候に与える影響をより正確に評価するためにも、この非海洋生物由来の硫酸エアロゾルの起源の特定は今後重要な課題である。

現在の南極大気中における非海洋性の硫酸エアロゾルの季節変動(左)と、その210Pbトレーサー(大陸地殻起源物質)との関係(右)
図5.
現在の南極大気中における非海洋性の硫酸エアロゾルの季節変動(左)と、その210Pbトレーサー(大陸地殻起源物質)との関係(右)

今後の展開

今回の研究結果から、海洋生物活動は温暖期に増加し、氷期に減少することが明らかとなった。つまり、温暖期に海洋生物活動が増加し、その結果放出されるDMSに由来する硫酸エアロゾルも増加していたと考えられる。硫酸エアロゾルは雲生成を促進する効果を有するため、日射を遮り、負の放射収支(=気温を下げること)に寄与する。

これは、気候が温暖化すると海洋植物プランクトンの活動が活発化することで大気中の硫酸エアロゾルが増加し、温暖化が抑制されるというフィードバックが存在するという仮説 (CLAW仮説)と一部整合的である。ただし、硫酸エアロゾルの化学形態や粒子径の解析から、硫酸エアロゾルによる気候冷却効果は温暖期の方が低いとする研究(Iizuka et al., 2012 Nature)もある。このため、海洋生物由来の硫酸エアロゾルの増減のみでは、CLAW仮説が立証されたわけではないことは注意したい。今後はこれらの関係に着目し、さらに硫酸エアロゾルの起源及び生成過程が温暖期と氷期でどのように変化したかを詳細に理解することが重要である。

研究グループは今年度より、同様の観測を日本が有する南極・昭和基地においても実施し、本研究で対象としたフランス所有のDome(ドーム)C基地、Dumont d'Urville(デュモン・デュルヴィル)基地のエアロゾル試料と合わせて解析を進める。こうした南極における物質動態の理解には、南極に基地を有する国同士の国際連携が欠かせない。研究グループは引き続き日仏の密接な研究協力を継続し、さらに研究を発展させる予定である。

謝辞

JSPS(日本学術振興会)

日仏二国間交流事業

SAKURAプログラム:代表 服部祥平 2014~2015年

CNRS(フランス国立科学センター):代表 服部祥平2018~2019年

科学研究費助成事業

新学術領域「南極の海と氷床」公募研究(JP18H05050):代表 服部祥平 2018~2019年度

若手研究A(JP16H05884):代表 服部祥平 2016~2019年度

特別研究員奨励費(JP17J08978):代表 石野咲子 2017~2018年度

特別研究員奨励費(JP19J00682):代表 石野咲子2019~2021年度

基盤研究S(JP17H06105):代表 吉田尚弘 2017~2022年度

用語説明

[用語1] 硫黄安定同位体組成(δ34S値) : 質量数の異なる原子で、放射壊変せず安定に存在するものを安定同位体といい、安定同位体組成はその比率のことを指す。硫黄は質量数32、33、34および36の4種類が存在しており、δ34S値はマイナーな同位体である34Sの32Sに対する比率を指す。

[用語2] 氷期 : 氷河時代のうち、特に気候が寒冷となり中緯度圏の非山岳地域にも氷河の発達した時期のこと。氷期と氷期の間の気候温暖な時期は間氷期という。

[用語3] 氷コア(ice core) : 氷河や氷床から取り出された筒状の氷の試料。古気候や古環境の研究に用いられる。氷コアを用いて、過去の季節変化や古気候・古環境、過去の気温や大気の成分などを推定・復元できる。

[用語4] 硫化ジメチル(DMS) : 硫黄を含む揮発性有機化合物の一種。海洋表層に生息する植物プランクトンや藻類によって大気中に放出される。海で感じる「磯の香り」の正体であることと言われている。

[用語5] 海洋堆積物コア : 海底の堆積物を筒状に掘削して得た試料。氷コアと同様に、古気候や古環境の研究に用いられる。

[用語6] マルチコレクター誘導プラズマ質量分析計(MC-ICP-MS) : 質量分析計の一種。従来の硫黄安定同位体組成の分析手法に比較して高感度化が達成できるため、必要試料量が1/10~1/100程度に削減できる。本研究では、リヨン高等師範学校との共同研究によって分析が行われた(Albalat et al., 2016)。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Homogeneous sulfur isotope signature in east Antarctica and implication for sulfur source shifts through the last glacial-interglacial cycle
著者 :

石野咲子(東京工業大学 物質理工学院(研究当時)、現 国立極地研究所 日本学術振興会特別研究員PD)

服部祥平(東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 助教)

Joel Savarino(グルノーブルアルプス大学)

Michel Legrand(グルノーブルアルプス大学)

Emmanuelle Albalat(リヨン高等師範学校)

Francis Albarede(リヨン高等師範学校)

Susanne Preunkert(グルノーブルアルプス大学)

Bruno Jourdain(グルノーブルアルプス大学)

吉田尚弘(東京工業大学 物質理工学院 教授/地球生命研究所 主任研究員)

DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 理物質理工学院 応用化学系

助教 服部祥平

E-mail : hattori.s.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5419、045-924-5506 / Fax : 045-924-5413

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

国立極地研究所 広報室

E-mail : kofositu@nipr.ac.jp
Tel : 042-512-0655

光触媒反応中の電子と分子の超高速な動きを世界初観測 次世代のクリーンエネルギー人工光合成技術の進展に結びつく成果

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研究成果のポイント

  • 人工光合成[用語1]光触媒[用語2]反応)において、時間分解テラヘルツ(THz)[用語3]全反射分光法[用語4]を用いて、光触媒分子(レ二ウム(Re)錯体)と還元剤TEOA溶液の分子間相対運動および電荷移動の観測に初めて成功。
  • 光触媒反応がピコ(10-12)秒という極めて短い時間の中でどのように起こっているかを直接観測することはこれまで不可能だった。
  • 光触媒反応における還元剤の役割を解明することで、高効率の光触媒分子の探索が期待される。

概要

ベトナム物質科学研究所のPhuong Ngoc Nguyen研究員(研究当時:大阪大学 大学院理学研究科 博士後期課程)、大学院生命機能研究科(理学研究科兼任)の渡邊浩助教、木村真一教授、東京工業大学 理学院 化学系の石谷治教授、玉置悠祐助教らの研究グループは、人工光合成に用いられる光触媒分子(Re錯体)が還元剤TEOA溶液中において、光照射後しばらくしてRe錯体へ隣のTEOA分子が近づき、電子を渡す様子を、時間分解THz全反射分光法を用いて、ピコ秒の時間スケールで観測することに初めて成功しました。この成果は、光触媒反応の詳細な理解とより効率の高い光触媒分子の探索に重要な役割を果たすことが期待されます。また本研究で用いた時間分解THz全反射分光法は、液体中の2つの分子間の位置関係の変化を知ることができるため、光触媒反応プロセスだけでなく、生物・化学分野における反応プロセスの理解に役立つものと期待されます。

本研究成果は、8月13日(火)18:00(日本時間)にNatuRePublishing Group「Scientific Reports」(オンライン版)で公開されました。

研究の背景

二酸化炭素と光から化学エネルギーを作り出す人工光合成(光触媒反応)は、太陽電池と並び、次世代のクリーンエネルギー源として期待されており、特に、レニウム(Re)錯体を用いた光触媒反応は、効率がとても高いことが知られています。その光触媒反応は、ピコ(10-12)秒~ミリ(10-3)秒という極めて短い現象の間に起こり、その中で『光を吸収する』、『隣の分子から電子を受け取る』、『二酸化炭素を還元する』など様々な現象が起こっています。より高効率な光触媒分子を作るためには、ピコ秒という極めて短い時間の中で光触媒反応が開始される現象がどのように起こっているかを調べる必要があり、パルスレーザー[用語5]を使った可視光や赤外線での研究がこれまでは主に行なわれてきました。しかし、触媒反応で重要な、 『光を吸収』した後に『隣の分子』がどのように近づいてきて、『電子を受け取った』のか、つまり分子間の相対運動や電荷移動を直接観測することは不可能でした。

そこで本研究では、可視光や赤外線より周波数が低いテラヘルツ(THz)光を用いることを思い立ちました。THz光を用いることでゆっくり振動する大きな分子間の振動が観測でき、その周波数変化を調べることで、隣り合う分子との間の相対位置の変化や電荷移動の情報を得ることができます。しかし、THz光は液体に吸収されやすくうまく観測できないため、新たな観測手法を用いる必要がありました。

