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「エネルギーがゼロ」の束縛状態を観測 マヨラナ粒子による次世代量子計算への第一歩

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理化学研究所(理研) 創発物性科学研究センター 創発物性計測研究チームの町田理研究員、花栗哲郎チームリーダー、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の笹川崇男准教授、東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻の為ヶ井強准教授らの共同研究グループは、トポロジカル超伝導体[用語1]FeTe0.6Se0.4(Fe:鉄、Te:テルル、Se:セレン)の量子渦[用語2]において、マヨラナ粒子[用語3]の特徴であるゼロエネルギー束縛状態(ZBS)[用語4]の観測に成功しました。

本研究成果は、次世代の量子コンピュータの実現に向けたマヨラナ粒子の検出と制御法の基盤になると期待できます。

マヨラナ粒子は電荷を持たず、エネルギーが厳密にゼロの奇妙な粒子で、トポロジカル超伝導体の端部や超伝導電流の渦である量子渦に局在すると考えられています。マヨラナ粒子はノイズに強い次世代量子計算の基本要素として期待されており、マヨラナ粒子の実験的検証が試みられてきました。しかし、これまでの測定ではエネルギー分解能が不十分で、決定的な証拠が得られていませんでした。

今回、共同研究グループは、これまでにない高いエネルギー分解能(20 µeV)を実現するために、100 mK以下の超低温で動作する走査型トンネル顕微鏡(STM)[用語5]を新たに開発し、FeTe0.6Se0.4の量子渦近傍の状態を詳細に調べました。その結果、エネルギーがゼロの束縛状態の観測に成功しました。この状態は、通常の電子では説明することができず、量子渦に局在したマヨラナ粒子由来であることを強く示唆しています。

本研究は、英国の科学雑誌『Nature Materials』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(6月17日付け:日本時間6月18日)に掲載されます。

量子渦(超伝導電流の渦)に束縛されたマヨラナ粒子(黄色)検出のイメージ

図. 量子渦(超伝導電流の渦)に束縛されたマヨラナ粒子(黄色)検出のイメージ

共同研究グループ

  • 理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発物性計測研究チーム

    研究員 町田理(まちだ ただし)

    上級研究員 幸坂祐生(こうさか ゆうき)

    チームリーダー 花栗哲郎(はなぐり てつお)

  • 青山学院大学 理工学部 物理・数理学科

    助教 孫悦(Yue Sun)

  • 東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻

    助教 卞舜生(Sunseng Pyon)

    准教授 為ヶ井強(ためがい つよし)

  • 東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

    大学院生 竹田駿(たけだ しゅん)

    准教授 笹川崇男 (ささがわ たかお)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「二次元機能性原子・分子薄膜の創製と利用に資する基盤技術の創出(研究統括:黒部篤)」における研究課題「トポロジカル量子計算の基盤技術構築(研究代表者:笹川崇男)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤B「トポロジカル超伝導体の量子渦芯におけるマヨラナ粒子の検出と実空間制御(研究代表者:町田理)」、同基盤B「鉄系超伝導体における超伝導とnematic相の関係解明(研究代表者:花栗哲郎)」、同基盤A「高エネルギー粒子線照射による鉄系超伝導体のギャップ構造の解明と臨界電流密度の増強(研究代表者:為ヶ井強)」による支援を受けて行われました。

背景

固体中にはホールや電子といったフェルミ粒子[用語6]が存在し、これらが物質の諸性質に重要な役割を果たしています。通常、これらの粒子には区別可能な反粒子[用語7]が存在します。例えば、負の電荷を持つ電子は、正の電荷を持つ陽電子の反粒子です。これらは、電荷の符号の違いで区別できます。一方で、理論的には、粒子と反粒子の区別がつかない、つまり電荷が正でも負でもない(=中性の)粒子が存在可能であり、このような粒子は「マヨラナ粒子」と呼ばれています。

このマヨラナ粒子は、従来の基本粒子として知られているフェルミ粒子やボーズ粒子[用語6]が従うルール(粒子の交換則[用語6])とは異なるルールに従う奇妙な粒子としても知られています。このような新粒子が生み出す新たな物理概念の探求という観点から、主に素粒子の分野でマヨラナ粒子の探索が行われてきました。そして近年、物質中でもある条件下でマヨラナ粒子が現れ得ることが指摘され、物質科学においても脚光を浴びるようになりました。その理由は、マヨラナ粒子自身が不純物や外乱の影響を受けづらいという性質を利用することで、ノイズに強い量子コンピュータが実現できると期待されているからです。