本研究の内容

本研究では、人工光合成材料として用いられている光触媒分子[Re(CO)2(bpy){P(OEt)3}2](PF6)(Re錯体)において、光触媒反応がどのように起こっているかを時間分解THz全反射分光法という方法を用いて観測を行いました。光触媒分子は光を吸収することでCO2をCOへと還元しエネルギーを取り出すことができるものですが、この過程には、

  • Re錯体が光を吸収し、Re原子内の電子が周りの配位子原子へと移動する。
  • Re錯体が周りの還元剤(TEOA)から電子を受け取る。
  • 二酸化炭素(CO2)を一酸化炭素(CO)へと還元する。

というプロセスが存在します。我々はこれらのうち2番目の還元剤とRe錯体への電荷移動過程に着目し、この過程がどのように起こっているかを調べました。触媒反応の観測は、これまで主に近・中赤外の光を用いて行われてきました。近・中赤外光は分子内振動という、分子の中の隣り合う二つの「原子」の結合力の変化を見ることができます。一方我々が用いたTHz光は分子間振動という隣り合う二つの「分子」の結合力の変化を見ることができるため、Re錯体の周りのTEOA分子が光照射後にどのように動き、どのように電子をやり取りするかを観測することが可能です。しかしTHz光は液体に吸収されやすいという性質を持っているため、TEOA溶液中のRe錯体を観測しようとすると溶液の吸収に邪魔されてうまく観測できないという問題がありました。そこで新たに、全反射分光という方法とTHz分光を組み合わせる(図1)ことで溶液のTHz分光を可能にしました。

THz全反射分光のセットアップ

図1. THz全反射分光のセットアップ

我々はさらにTHz全反射分光法に、超高速の時間分解測定を行うため、波長400 nmのパルス光を試料に当てた後、少し時間を遅らせてTHzパルスを照射するポンプ・プローブ分光法[用語6]という手法を組み合わせた時間分解THz全反射分光で、ピコ秒の時間スケールで紫外線照射後の光触媒反応の観測に初めて成功しました。

その結果、光照射直後から9ピコ秒までは、光を吸収することでRe錯体の温度が急激に上がった後、図2(Ⅰ)に示すように周りのTEOA分子へと熱を渡し、冷えていく過程を見ていると考えられます。次に9~14ピコ秒では、図2(Ⅱ)に示すようにTEOA分子が回転し、Re錯体との間の距離が短くなったことが分かりました。最後に14ピコ秒以降では、図2(Ⅲ)に示すように、TEOA分子からRe原子へ電荷移動が起こり、共に正へと帯電したためクーロン反発[用語7]により離れてしまったため、分子間振動自体がなくなったと考えられます。

このように我々は時間分解THz全反射分光を用いることで、光触媒反応においてピコ秒と極めて速い時間スケールで還元剤がどのように動き、電子が移動するのかを観測することに初めて成功しました。

光触媒反応における光照射後のRe錯体とTEOA分子の位置関係の変化の模式図

図2. 光触媒反応における光照射後のRe錯体とTEOA分子の位置関係の変化の模式図

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

次世代のクリーンエネルギーの一つとして期待される高効率の光触媒分子を探索するうえで、その反応過程を詳細に調べることは、高いエネルギー変換効率を得るために極めて重要です。本研究は、二つの分子間の結合力と電荷移動を知ることができるTHz光を用いて、光触媒分子と還元剤の動きを観測することに成功しました。このことは光触媒還元反応における還元剤の役割をより詳細に観測可能であることを示しており、今後高効率の光触媒過程を作り出すうえで、この測定法が大きな助けとなると考えられます。また光触媒反応以外においても、多くの生物・化学における反応は、溶液中において二つの分子の間で起こるものが多く、時間分解THz全反射分光の手法は多様な反応過程の研究の発展へとつながっていくことが期待されます。

特記事項

この研究は、文部科学省国家課題対応型研究開発推進事業「光・量子融合連携研究開発プログラム」の研究課題「レーザー・放射光融合による光エネルギー変換機構の解明」および科学研究費補助金基盤研究C(18K04836)の補助を受け行われました。

用語説明

[用語1] 人工光合成 : 植物が葉緑体内で行う光を用いて二酸化炭素を還元することで化学エネルギーを作り出す過程を人工的に行うこと。光を電気に変換する太陽電池に比べ、安定な高エネルギー物質へと変換するため、貯蔵・運搬の面で優れている。

[用語2] 光触媒 : 光を吸収して触媒作用を示す物質。通常では起こらないような反応を常温で起こすことができる。有名な光触媒は酸化チタンなど。光合成も天然の光触媒反応である。

[用語3] テラヘルツ(THz)光 : 波長が約30 μm~3 mmの光で赤外線と電波の間の性質をもつ光。X 線などの放射線と同様に透過性能が高いが人体への影響が少なく安全なため、医療や薬学、セキュリティなどの分野への応用が期待されている。

[用語4] 全反射分光法 : 光が境界で全反射した時にしみだすエバネッセント光といわれる光を用いた分光。本研究では図1に示すような逆三角形のシリコンプリズムに光を入射させ、屈折により曲がった光がプリズム上部に当たり全反射した時に出るエバネッセント光を、液体試料と反応させた。実際に液体試料内部を光が通らないため、吸収の強い試料の測定に向いている。

[用語5] パルスレーザー : 連続的ではなくパルス的に短い時間だけ発光するレーザー。本研究では、50フェムト(10-15)秒の時間だけの発光が 1秒間に1,000回発生するパルスレーザー装置を用いた。

[用語6] ポンプ・プローブ分光法 : パルスレーザーを二つ用い、最初の光で物質に変化を起こした後、少し遅らせた二発目の光でその変化を観測する方法。二つの光の時間間隔を少しずつ変えて何度も観測することで、光による物質の変化をフェムト秒からピコ秒の時間スケールで知ることができる。

[用語7] クーロン反発 : 正と正もしくは負と負の電荷を帯びた物の間に働く反発力を用いて遠ざかること。正と負の電荷の場合は逆に引力となる。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports 9, 11772 (2019). 8月13日(日本時間)掲載
論文タイトル :
Relaxation dynamics of [Re(CO)2(bpy){P(OEt)3}2](PF6) in TEOA solvent measured by time-resolved attenuated total reflection terahertz spectroscopy
著者 :
Phuong Ngoc Nguyen(大阪大学、博士後期課程(当時)、現 ベトナム物質科学研究所 研究員),Hiroshi Watanabe(渡邊浩、大阪大学、助教),Yusuke Tamaki(玉置悠祐、東京工業大学、助教),Osamu Ishitani(石谷治、東京工業大学、教授),Shin-ichi Kimura(木村真一、大阪大学、教授)
DOI :
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お問い合わせ先

大阪大学 大学院生命機能研究科 光物性研究室

助教 渡邊浩、教授 木村真一

E-mail : hwata@fbs.osaka-u.ac.jp(渡邊浩)
kimura@fbs.osaka-u.ac.jp(木村真一)
Tel : 06-6879-4604、4600 / Fax : 06-6879-4601

大阪大学生命機能研究科 庶務係

E-mail : seimei-syomu@office.osaka-u.ac.jp
Tel : 06-6879-4692

東京工業大学 理学院 化学系

教授 石谷治

E-mail : ishitani@chem.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2240 / Fax : 03-5734-2284

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

複数の原子からなる高次の物質の周期律を発見 未知物質の探索に活用できる新たな周期表の誕生

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要点

  • 分子などの形状と性質を予測する新たな理論モデルを開発
  • 複数の原子からなる高次の物質の間に新たな周期律を発見
  • まだ確認されていないナノ物質の存在を予見

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の塚本孝政助教、春田直毅特任助教(現 京都大学 福井謙一記念研究センター 特定助教)、山元公寿教授、葛目陽義准教授、神戸徹也助教らの研究グループは、コンピューターシミュレーションを用いた理論化学的手法[用語1]に基づき、分子などの微小な物質(ナノ物質)が持つエネルギー状態[用語2]を記述する「対称適合軌道モデル[用語3]」を開発した。このモデルは、ナノ物質が持つ様々な幾何学的対称性[用語4]に着目することで、それらの形状や性質などを正確に予測する。さらに、この理論モデルにより、複数の原子からなる高次の物質の間にも元素のような周期律が存在することを発見し、この周期律を元素周期表[用語5] と類似の「ナノ物質の周期表[用語6]」として表すことに初めて成功した。

今回の研究により、元素周期表の発見から150周年の節目にあたる国際周期表年に、全く新しい高次の周期表が発見されたことになる。この周期表に従ってナノ物質の設計や探索を行うことで、将来的には、今まで発見されてこなかった未知の物質や新たな機能材料の創出が期待できる。

この研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「山元アトムハイブリッドプロジェクト(山元公寿 研究総括)」で実施された。本成果は、2019年8月19日発行の英科学雑誌Nature Publishing Groupの「Nature Communications」オンライン版に掲載された。

背景と経緯

メンデレーエフが元素周期表を提案してから150周年を迎えた2019年は、「国際周期表年」として宣言されている。原子が持つ物理的・化学的性質の周期的な変化(周期律)を表す元素周期表は、これまで自然科学の発展に大きく貢献してきた。現在までに、118種類もの元素が発見され、元素周期表に加えられている。今日では、この周期律の起源は、原子の電子配置[用語7]にあることが明らかになっている。

従来の周期表では、単一の原子の性質が扱われているが、複数の原子からなる高次の物質でもこのような周期律が発見されれば、物質科学の世界において非常に有用な指標となる。しかし、このような原子より大きなスケールの物質では、その性質を支配する原理や法則は見出されていなかった。原子とは異なり、大きさ・組成・形などの様々な要素を持っており、単純には分類できないためである。

研究成果

塚本孝政助教、春田直毅特任助教、山元公寿教授らの研究グループは、微小な物質(ナノ物質)が持つ幾何学的対称性(形)に着目し、コンピューターシミュレーションと群論[用語8]を応用することで、様々なナノ物質のエネルギー状態(電子軌道)を正確に予測する「対称適合軌道モデル」を開発した。このモデルに基づき、ナノ物質を評価することで、形状・性質・安定性などの系統的な予測が可能となった。

またこうした取り組みの中で、ナノ物質の持つ複数の電子軌道が幾何学的対称性ごとにある一定の法則に従うこと、つまり周期律があることも明らかになった(図1)。原子の場合と同様に、ナノ物質の性質も電子配置(すなわち電子軌道の埋まり方)によって決まる。今回発見された新たな周期律を、ナノ物質が持つ要素(原子数・電子数・元素種など)ごとにまとめることで、元素周期表に類似した「ナノ物質の周期表」として表すことに初めて成功した(図2)。この「ナノ物質の周期表」は、従来の元素周期表に現れる「族」「周期」に加え、「類」「種」という新たな軸を持つ多次元の周期表で、既に知られている実在の化学物質や天然物に加えて、未発見のナノ物質も含まれている。こうした高次の周期表は、ここに示すものだけでなく、ナノ物質の持つ幾何学対称性ごとに異なるものが存在する。

図1. ナノ物質のエネルギー状態(電子軌道)は、その幾何学的対称性ごとに異なり、ある一定の法則に従う。理想的には球体が最も高い幾何学的対称性を持つが、実在するナノ物質には球対称のものは存在しない。
図1.
ナノ物質のエネルギー状態(電子軌道)は、その幾何学的対称性ごとに異なり、ある一定の法則に従う。理想的には球体が最も高い幾何学的対称性を持つが、実在するナノ物質には球対称のものは存在しない。
図2. 正四面体型の対称性を持つ「ナノ物質の周期表」の一例。このような「族」「周期」「類」「種」の四つの次元を持つ高次の周期表が、幾何学的対称性(形)ごとに存在する。天然に存在する物質や、未発見のナノ物質もこの中に含まれる。
図2.
正四面体型の対称性を持つ「ナノ物質の周期表」の一例。このような「族」「周期」「類」「種」の四つの次元を持つ高次の周期表が、幾何学的対称性(形)ごとに存在する。天然に存在する物質や、未発見のナノ物質もこの中に含まれる。

今後の展望

ナノ物質を構成する原子の個数や元素の種類、元素の比率には、無限大の組み合わせが存在する。今回見つかった「ナノ物質の周期表」を指針とすることで、その無限大の組み合わせの中から、今まで検討されてこなかった未知の物質や新たな機能材料の発見が期待できる。

用語説明

[用語1] 理論化学的手法 : 数学や物理学、コンピューターシミュレーションなどを駆使することで、実験室で実験を行うことなく、物質の性質を明らかにする方法論のこと。実験で得られるデータを精緻に解釈したり、新たな化学現象を予測したりするのに用いられる。

[用語2] エネルギー状態 : 原子や分子などの物質は、正電荷を持つ原子核と負電荷を持つ電子の集まりで構成される。各電子は、原子核の周りに広がる軌道に収まる。軌道には様々な形があり、それぞれが異なるエネルギーを持つ。このように軌道は、電子がとりうる各エネルギー状態という意味を持つ。2個の電子までが同じ軌道に入ることができる。

[用語3] 対称適合軌道モデル : ナノ物質が持つ幾何学的対称性に着目し、群論を応用することで構築された理論モデル。ナノ物質のエネルギー状態を予測し、また特定の形や性質を持ったナノ物質の設計を行うこともできる。

[用語4] 幾何学的対称性 : 物質が持つ対称性は、左右対称といった幾何学的な性質で測られることから、幾何学的対称性と呼ばれる。正四面体・正八面体・正二十面体などの形をした物質は、特に幾何学的対称性が高い。最も高い幾何学的対称性は球対称(球)であり、物質を構成する最小単位である原子は球対称である。一方で、分子などのナノ物質は複数の原子から構成されるため、球対称よりも低い幾何学的対称性しか持つことはできない。

[用語5] 元素周期表 : 元素の物理的・化学的性質は、原子番号に従ってある一定の周期で変化することが知られている。これを基に、「族」と「周期」という二つの軸を持たせて、元素を分類・配置したものを元素周期表という。1869年にロシアの化学者メンデレーエフにより提唱された。2019年は、元素周期表の発見からちょうど150周年であり、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)により「国際周期表年(IYPT2019)」として宣言されている。

[用語6] ナノ物質の周期表 : 「対称適合軌道モデル」から見出される、大きさ・組成・形に関する周期律に基づいて、ナノ物質を分類・配置した表。「族」「周期」「類」「種」という複数の軸を持つ、多次元の周期表である。従来の周期表と同様に「族」「周期」はナノ物質の電子配置を識別し、加えて「類」はナノ物質の構成原子数、「種」は構成元素種を識別する。ナノ物質の幾何学的対称性(形)ごとに異なる周期表が存在する。

[用語7] 電子配置 : 元素固有の性質は、原子が持つ軌道にどのように電子が入るかによって決まる。これを電子配置と呼び、元素の性質に周期性が現れる要因ともなっている。一方で、ナノ物質の性質も電子配置によって決まるが、物質によって電子軌道の持つエネルギーが大きく異なるため、その性質に周期性は現れない。

[用語8] 群論 : 代数学の概念の一つである「群」を取り扱う学問。「群」とは、ある条件を満たす数学的集合のことで、フランスの数学者ガロアにより着想された。群論は数学の世界にとどまらず、物理学や化学をはじめとする幅広い分野で応用されている。本研究では、ナノ物質の持つ幾何学的対称性と電子軌道との関係について、群論を用いて考察することで、ナノ物質の新たな分類に成功した。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)
論文タイトル :
Periodicity of molecular clusters based on symmetry-adapted orbital model(対称適合軌道モデルに基づいた分子クラスターの周期律)
著者 :
Takamasa Tsukamoto, Naoki Haruta, Tetsuya Kambe, Akiyoshi Kuzume, Kimihisa Yamamoto
DOI :
<$mt:Include module="#G-07_物質理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院

教授 山元公寿

E-mail : yamamoto@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5260 / Fax : 045-924-5260

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


反強磁性秩序の超高速ダイナミクスを3次元的に追跡

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要点

  • 六方晶YMnO3の反強磁性秩序の3次元的な運動を追跡することに成功
  • 非線形磁気光学効果と線形磁気光学効果を組み合わせて検出
  • 磁化反転やスピン再配列におけるスピンダイナミクスの追跡に期待

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の佐藤琢哉教授は、スイス・チューリヒ工科大学(ETH)のManfred Fiebig(マンフレッド フィービッヒ)教授、Christian Tzschaschel(クリスチャン チャシェル)大学院生と共同で、反強磁性[用語1]秩序の超高速ダイナミクス[用語2]を3次元的に追跡可能な手法を開発した。

強磁性体の磁化ダイナミクスはフェムト秒光パルスを用いた線形磁気光学効果[用語3]によって、追跡することが可能である。一方、反強磁性体は強磁性体と比べて数桁高い共鳴周波数を示すため、次世代の超高速スピントロニクス[用語4]における有望な材料として期待されている。しかし、反強磁性体は正味の磁化をもたないため、その秩序ダイナミクスを追跡することは事実上不可能とされてきた。