マヨラナ粒子が存在する場所として注目されている物質の一つが、トポロジカル超伝導体と呼ばれる特殊な超伝導体です。理論的には、マヨラナ粒子はトポロジカル超伝導体のエッジ(端部)や超伝導電流の渦である量子渦(渦の中心では超伝導が消失している)に局在し、ゼロエネルギー束縛状態(ZBS)として現れることが予想されています。この局在したマヨラナ粒子の兆候であるZBSを捉えようとする実験が世界各国で行われてきました。

しかし、実験のエネルギー分解能が、通常の電子による束縛状態とマヨラナ粒子によるZBSを区別するのに不十分であったため、決定的な証拠は得られていませんでした。このためマヨラナ粒子の検出には、これらを区別できる高いエネルギー分解能での測定が必要となります。

研究手法と成果

共同研究グループは、トポロジカル超伝導体の候補物質であるFeTe0.6Se0.4(Fe:鉄、Se:セレン、Te:テルル)に着目しました。この物質は、以前より鉄系超伝導体[用語8]の一つとして知られていましたが、最近その表面で二次元のトポロジカル超伝導の発現が指摘され、超伝導転移温度[用語9]が比較的高い物質としても知られるようになりました(超伝導転移温度:14.5 K、約-258.7 ℃)。さらに、この物質における量子渦では、マヨラナ粒子によるZBSと通常の電子による束縛状態のエネルギー差が100 マイクロ電子ボルト[用語10](µeV、1 µeVは100万分の1電子ボルト)程度と比較的大きくなることが予想されており、マヨラナ粒子検出に適した物質であるともいえます。

そこで、この物質の量子渦に局在する束縛状態を詳細に調べるために、さまざまなエネルギーを持つ電子の空間分布を可視化できる走査型トンネル顕微鏡・分光法(STM/STS)[用語5]を用いました(図1a)。また、マヨラナ粒子の検出には極めて高いエネルギー分解能が要求されます。STM/STSのエネルギー分解能は測定温度に比例するため、最近理研で開発した希釈冷凍機STM[用語5]を用いて、80 mKという超低温まで冷却することで、世界最高レベルのエネルギー分解能(20 µeV)での測定を可能としました。

図1bは、187ナノメートル(nm、1 nmは10億分の1メートル)四方の領域で、1テスラの磁場下で得られた量子渦像です。量子渦に対応する明るいスポットが見られます。その中の一つの量子渦でエネルギーごとの電子の数(スペクトル)を測定してみると、図1cに示すように多数の束縛状態が存在し、そのうちの一つのエネルギーが完全にゼロであることが観測されました(図1cの赤矢印)。ZBSは、電荷が中性の粒子の存在を意味しており、マヨラナ粒子の兆候であると解釈できます。しかし、他の量子渦を見てみると有限エネルギーの束縛状態は見られるものの、ZBSの形跡は全く見られませんでした(図1d)。この結果は、ZBSを持つ量子渦と持たない量子渦の2種類の量子渦が共存状態にあることを示しています。

さらに、加える磁場を強くすると、ZBSを持つ量子渦の割合が減少する(1テスラで約80%あったのが6テスラで約10%まで減少する)ことも新たに発見しました。これは、磁場によってマヨラナ粒子を制御できる可能性を示しています。

図1. STM/STSを用いたトンネルスペクトル測定とその結果

図1. STM/STSを用いたトンネルスペクトル測定とその結果

(a)STMで量子渦におけるトンネルスペクトル測定の様子。
(b)STMで観測された1テスラの磁場下における量子渦像。18個の明るいスポットが量子渦である。
(c)(b)の量子渦-#1におけるトンネルスペクトル。赤点は実験結果、赤線は実験結果をマルチローレンツフィッティング[用語11]した結果。青線は各ピークのフィッティング結果。赤矢印で示したピークは、印加電圧がゼロ、すなわちエネルギーがゼロの束縛状態である。
(d)(b)の量子渦-#2におけるトンネルスペクトル。赤点、赤線、青線は(b)と同じ。エネルギーがゼロのピークは見られない。