本研究では、線形磁気光学効果と非線形磁気光学効果(第2高調波発生)[用語5]を組み合わせることで、六方晶YMnO3(マンガン酸イットリウム)の反強磁性秩序の3次元的な運動(マグノン[用語6])を追跡することに成功した。

研究成果は2019年9月5日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン版)に掲載された。

三角格子を組んだMnイオン(赤球)とそのスピン(矢印)に対して光(赤色)が照射され、3次元的な運動(マグノン)が起きている様子

三角格子を組んだMnイオン(赤球)とそのスピン(矢印)に対して光(赤色)が照射され、3次元的な運動(マグノン)が起きている様子

研究の背景

反強磁性体は互いに反対方向を向く2つの磁気副格子[用語1]からなり、正味の磁化が消失している。このことから反強磁性体の磁化は、磁気ドメインからの漏れ磁場や外部磁場に対して堅牢である。また、磁気副格子間に働く強い交換相互作用により、強磁性体と比べて数桁高い共鳴周波数を示す。これらの理由により、次世代の超高速スピントロニクスにおいて有望な材料である。

しかし、正味の磁化が消失している反強磁性体では、その3次元ダイナミクスを線形磁気光学効果だけで追跡することはできなかった。一方、非線形磁気光学効果は反強磁性体の基底状態[用語1]を分光する強力な手法であることが知られているが、ダイナミクスにおいては反強磁性秩序と電子系の寄与の分離は事実上不可能とされてきた。

研究成果

本研究では、図1のような測定配置で線形磁気光学効果と非線形磁気光学効果を適切に組み合わせることで、反強磁性秩序の超高速ダイナミクスを3次元的に捉えることに成功した。

六方晶YMnO3試料において、円偏光[用語3]フェムト秒パルスを励起光とし、逆ファラデー効果[用語6]によって周波数95 GHzのマグノンモードを励起した。このモードは試料面直方向に強磁性成分が振動し、面内で反強磁性成分が振動することが知られている。

そこで、面直方向の強磁性ダイナミクスは線形磁気光学効果で検出し、面内の反強磁性体ダイナミクスは対称性の変化に敏感な非線形磁気光学効果(第2高調波発生)で検出した(図2a)。非線形光学信号では、マグノン励起が対称性の低下を伴うことを利用することで、反強磁性秩序と電子系を分離することに成功した。

ポンプ・プローブ測定配置図。円偏光の励起光で反強磁性YMnO3内にマグノンを励起し、検出光のファラデー効果をバランス検出器(BPD)で、第2高調波発生を光電子増倍管(PMT)で同時検出する。
図1.
ポンプ・プローブ測定配置図。円偏光の励起光で反強磁性YMnO3内にマグノンを励起し、検出光のファラデー効果をバランス検出器(BPD)で、第2高調波発生を光電子増倍管(PMT)で同時検出する。
円偏光(σ+, σ-)の励起光に対する、検出光のファラデー効果、および第2高調波発生の信号。95 GHzの振動が観測され、それぞれ面直、面内の運動を反映している。
図2.
円偏光(σ+, σ-)の励起光に対する、検出光のファラデー効果、および第2高調波発生の信号。95 GHzの振動が観測され、それぞれ面直、面内の運動を反映している。

今後の展開

磁化スイッチングやスピン再配列など、スピンの3次元的な方向変化を伴う超高速現象を理解する上で重要な技術になると期待される。

用語説明

[用語1] 反強磁性・磁気副格子・基底状態 : 強磁性体は磁石に吸い付くのに対し、反強磁性体は磁石に吸い付かない。これは、平衡状態(基底状態)で反強磁性体の内部で隣り合うスピン(磁気副格子)が互いに反対方向を向き、全体として磁化が相殺されているためである。内部ではスピン間の強い交換相互作用が働いているため、共鳴周波数は数テラヘルツにも達することがある。

[用語2] 超高速ダイナミクス : 周波数がギガヘルツやテラヘルツに達する超高速な物体の運動のこと。

[用語3] 線形磁気光学効果・円偏光 : 光は電磁波であり、電場と磁場は光線の進行方向と垂直に振動する。電場面の振動方向を偏光面といい、それが伝播に伴って時間的に不変ならば光は直線偏光、円弧を描くならば円偏光と呼ぶ。磁性体中を進行する直線偏光の偏光面が、磁化の大きさに比例して回転する現象を線形磁気光学効果という。

[用語4] スピントロニクス : 例えて言うと、電子は自転と公転をしており、自転にもとづく角運動量をスピンとよぶ。スピンが整列することが、磁石の性質の起源になっている。電子が持つスピン角運動量を積極的に応用する技術をスピントロニクスという。

[用語5] 非線形磁気光学効果(第2高調波発生) : 高強度の光が物質に入射したときに、物質がもつ磁気的対称性を反映して、光強度に対して非線形に応答する効果。特に光の周波数に対して2倍の周波数の光が放出される現象を第2高調波発生という。

[用語6] マグノン・逆ファラデー効果 : 強磁性体や反強磁性体の磁化は、ある周波数において電磁波を吸収し共鳴振動し、これを磁化振動(マグノン)と呼ぶ。マグノンは、可視光を照射することでラマン散乱過程によっても誘起することができ、これが本研究における励起メカニズム(逆ファラデー効果)になっている。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Tracking the ultrafast motion of an antiferromagnetic order parameter
著者 :
Christian Tzschaschel, Takuya Satoh, Manfred Fiebig
DOI :
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東京工業大学 理学院 物理学系

教授 佐藤琢哉

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火星衛星探査に向けた国際的な惑星保護方針への貢献について 日本の研究チームが火星衛星微生物汚染評価に関する科学的研究成果を発表・国際ルール設定へ主導的な役割

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東京工業大学 地球生命研究所の玄田英典准教授および兵頭龍樹日本学術振興会特別研究員は、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所の藤田和央教授、千葉工業大学 惑星探査研究センターの黒澤耕介上席研究員、東京大学、東京薬科大学と共同で、火星衛星の微生物汚染評価に関する科学的研究を実施しました。この研究成果は、国際宇宙空間研究委員会(COSPAR)の惑星保護パネルに受理され、2019年3月開催のCOSPAR理事会でJAXAの火星衛星探査計画(Martian Moons eXploration:MMX)に対する勧告として了承されました。これは、COSPARが保持する国際基準の惑星保護方針(Planetary Protection Policy)における日本の貢献です。

研究成果(査読付き論文2本)は、7月10、17日付けの欧州科学雑誌「Life Sciences in Space Research」電子版に掲載されました。

ポイント

  • 宇宙探査を行う上では、各国の関係者が従わなければならないルール(惑星保護方針)があります。
  • そのルールには、今後の宇宙探査では重要になることが明らかであるにも関わらず、未確定だった対象天体がありました。具体的には、火星衛星(フォボス・ダイモス)です。
  • そのルール設定に必要な科学的活動において、日本の研究チームが主導的な役割を果たしました。具体的には、過去500万年以内に火星から火星衛星に運ばれた可能性のある微生物の火星衛星での分布を評価し、MMXで持ち帰る試料中に微生物が含まれる可能性が国際的に合意されている上限値を大きく下回り、「安全」であることを科学的・定量的に示しました。
  • この結果は、COSPARに受理され、MMXを「はやぶさ2」と同じレベルの惑星保護方針で行うことに対して、国際的な合意を得ることができました。

研究の背景

国際宇宙空間研究委員会(COSPAR)は、宇宙開発に携わる国家が参照することを目的として、宇宙探査を行う天体が地球からの有機成分や微生物によって汚染されることを回避し、地球生命圏を地球外生命や生命由来物質から保護し、また宇宙条約を遵守するために、その国際基準のガイドラインとして、惑星保護方針(Planetary Protection Policy)を保持し普及させています。すべての惑星ミッションは、簡潔な記録を残すだけの簡易なものから、全フライトシステムの最終段階での滅菌まで、程度は異なりますが、惑星保護対策を実施する必要があります。※1

MMXは、「はやぶさ2」に続く次世代サンプルリターンミッションとして、現在、世界の最先端である日本の小天体探査技術を基に計画されています(開発移行前)。ところが小惑星とは状況が異なり、火星衛星のごく近くには火星があります。火星には現在でも未知の微生物が生存している可能性があるとされています※2。火星への天体衝突で放出された火星岩石が地球に落下し火星隕石として発見されるように、火星物質は火星衛星にも輸送されています。この火星岩石中に火星の微生物が含まれ、火星衛星に運ばれている可能性を否定することはできません。現在の惑星保護方針の対象天体には、火星衛星が含まれていないため、MMXを「はやぶさ2」と同じレベルの惑星保護方針で行うには、火星衛星からの回収試料中に微生物が含まれる確率が国際的に合意されている上限(100万分の1)を下回ることを示す必要がありました※3

研究の概要

研究チームは最近500万年以内の火星表層史と微生物の滅菌データを精査し、火星衛星上で現在生き残っている微生物がいるとすれば、それはおよそ10万年前に火星上に形成された直径10 kmのズニルクレーター由来であることを示しました。それ以外の火星上の10 kmを超える大きさのクレーターが形成された時期は古く、火星衛星に輸送されていたとしても現在までに放射線で滅菌されてしまいます。研究チームはズニル形成衝突事件により放出された火星物質が火星衛星に到達する割合を計算し、火星衛星に飛来した火星岩石群が火星衛星でどのように分布するのか、そして現在までの10万年の間に放射線環境を生き伸びる可能性がある微生物の数密度を推定しました(図)。この結果をもとに、MMXで計画されているコア型の砂層採集システムを使用した場合に生存している微生物が採集される確率を算出し、計算上の様々な不定性を考慮しても99 %の確率で回収試料中に微生物が含まれる確率が100万分の1(10-6)を下回ることを示しました。

この検討結果はCOSPARに受理され、MMXを「はやぶさ2」と同じレベルの惑星保護方針で行うことに対して国際的な合意を得ることができました。

本研究で検討した火星上のズニルクレーター形成衝突事件からの時系列と物理過程。火星上の潜在的細胞数は、地球上で最も火星の環境に近い南極の永久凍土地帯における細胞密度を参考に推定しました。ズニル形成衝突を3次元の数値衝突計算で再現し、その放出物の軌道進化を解析的に計算することで、火星衛星への物質輸送量を推定しました。滅菌過程については先行研究で最も耐性のある微生物のデータを参照し、火星衛星への衝突時の衝突滅菌率、その後の放射線による滅菌率を計算しました。図はフォボスの例です。最後に、現在における火星衛星上の生存細胞数をもとに、MMXで計画されているコア型の砂層採集システムを使用した場合に生存している微生物が採集される確率を計算しました。
図.
本研究で検討した火星上のズニルクレーター形成衝突事件からの時系列と物理過程(フォボスにおける検討例):火星上の潜在的細胞数は、地球上で最も火星の環境に近い南極の永久凍土地帯における細胞密度を参考に推定しました。ズニル形成衝突を3次元の数値衝突計算で再現し、その放出物の軌道進化を解析的に計算することで、火星衛星への物質輸送量を推定しました。滅菌過程については先行研究で最も耐性のある微生物のデータを参照し、火星衛星への衝突時の衝突滅菌率、その後の放射線による滅菌率を計算しました。最後に、現在における火星衛星上の生存細胞数をもとに、MMXで計画されているコア型の砂層採集システムを使用した場合に生存している微生物が採集される確率を計算しました。

今後の展開

COSPAR惑星保護パネルでは、今回の勧告ではMMXミッションを対象とし、他の将来のミッションに対する勧告を形成しないと評価しました。しかしながら、火星衛星は、将来の火星本星における有人探査の拠点候補としても重要な意義を持ち、今回の研究成果による勧告の形成は、国際協働のもとで推進される本格的な火星探査にも貢献するものとなります。

※1

日本では、これまで科学衛星を中心とする深宇宙探査では、個々のプロジェクトにおいて、COSPARが規定する惑星保護方針に準拠した設計基準を採用し、COSPAR惑星保護パネルにおいて国際的な合意を形成することによって、個々のプロジェクトを実施してきました。さらに、近年の宇宙探査ミッションの増加を踏まえ、JAXAが組織的に惑星保護に取り組むことを目的として、2018年12月に惑星保護体制を発足させ、これに関連する規定や手続きを整備し、惑星保護方針の着実な遵守に取り組んでいます。

※2

1970年代にNASAが行ったバイキング計画では火星微生物を検出しませんでしたが、当時の検出器の検出限界である火星物質1 kgあたり10億個(109)の細胞以下の微生物が生存している可能性は否定できません。実は、バイキング探査に用いられた生命検出装置では、地球上のアタカマ砂漠や南極程度の微生物密度では検出できないことが分かっています。

※3

回収試料に培養可能な微生物が含まれる確率が100万分の1を超える場合は、制限付き地球帰還(Restricted Earth Return)という惑星保護方針が適用されます。現在のところ、この制限付き地球帰還が適用されて打ち上げられた探査機は存在しませんが、探査機設計・運用、地球帰還後の試料の厳重な取り扱いなどこれまでと全く異なる探査計画の立案が必要になります。将来火星探査など超大型計画はこの枠組で検討が進められています。なお、「100万分の1」という数字は、リスクが実質的にゼロとみなせる、という国際基準で、世界保健機関(WHO)の水質基準やアメリカ食品医薬品局(FDA)の品質基準などに広く利用されています。

論文情報

論文1

掲載誌 :
Life Sciences in Space Research
論文タイトル :
Assessment of the probability of microbial contamination for sample return from Martian moons I: Departure of microbes from Martian surface
著者 :
Fujita, K., K. Kurosawa, H. Genda, R. Hyodo, S. Matsuyama, A. Yamagishi, T. Mikouchi, and T. Niihara
DOI :

論文2

掲載誌 :
Life Sciences in Space Research
論文タイトル :
Assessment of the probability of microbial contamination for sample return from Martian moons II: The fate of microbes on Martian moons
著者 :
Kurosawa, K., H. Genda, R. Hyodo, A. Yamagishi, T. Mikouchi, T. Niihara, S. Matsuyama and K. Fujita
DOI :

本研究は科学研究費補助金 JP17H03486、JP17H01176、JP17H02990、JP17H01175、JP17K18812、JP17J01269、JP18HH04464、JP18K13600、JP19H00726、及び自然科学研究機構アストロバイオロジーセンターの援助(AB301018)を受けて実施されました。

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Tel : 042-759-8008

千葉工業大学 入試広報課

Tel : 047-478-0222

東京大学 総合研究博物館 広報担当係

Tel : 03-5841-2830

東京大学 大学院工学系研究科 広報室

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DNAオリガミによる人工細胞微小カプセルの開発に成功 機能をプログラム可能な分子ロボットの開発に期待

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要点

  • DNAオリガミによるナノプレートで細胞膜を模倣した、人工細胞としての微小カプセルを開発
  • 人工的なイオンチャネルを形成させ、微小カプセル間のイオンの輸送に成功
  • 分子コンピュータ/分子センサーを搭載した分子ロボットや、人工ニューラルネットワーク、高機能薬剤送達などへの応用に期待

概要

東京工業大学 情報理工学院の瀧ノ上正浩准教授、石川大輔研究員(現首都大学東京)、東北大学の鈴木勇輝助教、東京農工大学の川野竜司准教授、東京大学 大学院総合文化研究科の柳澤実穂准教授、京都大学の遠藤政幸准教授らの研究グループは、DNAオリガミ[用語1]で作製したDNAナノプレートによって細胞膜を模倣した、人工細胞(微小カプセル、図1)の開発に世界で初めて成功した。

人工的な膜に細胞膜のような複雑な機能を持たせるには、性質や機能を自在に設計可能な物質を材料とする必要があった。今回開発した、DNAを膜の材料とする微小カプセルでは、DNAの塩基配列を設計することで膜の機能を自在に設計でき、“プログラム”した機能をコンピュータソフトウェアのようにインストールできる。この技術は、分子コンピュータ/分子センサーを搭載した分子ロボット[用語2]や薬剤送達等への応用が期待される。

研究成果は現地時間9月13日にドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン版で公開された。

DNAオリガミによる人工細胞微小カプセルのイメージ

図1. DNAオリガミによる人工細胞微小カプセルのイメージ

研究の背景と経緯

細胞のような、分子スケールからマイクロスケールにおよぶ、複雑で高機能なシステムを人工的に創ることは、科学技術において究極の目標の一つである。これまでにも、細胞膜を模倣した人工的な膜を持つ人工細胞[用語3](微小カプセル)の構築が試みられているが、細胞膜のような機能のある膜を設計・作製することは困難であった。