今後の期待

今回、FeTe0.6Se0.4の量子渦でマヨラナ粒子の存在を示唆するZBSの観測に初めて成功しました。しかしZBSはマヨラナ粒子が持つ特徴の一つに過ぎず、この実験結果のみからはマヨラナ粒子の存在を断定できません。今後、通常の電子にはなくマヨラナ粒子のみが持つZBSのスピン偏極性[用語12]コンダクタンスの量子化[用語13]などの特徴を捉えることで、トポロジカル超伝導体のマヨラナ粒子検出法の確立が期待できます。

また、磁性体のSTM探針を用いることで、量子渦の位置を一つ一つ独立に制御できることが通常の超伝導体で実証されています。今後、この方法をトポロジカル超伝導体に応用することで、マヨラナ粒子の実空間制御が実現される可能性があります。

さらに、磁場によってマヨラナ粒子を制御でき得る可能性が示されたことは、マヨラナ粒子を利用したトポロジカル量子コンピュータ[用語14]の実現に向けて重要な知見になると期待できます。

用語説明

[用語1] トポロジカル超伝導体 : 通常の超伝導体は、物質が臨界温度を超えて冷却されたときに起こる、電気抵抗がゼロになる現象。超伝導状態では、電気がエネルギーを失わずに物質中を流れる。トポロジカル超伝導体の内部には、超伝導状態に特有の超伝導ギャップが開いており、そのエッジ(端)にマヨラナ粒子が現れると考えられている。

[用語2] 量子渦 : 超伝導体の重要な性質には、電気抵抗ゼロと並び、完全反磁性がある。このため、超伝導体の内部には磁場が侵入しない。しかし、ほとんど全ての化合物超伝導体は、第二種超伝導体と呼ばれるカテゴリーに属し、一定以上の磁場をかけると、その内部に磁場の侵入を許す。ただし、侵入した磁場は一様に分布するのではなく、磁束量子と呼ばれる一定の磁場を作り出すような、細長い超伝導電流の渦が多数存在する、空間的に不均一な状態が実現する。この一本一本の超伝導電流の渦を量子渦と呼ぶ。量子渦の中心では、超伝導は完全に抑制されている。

[用語3] マヨラナ粒子 : 1937年にE. Majoranaが理論的に提案した粒子で、粒子がその反粒子と区別がつかないという特徴を持っている。トポロジカル超伝導体に現れるマヨラナ粒子は通常の電子とは異なり、この性質を利用した量子コンピュータへの応用が期待されている。

[用語4] ゼロエネルギー束縛状態(ZBS) : 超伝導状態では、超伝導ギャップ以下のエネルギーの全ての電子は、二つの電子からなるクーパー対を形成し、通常の単一電子は存在できない。第二種超伝導体に磁場を加えて導入される量子渦内では、超伝導が局所的に壊れているため、通常の単一電子が量子渦内に束縛される。この電子はあるエネルギーに局在し、束縛状態を形成する。通常の超伝導体では、この束縛状態は有限のエネルギーに現れる。他方、トポロジカル超伝導体の場合、量子渦内には通常の単一電子のみならず、電荷が中性のマヨラナ粒子も束縛されている。このためゼロエネルギーにマヨラナ粒子由来の束縛状態が形成され、これをゼロエネルギー束縛状態と呼ぶ。ZBSはZero-energy Bound Stateの略。

[用語5] 走査型トンネル顕微鏡法(STM)、走査型トンネル分光(STS)、希釈冷凍機STM : STMは、先端を尖がらせた金属の針(探針)で物質の表面をなぞるように走査し、探針の高さをマッピングすることで、物質表面の凹凸を原子スケールで観察することができる顕微鏡。探針位置を固定し、電流-電圧特性を測定すると、その位置において、どのようなエネルギーを持った電子がどのくらい存在するかを知ることも可能である。それは、走査型トンネル分光(STS)と呼ばれている。STMはScanning Tunneling Microscope、STSはScanning Tunneling Spectroscopyの略。希釈冷凍機STMとは、液体の3Heと4Heのエントロピー差を利用した冷却法である希釈冷凍を使用することで、100 mK以下の超低温環境で測定が行えるSTMである。

[用語6] フェルミ粒子、ボーズ粒子、粒子の交換側 : 自然界に存在する粒子は、主にフェルミ粒子とボーズ粒子に分類される。フェルミ粒子は、粒子の交換に対して全波動関数の符号が変わるフェルミ・ディラック統計と呼ばれる量子統計(粒子の交換則)に従う。例として、電子、陽電子、中性子などがこれに属する。一方、ボーズ粒子は、粒子の交換に対して全波動関数の符号が変化しないボーズ・アインシュタイン統計に従う。例として、フォノン、マグノン、超伝導体中のクーパー対などがこれに属する。フェルミ・ディラック統計、ボーズ・アインシュタイン統計については用語14を参照。