人工細胞となる微小カプセルの構築には、脂質分子(細胞膜の構成分子)を構成素材とする人工的な膜で水滴を覆った、油中水滴エマルション[用語4]や脂質二重膜小胞(リポソーム)が一般的に用いられる。膜の構成素材としては、脂質分子以外に、ナノ・マイクロサイズ[用語5]の微粒子であるコロイド粒子も利用されており、その場合の油中水滴エマルションはPickering(ピッカリング)エマルション[用語6]、小胞はコロイドソームと呼ばれている。コロイド粒子の膜によるエマルションや小胞には、物理的な安定性があるだけではなく、コロイド粒子の形状やその表面の改質などにより、さまざまな用途へ利用できるという利点がある。しかし、プラスチックなどの通常の物質を材料とするコロイド粒子には、設計性と拡張性の限界が存在する。したがって細胞膜のように、外部からの分子刺激に応答したり、エネルギー(栄養)となる物質を取り込んだりといった複雑な機能を人工的な膜に持たせるには、性質や機能を自在に設計可能な物質を材料とするコロイド粒子を用いる必要があった。

研究成果

研究グループは、生体高分子であるDNAを素材とするDNAオリガミにより、両親媒性[用語7]のDNAナノ構造体(DNAナノプレート)を設計・作製した。このDNAナノプレートを一種のナノサイズのコロイド粒子として用いて、油中水滴を覆う膜を形成させ、微小なカプセルを実現した(図2)。さらに、DNAナノプレートにナノサイズの孔を開けることで、微小カプセル間でイオンを輸送可能にし、細胞膜のイオンチャネルのような機能を実現することに成功した。

両親媒性DNAナノプレートおよび微小カプセル作製の概念図。DNAオリガミで、中心の孔無し・有りの2種類の六角形DNAナノプレートを作製した。DNAはもともと親水性であるため、DNAナノプレートを親水(水)/疎水(ミネラルオイル)界面に集積させるには、DNAを部分的に疎水化する必要がある。そこで、DNAナノプレートの片面のみに1本鎖DNAを伸ばし、そこへ相補な1本鎖DNAを二重らせん形成させることで、疎水性有機分子であるコレステロールを取り付け、両親媒性化した。DNAナノプレートの形成は、原子間力顕微鏡観察から確認された。両親媒性化したDNAナノプレートを含む水溶液をミネラルオイルに加え、油中水滴エマルションを作製すると、疎水化した面がミネラルオイルに向かうことでDNAナノプレートが界面に集積する。これによって、微小カプセル様の油中水滴空間が形成される。
図2.
両親媒性DNAナノプレートおよび微小カプセル作製の概念図。DNAオリガミで、中心の孔無し・有りの2種類の六角形DNAナノプレートを作製した。DNAはもともと親水性であるため、DNAナノプレートを親水(水)/疎水(ミネラルオイル)界面に集積させるには、DNAを部分的に疎水化する必要がある。そこで、DNAナノプレートの片面のみに1本鎖DNAを伸ばし、そこへ相補な1本鎖DNAを二重らせん形成させることで、疎水性有機分子であるコレステロールを取り付け、両親媒性化した。DNAナノプレートの形成は、原子間力顕微鏡観察から確認された。両親媒性化したDNAナノプレートを含む水溶液をミネラルオイルに加え、油中水滴エマルションを作製すると、疎水化した面がミネラルオイルに向かうことでDNAナノプレートが界面に集積する。これによって、微小カプセル様の油中水滴空間が形成される。

DNAは本来、親水性の物質であるため、油中水滴エマルションを作るのに必要とされる、界面活性剤のような両親媒性を持たない。そこで研究グループは、DNAオリガミで作製したDNAナノプレートの片面だけに疎水性の有機分子(コレステロール基)を取り付けることで、疎水性と親水性の両方を持つ両親媒性のDNAナノプレートを得ることに成功した。この両親媒性DNAナノプレートを用いて油中水滴エマルションを作製したところ、DNAナノプレートは油水界面に集積することがわかった(図3)。さらに、界面に集積したDNAナノプレートは、脂質分子のように流動的に動くのではなく、積層した非流動的なコロイド粒子のようにふるまうことが明らかになった。

両親媒性化した(a)孔無しおよび(b)孔有りDNAナノプレートを用いて作製した、油中水滴エマルションの共焦点レーザー顕微鏡像。DNAを緑色蛍光試薬で染色しており、緑色部分にDNAナノプレートが存在することを示している。両親媒性化していない場合(コレステロール数:0)、DNAナノプレートは親水性のため、水滴中に均一に分散した。一方、両親媒性化した場合(コレステロール数:12以上)、孔無し、孔有りいずれのDNAナノプレートも、親水(水)/疎水(ミネラルオイル)界面に集まっている様子が観察された。
図3.
両親媒性化した(a)孔無しおよび(b)孔有りDNAナノプレートを用いて作製した、油中水滴エマルションの共焦点レーザー顕微鏡像。DNAを緑色蛍光試薬で染色しており、緑色部分にDNAナノプレートが存在することを示している。両親媒性化していない場合(コレステロール数:0)、DNAナノプレートは親水性のため、水滴中に均一に分散した。一方、両親媒性化した場合(コレステロール数:12以上)、孔無し、孔有りいずれのDNAナノプレートも、親水(水)/疎水(ミネラルオイル)界面に集まっている様子が観察された。

また、一般的には細胞膜の膜タンパク質を介して行われるイオンチャネル機能を、両親媒性DNAナノプレートで安定化された微小カプセルへ実装することを試みた。DNAナノプレートにナノサイズの孔を構築し、2つの微小カプセル同士を接触させたところ、イオンの輸送による微小電流が測定された(図4)。さらに測定された電流値から、形成したナノチャネルの大きさを算出するため、数値シミュレーションも行った。これらの結果から、DNAナノプレートが十数層重なることにより、イオンを輸送するチャネルが形成されているということがわかった。

(a) DNAナノプレートで覆われた微小カプセル間のイオン電流を測定するために作製したマイクロデバイスの模式図。油中水滴を作るための2つの円柱状のくぼみが、直径100 µmのマイクロホールがあるセパレータで分割されている。くぼみの底には電極が取り付けられており、外部から電圧の制御が可能である。孔有りDNAナノプレートで覆われた油中水滴を、マイクロホール内でミネラルオイルを挟むようにして接触させると、DNAナノプレートの孔がつながり、この孔(ナノチャネル)を通ってイオンが輸送される。(b)孔有りDNAナノプレートを接触させた場合、階段状のイオン電流が測定され、ナノチャネルの形成が確認された。(c)微小カプセルの少なくとも一方に孔無しDNAナノプレートを用いた場合、接触させてもイオン電流は測定されなかった。
図4.
(a) DNAナノプレートで覆われた微小カプセル間のイオン電流を測定するために作製したマイクロデバイスの模式図。油中水滴を作るための2つの円柱状のくぼみが、直径100 µmのマイクロホールがあるセパレータで分割されている。くぼみの底には電極が取り付けられており、外部から電圧の制御が可能である。孔有りDNAナノプレートで覆われた油中水滴を、マイクロホール内でミネラルオイルを挟むようにして接触させると、DNAナノプレートの孔がつながり、この孔(ナノチャネル)を通ってイオンが輸送される。(b)孔有りDNAナノプレートを接触させた場合、階段状のイオン電流が測定され、ナノチャネルの形成が確認された。(c)微小カプセルの少なくとも一方に孔無しDNAナノプレートを用いた場合、接触させてもイオン電流は測定されなかった。

このように、細胞膜を模倣した微小カプセルの膜の素材に、性質や機能を自在に設計可能なDNAを用いることで、油中水滴を安定に保つ界面活性剤のような機能と、イオンチャネル機能を同時に発現できるDNAナノプレートを設計し、細胞のようなイオンの輸送を実現した。これは、微小カプセルの構築に従来用いられてきた脂質分子や固体粒子の設計性と拡張性の限界を超え、膜の性質と機能を分子レベルから自在に設計できることを示す成果であり、細胞のような複雑な機能を人工的に創り出すために重要な方法論となる。

今後の展開

この研究の結果、性質や機能を自在に設計可能なDNAによって、細胞膜を模倣した人工的な膜を持つ微小カプセルを作製することが可能となった。DNAを素材とする研究は、2006年のDNAオリガミ発表後に急激に増加しており、酵素反応デバイスや情報処理デバイスなど、細胞の個々の機能をナノスケールのDNA構造体で人工的に創り出す技術が報告されている。今回の研究成果である微小カプセル技術は、膜の性質と機能をDNAの塩基配列から自在に設計できるという利点を活かして、細胞の個々の機能をコンピュータソフトウェアのようにインストールできる技術となり得る。今後は、分子センサーや分子コンピュータによる感覚や知能を持った分子ロボットや、生命科学の工学的研究、薬剤送達等の医薬研究への応用が期待される。

本研究成果は、文部科学省新学術領域研究「感覚と知能を備えた分子ロボットの創成(略称 分子ロボティクス)」および文部科学省 科学研究費補助金、「東工大の星」支援【STAR】、旭硝子財団研究奨励、油脂工業会館研究助成、内藤記念科学振興財団 内藤記念女性研究者研究助成金の支援のもとで得られたものである。また東京工業大学の森田雅宗日本学術振興会特別研究員(現 産業技術総合研究所 研究員)、土屋美恵修士課程大学院生(当時)、東京農工大学の大原正行修士課程大学院生(当時)、黒川知加子修士課程大学院生(当時)との共同研究である。

用語説明

[用語1] DNAオリガミ : 長い1本鎖DNA(主に7,000 - 8,000塩基)と多数の短い1本鎖DNA(数十塩基)から構成される、二次元・三次元のDNAナノ構造体。作りたい形状に合わせて、長い1本鎖DNAを一筆書き状に折りたたみ、相補となるように設計された短い1本鎖で固定することで、数十ナノメートルの構造体を作製できる。カリフォルニア工科大学のPaul Rothemund博士によって2006年に報告された。

[用語2] 分子ロボット : 外部から分子の信号を受信し、分子の計算によって判断を下すことで、その環境に対して自律的に反応する、感覚・知能・動作を併せ持つ人工的な分子システム。

[用語3] 人工細胞 : 実際の細胞の大きさに相当する数十マイクロメートル程度の微小な空間において、細胞の一部の機能を再構成したカプセル状の構造体。細胞膜と同じ成分である脂質分子で覆われた微小なカプセルが一般的だが、本研究のように、コロイド粒子で覆われたものも報告されている。

[用語4] 油中水滴エマルション : 互いに混ざり合わない水と油が乳化剤等を加えることで混ざり合い、水滴が油中に分散した状態。食品では、バターやマーガリンなどが挙げられる。一方、油滴が水中に分散したものを水中油滴エマルションといい、牛乳やマヨネーズがこれに当たる。

[用語5] ナノ・マイクロサイズ : ナノメートル(nm)は10−9メートル、マイクロメートル(µm)は10−6メートルである。水素原子が0.1 nm程度、バクテリアが1 µm程度の大きさである。

[用語6] Pickering(ピッカリング)エマルション : 洗剤などの界面活性剤分子ではなく、コロイドなどの固体粒子によって安定化されたエマルション。固体粒子の素材は、粘土鉱物や金属などの無機物、またポリマーやタンパク質などの有機物など、多種多様なものが報告されている。この現象はWalter Ramsden博士によって1903年に、またSpencer U. Pickering氏によって1907年にそれぞれ報告されており、一般的には後者の名前を冠してPickering(ピッカリング)エマルションと呼ばれる。

[用語7] 両親媒性 : 水となじみやすい(親水性)部分と、油となじみやすい(疎水性)部分の両方を持つ性質。この性質を持つ分子やコロイド粒子は、水と油のような、親水性と疎水性の2つの相が互いに接触している境界面(界面)に集まる性質を持つ。両親媒性物質を界面活性剤と呼ぶこともあり、洗剤は界面活性剤の一種である。

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
DNA Origami Nanoplate‐Based Emulsion with Nanopore Function
著者 :
Daisuke Ishikawa, Yuki Suzuki, Chikako Kurokawa, Masayuki Ohara, Misato Tsuchiya, Masamune Morita, Miho Yanagisawa, Masayuki Endo, Ryuji Kawano, Masahiro Takinoue* (石川大輔、鈴木勇輝、黒川知加子、大原正行、土屋美恵、森田雅宗、柳澤実穂、遠藤政幸、川野竜司、瀧ノ上正浩*
DOI :
<$mt:Include module="#G-09_情報理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 情報理工学院 情報工学系

准教授 瀧ノ上正浩

E-mail : takinoue@c.titech.ac.jp

Tel : 045-924-5680

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

2019年度 社会人アカデミー講演会「人間・数理・情報」

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時代はSociety5.0、でも実はよく知らない?「人間・数理・情報」のいま。
東京工業大学が誇る、気鋭の若手研究者に素朴なギモンをぶつけてみました。

講演会は事前お申込みが必要になります。
お申込み方法等は、社会人アカデミーのウェブサイトouterをご覧ください。

皆さまのお越しをお待ちしております。

社会人アカデミー2019年度講演会「人間・数理・情報」全4回シリーズ

  • 第1回 11月2日(土) 13:30 - 15:30 西田亮介
    「日本の政治、デジタル・メディア時代についていけますか?―情報と政治の社会学」

  • 第2回 11月2日(土) 16:30 - 18:30 葭田貴子
    「サイボーグになりたいんですけど、なれますか?―人間と機械の融合の脳科学」

  • 第3回 11月16日(土) 14:00 - 16:00 山田拓司
    「腸内細菌ってなんだ??―ヒト腸内メタゲノム解析が広げる医療」

  • 第4回 11月16日(土) 17:00 - 19:00 鈴木咲衣
    「結び目ってなんですか?―「結び目の数学」の魅力」

場所
東京工業大学 田町キャンパス キャンパスイノベーションセンター(CIC)
日時
第1回 : 11月2日(土)13:30 - 15:30
第2回 : 11月2日(土)16:30 - 18:30
第3回 : 11月16日(土)14:00 - 16:00
第4回 : 11月16日(土)17:00 - 19:00
参加費(1回あたり)
  • 一般 : 2,000円
  • 社会人アカデミー受講生・修了生 : 1,500円
  • ※ 学生(中学生以上) : 500円
  • ※ 蔵前工業会会員(蔵前カード家族会員含む)、本学教職員・学生(附属高校含む)、小学生 : 無料(席数に限りあり)
該当する身分証(生徒手帳/学生証/教職員証/蔵前カード)が必要です。
当日受付にてご提示いただけない場合は一般料金となります。
参加方法
要事前登録。詳細は社会人アカデミーのウェブサイトouterでご確認ください。

社会人アカデミー2019年度講演会「人間・数理・情報」チラシ

社会人アカデミー2019年度講演会「人間・数理・情報」チラシ

問い合わせ先

東京工業大学 社会人アカデミー事務室

E-mail : info@academy.titech.ac.jp
Tel : 03-3454-8722、03-3454-8867

東北沖地震後の地盤隆起の原因を解明 地震を起こした断層深部でのゆっくりとしたすべりが隆起を支配

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発表のポイント

  • 実験岩石学的知見に基づき、東北地方沿岸部の地盤隆起をモデル化することに成功
  • 隆起は、地震時に大きくすべった領域の深部で、断層がゆっくりとすべることにより発生
  • 隆起過程は、ゆっくりとした断層すべりとマントルの流動の両方に影響を受ける
  • 今後の地盤隆起過程の予測には、実験岩石学的知見が必要

概要

沈み込み帯[用語1]などで起こる巨大地震のあとには、余効変動と呼ばれる大きな地殻変動が現れることが知られています。余効変動は、一般的に、地震を起こした断層深部での、揺れを起こさないゆっくりしたすべり(余効すべり[用語2])と水飴のようなマントルの流動(粘弾性緩和[用語3])の組み合わせによって引き起こされます。東北大学 大学院理学研究科 武藤潤准教授、太田雄策准教授、および海洋研究開発機構、東京大学地震研究所、東京工業大学 理学院 地球惑星科学系 岩森光特定教授、南洋理工大学、南カリフォルニア大学からなる合同研究チームは、2011年東北地方太平洋沖地震(以下、東北沖地震)後の余効変動の観測データとそれらを説明する数値解析から、現在活発に隆起している東北地方沿岸部は、地震時に大きくすべった領域のさらに深部での余効すべりによって引き起こされていることを突き止めました。また余効すべりと複雑なマントル流動の相互作用が今後の沈降の回復に大きく影響することを世界で初めて示しました。このことは、人々の生活に直結する地面の鉛直変動[用語4](隆起・沈降)の観測を説明するとともに、その将来予測を行うためには、岩石の流動する特性や断層の摩擦特性及びそれらの相互作用を正確に考慮する必要があることを示しています。

背景

これまで、マグニチュードが8を超える大地震後の余効変動から、地下の粘性構造や断層上の摩擦特性といった岩石のレオロジー[用語5]特性を推定する試みが行われてきました。特に2011年東北沖地震後の余効変動に関しては、海域での観測網の発達と数値モデリングの進展から、実験岩石力学から提唱されるような複雑な岩石レオロジーを考慮したモデリングも盛んに行われています。しかし、我々の生活に関係する鉛直変動の観測結果に関しては未だ説明がなされてきませんでした。今回、岩石の流動と摩擦特性を用いて温度依存、流体量の不均質性を考慮した余効変動モデルを構築することで、水平変動・鉛直変動およびそれぞれの時系列を説明することができました。