[用語7] 反粒子 : ある粒子に対して、質量やスピンは同じで電荷が逆の粒子を反粒子と呼ぶ。電子に対する陽電子がこれにあたる。

[用語8] 鉄系超伝導体 : 2008年に東京工業大学の細野秀雄教授のグループによって発見されたLaFeAsO1-xFxと、それに関連した超伝導体の総称。鉄の周りにヒ素、リン、セレン、テルルなどが配位したものを単位として、それが二次元的に配列したシートを基本構造として持つ。LaFeAsO1-xFxの超伝導転移温度は26 Kであるが、Laをイオン半径の小さな希土類元素に置き換えると50 K以上にまで超伝導転移温度が上昇する。銅酸化物高温超伝導体に次ぐ高い温度で超伝導を示す物質群である。

[用語9] 超伝導転移温度 : 超伝導状態が発現する臨界温度。超伝導体をこの温度以下まで冷やすと超伝導状態が実現する。

[用語10] 電子ボルト(eV) : エネルギーの単位の一つ。自由空間中の電子を電圧1 Vで加速させたとき、電子が持つエネルギーが1 eVである。1 eVはおよそ1.602 x 10-19 J (J : ジュール)。

[用語11] マルチローレンツフィッティング : 複数のピーク構造を持つデータを複数のローレンツ関数の重ね合わせでフィッティングすること。

[用語12] スピン偏極性 : トポロジカル超伝導体の量子渦のマヨラナ粒子によるZBSは、スピンアップ状態の粒子数がスピンダウン状態の粒子数よりも多くなること(スピン偏極性)が理論的に予想されている。

[用語13] コンダクタンスの量子化 : マヨラナ粒子のZBSをSTM探針と試料間の距離を変えながら測定すると、観測されるトンネルコンダクタンスが量子化されたある一定値になるという理論的に予想されている現象。通常の電子による束縛状態ではこれは起こらない。ここでいうコンダクタンスとは、STMの探針と試料の間に電圧Vを印可した際に、探針-試料間に流れる電流Iを印可電圧Vで微分したdI/dVのことである。

[用語14] トポロジカル量子コンピュータ : マヨラナ粒子のような、非可換統計に従う粒子同士の交換操作による論理ゲートを用いて行う量子計算。従来の量子計算の最大の問題点である環境ノイズに対する耐性が極めて高いことから、次世代の量子計算技術として期待されている。非可換統計とは、粒子の交換によって波動関数の位相以外も変わる量子統計である。一方、従来の基本粒子であるボーズ粒子やフェルミ粒子が従うボーズ・アインシュタイン統計やフェルミ・ディラック統計では、粒子同士の交換によって波動関数の位相以外は変化しない。

論文情報

掲載誌 :
Nature Materials
論文タイトル :
Zero-energy vortex bound state in the superconducting topological surface state of Fe (Se,Te)
著者 :
T. Machida, Y. Sun, S. Pyon, S. Takeda, Y. Kohsaka, T. Hanaguri, T. Sasagawa, and T. Tamegai
DOI :

お問い合わせ先

研究内容について

理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発物性計測研究チーム

研究員 町田理

チームリーダー 花栗哲郎

E-mail : tadashi.machida@riken.jp
Tel : 048-462-1111 (内線8813) / Fax : 048-462-4656

JSTの事業に関して

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

中村幹

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Tel : 03-3512-3531 / Fax : 03-3222-2066

取材申し込み先

理化学研究所 広報室 報道担当

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生命誕生のカギの一つは深海底のメタルが握っている 深海熱水噴出孔で有機物が生成する新たなメカニズムを提案

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ポイント

  • 地球形成初期の深海熱水噴出孔では、硫化金属の沈殿物が電気還元されてメタルに変化していた。
  • 硫化金属とメタルの複合体は、生命発生に不可欠な有機化学反応を促進する。
  • メタルの生成、及びその表面で促進される有機合成プロセスは、地球形成初期の海洋底で幅広く進行していた。