成果

東北地方全域で観測されている余効変動は東北沖地震から5年たった2016年でも活発に進行しています。地震時に最大で1 m程度沈降した沿岸部は隆起を続けていますが、地震前の地面の高さを取り戻していません。そこで、宮城―山形を通りかつ地震時に大きく滑った日本海溝に直交する2次元の測線を作成し、この領域での余効変動解析を行いました。この地域は、国土地理院が全国に展開するGNSS観測網[用語6](GEONET)に加えて、東北大学が独自のGNSS連続観測網を展開しており、非常に高密度な観測が可能です(図1)。室内での変形実験から報告されている岩石の複雑な変形特性(非線形レオロジー[用語7]特性)を反映させるため、余効変動モデルでは、日本列島直下の温度構造・流体分布を考慮し、地下の粘性構造を決定しました。さらに地震を起こしたプレート境界深部での余効すべりを再現するため、岩石変形実験から提唱されている摩擦法則を適応しました。

今回、岩石の流動と摩擦特性を用いて温度依存、流体量の不均質性を考慮した余効変動モデルを構築することで、水平変動・鉛直変動およびそれぞれの時系列を説明することができました(図2)。計算された変動場をよく見てみると、現在観測されている太平洋沿岸部の隆起は、地震時に大きくすべった断層深部での余効すべりが引き起こしていることが明らかになりました(図2B、D、3)。また、岩石の非線形レオロジーを考慮することで、地震の応力変化によって、マントルの有効粘性が著しく下がり、大きな変形が起こっていることが推測されます。プレート境界深部での余効すべり、マントルでの粘弾性緩和とも地震によって生まれた応力で駆動されるため、両者は力学的に相互作用し、観測される地表変動(とくに沿岸部の隆起)に影響を及ぼすことがわかりました。具体的には、地震によってプレート境界に生じた応力をマントルでの遷移的な流動で緩和することも可能ですし、逆にマントルに生じた応力をプレート境界の余効すべりで緩和することも可能です。このような相互作用は、地震直後は無視しうるものですが、時間とともに徐々に大きくなっていき、牡鹿半島の隆起量も相互作用の影響を受けます(図4)。東北日本弧全体では、2011年から2016年までの5年間に観測された歪の最大30%程度が相互作用によって引き起こされることがわかりました(図5)。今回得られた成果は、今後どのように、またどの程度の時間をかけて、沿岸部の沈降が回復するのかを評価するためには、実験岩石学的な知識が欠かせないことを示しています。

宮城県―山形県周辺での2012年9月−2016年5月までの余効変動観測と解析を行った2次元測線(黒線)。灰色矢印は国土地理院GEONETによる観測、白色矢印は東北大学による観測を示す。赤―青色は地面の鉛直変動を示し、赤が隆起、青が沈降を示す。海底での黄―黒色は、Iinuma et al. (2012) による地震時のすべり量を示す。
図1.
宮城県―山形県周辺での2012年9月−2016年5月までの余効変動観測と解析を行った2次元測線(黒線)。灰色矢印は国土地理院GEONETによる観測、白色矢印は東北大学による観測を示す。赤―青色は地面の鉛直変動を示し、赤が隆起、青が沈降を示す。海底での黄―黒色は、Iinuma et al. (2012) による地震時のすべり量を示す。
モデルにより計算された変位場(A, B)とそれぞれの観測点の時系列データ(C-H)。赤がGPSデータ、緑が余効すべりによる変位、青が粘弾性緩和による変位、黒が計算された変位(余効すべりと粘弾性緩和を足し合わせたもの)を示す。変位場および時系列とも、計算値(黒線)が観測値(赤点)とよく一致している。
図2.
モデルにより計算された変位場(A, B)とそれぞれの観測点の時系列データ(C-H)。赤がGPSデータ、緑が余効すべりによる変位、青が粘弾性緩和による変位、黒が計算された変位(余効すべりと粘弾性緩和を足し合わせたもの)を示す。変位場および時系列とも、計算値(黒線)が観測値(赤点)とよく一致している。
モデルによって推定された余効すべり量(赤、左軸)と地震時のすべり量(黒、右軸)。余効すべりは、地震時すべりがなくなる領域で最大値を取る。地震時すべり量はIinuma et al.(2012)による。
図3.
モデルによって推定された余効すべり量(赤、左軸)と地震時のすべり量(黒、右軸)。余効すべりは、地震時すべりがなくなる領域で最大値を取る。地震時すべり量はIinuma et al.(2012)による。
余効変動と粘弾性緩和の相互作用によって生じる牡鹿半島の隆起量の差。黒が計算値、赤点が観測値、灰色部分が相互作用によって生じうる垂直変動の誤差を示す。
図4.
余効変動と粘弾性緩和の相互作用によって生じる牡鹿半島の隆起量の差。黒が計算値、赤点が観測値、灰色部分が相互作用によって生じうる垂直変動の誤差を示す。
相互作用の大きさと垂直変動の関係。陸域の赤―青のコンターは垂直変位速度(赤が隆起、青が沈降)を示す。マントルウェッジ、海洋マントルの赤―青コンターは、力学的相互作用の効果を示す。余効すべりの起こっている震源域深部で相互作用が大きく(〜30%)、牡鹿半島の隆起に影響を及ぼすことを示す。
図5.
相互作用の大きさと垂直変動の関係。陸域の赤―青のコンターは垂直変位速度(赤が隆起、青が沈降)を示す。マントルウェッジ、海洋マントルの赤―青コンターは、力学的相互作用の効果を示す。余効すべりの起こっている震源域深部で相互作用が大きく(〜30%)、牡鹿半島の隆起に影響を及ぼすことを示す。

今後の展望

今回のモデルでは、実験室から報告されている岩石の複雑な変形特性を考慮することで、現在活発に起こっている東北地方沿岸部の隆起を説明することができました。しかし、東北沖地震後8年間が経過しましたが、未だ地震時に沈降した多くの沿岸部は地震前の地面の高さを回復していません。今後は、得られたモデルを更に未来へと延長することで、どの程度の時間をかけて地震時の沈降を回復していくかを検討していきます。

用語説明

[用語1] 沈み込み帯 : 地球を覆う硬い岩盤からなるプレートが2つぶつかり、1つのプレートの下に別のプレートが沈み込んでいる地帯

[用語2] 余効すべり : 地震後に地震断層が揺れを起こさず、ゆっくりとすべる現象

[用語3] 粘弾性緩和 : 地震による応力変化で岩石が水飴のように流動する現象

[用語4] 鉛直変動 : 地盤の隆起や沈降など上下方向の運動

[用語5] レオロジー : 物質が変形する様子のこと

[用語6] GNSS観測網 : Global Navigation Satellite System(全球測位衛星システム)は、GPS等を使った衛星による測位システムの総称

[用語7] 非線形レオロジー : 岩石が変形する際の原因となる応力と結果であるひずみ速度が非線形関係をもつこと

論文情報

掲載誌 :
Science Advances
論文タイトル :
Coupled afterslip and transient mantle flow after the 2011 Tohoku earthquake
著者 :
J. Muto1,*, J. D. P. Moore2,*, S. Barbot2,3, T. Iinuma4, Y. Ohta5, H.Iwamori4,6,7
所属 :
1東北大学 大学院理学研究科 地学専攻、東北大学 災害科学国際研究所
2Earth Observatory of Singapore, Nanyang Technological University, Singapore
3Department of Earth Sciences, University of Southern California
4国立研究開発法人 海洋研究開発機構 海域地震火山部門
5東北大学 大学院理学研究科 地球物理学専攻、東北大学 災害科学国際研究所
6東京大学 地震研究所
7東京工業大学 理学院 地球惑星科学系
DOI :
URL :
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お問い合わせ先

(研究に関すること)

東北大学 大学院理学研究科 地学専攻

准教授 武藤潤

E-mail : muto@tohoku.ac.jp

海洋研究開発機構 海域地震火山部門

地震津波予測研究開発センター

研究員 飯沼卓史

E-mail : iinuma@jamstec.go.jp

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系

特定教授 岩森光

E-mail : hiwamori@eri.u-tokyo.ac.jp

取材申し込み先

東北大学 大学院理学研究科

広報・アウトリーチ支援室

E-mail : sci-pr@mail.sci.tohoku.ac.jp
Tel : 022−795−6708

海洋研究開発機構

海洋科学技術戦略部広報課

E-mail : press@jamstec.go.jp
Tel : 046-867-9198

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

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