概要

東京工業大学 地球生命研究所(以下ELSI)の北台紀夫アフィリエイトサイエンティスト(兼 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(以下JAMSTEC) 研究員)、中村龍平教授(兼 理化学研究所 環境資源科学研究センター チームリーダー)、物質理工学院 応用化学系の吉田尚弘教授(ELSI主任研究者)、JAMSTECの山本正浩研究員、高井研分野長(兼 ELSIフェロー)、イリノイ大学の大野克嗣教授からなる研究グループは、初期海洋底の噴出孔から吹き出る熱水の化学エネルギーを生体分子の合成に活かす、有効なメカニズムを提案しました。

深海熱水噴出孔環境は、地球生命が誕生した可能性が最も高い場所として注目されています。しかし、このような環境で生命の原材料である有機化合物が作り出されるメカニズムはまだよく分かっていません。今回、研究グループは、初期海洋底の熱水噴出孔環境で生じていたと推測される電気化学反応場を室内実験で再現し、噴出孔の代表的な構成鉱物である硫化金属(鉄・銅・鉛・銀の硫化物)が電気還元によってメタルに変化することを実証しました。さらに途上で生じる硫化鉄と金属鉄の複合体が還元剤及び触媒となって、生命発生に不可欠な複数の有機化学反応を促進することも発見しました。

深海熱水噴出孔環境では電流の発生(熱水発電)が普遍的に生じています。一方、最近の観測によって、土星や木星の衛星(エンケラドスやエウロパ)や、形成初期の火星における活発な熱水活動の証拠が見つかるなど、深海熱水噴出孔は太陽系に遍在しています。

今回の研究では、熱水発電によって生命の原材料となる有機化合物が生じるという、熱水のエネルギーを駆動力とした新たなメカニズムを突き止めました。今後、このメカニズムに対する金属の種類や電位条件の影響についての系統的な研究から、生命を生み出しうる環境条件の一端が明らかになり、宇宙における生命の普遍性や類似性を理解するための科学的基盤の構築につながると期待されます。

なお、本研究成果は日本時間2019年6月20日午前3時(米国東部標準時2019年6月19日午後2時)公開のScience Advances誌の電子版に掲載されました。

背景

深海熱水噴出孔[用語1]環境は地球生命が誕生した可能性が最も高い場所として注目されています。生物の系統学的・比較生理学的研究から、初期の生命は、このような環境で、還元型アセチルCoA経路や逆クエン酸回路[用語2](図1)というCO2固定代謝システムを使って生体分子を合成する、独立栄養生物であったと推定されています[参考資料1]。この考え方は、2017年に東京大学の研究グループにより実施された、太古代初期(39.5億年前)の微生物化石の同位体分析とも適合します[参考資料2]。では、この始原的なCO2固定システムは、地球形成初期の深海熱水噴出孔環境でどのようにして始まったのでしょうか? それを再現するために、これまでCO2や有機化合物を熱水や岩石と共に煮たり、流したり、混ぜたりする実験が数多く行われてきました。しかしどの手段を使っても、CO2固定システムに関する有機化学反応はほとんど進行せず、有効な方法は見つかっていませんでした。

最近、JAMSTECの研究グループは、海洋調査船「なつしま」と「かいよう」を利用した沖縄トラフ深海熱水領域の電気化学計測を行い、熱水噴出孔を中心とした岩体を流れる電流の存在を確認しました[参考資料3]。熱水と海水との間には電位差があり、熱水は低く海水は高い、という関係にあります(図2)。また、噴出孔や周囲の岩体は、硫化金属などの導電性が高い鉱物を多分に含んでいます。さらに硫化金属は、熱水に溶存する水素(H2)や硫化水素(H2S)が酸化して電子が生じる反応を触媒する性質を持ちます(例:H2S → S + 2H++ 2e-)。このため、噴出孔の内側で生じた電子が、熱水と海水との電位差に沿って、導電性の高い鉱物を通じて噴出孔の外側に移動することで、電流が流れます。このような熱水噴出孔近傍における電流の発生(熱水発電)をもたらす条件(1. 熱水と海水との間に電位差がある、2. 噴出孔が硫化金属から構成される、3. 熱水中に水素や硫化水素が含まれる)は、いずれも深海熱水環境に普遍的に見られる特徴であり、熱水発電は海洋底で幅広く、さらには時代を通して発生してきたと考えられます。

還元型アセチルCoA経路と逆クエン酸回路。初期生命はこれらのCO2固定代謝システムを利用して、生体分子を合成していたと推定されている。生命発生には特にCO2からα-ケトグルタル酸までの反応ステップが重要であり、このステップを実現した初期地球環境を特定すべく、世界中で多くの科学者が研究に取り組んでいる。
図1.
還元型アセチルCoA経路と逆クエン酸回路。初期生命はこれらのCO2固定代謝システムを利用して、生体分子を合成していたと推定されている。生命発生には特にCO2からα-ケトグルタル酸までの反応ステップが重要であり、このステップを実現した初期地球環境を特定すべく、世界中で多くの科学者が研究に取り組んでいる。
地球形成初期の深海底に幅広く分布していたと推定される、熱水噴出孔の概念図。熱水に含まれる水素や硫化水素は噴出孔の内側で酸化され、生じた電子が熱水と海水との電位差に沿って噴出孔の外側に流れることで、定常的な電流が発生する(熱水発電)。一方、海水へ放出された熱水中の硫化水素は、海水中に含まれるFe2+などの金属イオンと反応し、硫化金属の沈殿物を生じる。この沈殿物が噴出孔と海水との境界面で電気還元することで、硫化金属とメタルとの複合体(PERM)が生成していたと想像される。本研究では、このような過程で生じたPERMが、生命発生に不可欠な有機化学反応を促進することを室内模擬実験で実証した。
図2.
地球形成初期の深海底に幅広く分布していたと推定される、熱水噴出孔の概念図。熱水に含まれる水素や硫化水素は噴出孔の内側で酸化され、生じた電子が熱水と海水との電位差に沿って噴出孔の外側に流れることで、定常的な電流が発生する(熱水発電)。一方、海水へ放出された熱水中の硫化水素は、海水中に含まれるFe2+などの金属イオンと反応し、硫化金属の沈殿物を生じる。この沈殿物が噴出孔と海水との境界面で電気還元することで、硫化金属とメタルとの複合体(PERM)が生成していたと想像される。本研究では、このような過程で生じたPERMが、生命発生に不可欠な有機化学反応を促進することを室内模擬実験で実証した。

研究の経緯

研究グループは、熱水発電が生命誕生に果たした役割を明らかにするため、硫化金属の触媒能や導電性などの電気化学特性を調べてきました。一方、2017年に、フランス ストラスブール大学の研究グループによって、逆クエン酸回路内の一部の反応が純金属(金属鉄など)によって促進されるという実験結果が報告されました。もし初期の地球上のある特定の場所に、純金属を継続的かつ豊富に供給し続けるシステムがあれば、そのような環境は生命誕生に非常に有利だったかもしれません。しかし純金属は現在の地球上にはほとんど見られず、この状況は地球形成初期(41~42億年前)でも同様で、少なくとも地球規模では微量な存在であったと考えられます。

一方、初期海洋にはFe2+などの金属イオンが豊富に含まれていました。これら金属イオンは深海熱水噴出孔から放出される硫化水素と反応し、硫化金属の沈殿物を生じていたと考えられます。さらに熱水発電(図2)を考慮すると、この沈殿物は噴出孔と海水との境界面で低い電位に長期間さらされたはずです。では、この過程で硫化金属がメタルへと電気還元され、その表面で生命発生に不可欠な有機化学反応が促進された可能性はあるのでしょうか?この可能性を探るべく、本研究は以下の室内模擬実験を行いました。

研究成果

今回、研究グループは、初期海洋底の熱水噴出孔環境で生じていたと推測される電位条件を再現した反応容器内で、噴出孔の代表的な構成鉱物である硫化金属が電気還元して、メタル化する可能性を検証する実験を行いました。その結果、鉄・銅・鉛・銀を含む硫化金属が、数時間~数日のスケールでそれぞれのメタルへと変化することが観察されました。例えば硫化鉄(FeS)は、-0.7 V(対標準水素電極電位[用語3];以下ではこの基準を使って電位を表記する)よりも低い電位で、次第に金属鉄(Fe0)へと変化しました(FeS + 2H++ 2e- → Fe0 + H2S)。

さらに、この実験で生じた硫化鉄と金属鉄の複合体(FeS_PERM[用語4])が還元剤及び触媒となって、逆クエン酸回路内の一部の反応を含む、生命発生に不可欠な化学反応を促進することを発見しました。図3に、硫化鉄を-0.7 Vで1週間電気還元して生成したFeS_PERMを、数種の有機化合物の水溶液と混合し、室温で2日間攪拌した結果を示します。まず、逆クエン酸回路の一部である、オキサロサク酸のリンゴ酸への還元反応(図3a)は、約40%の収率[用語5]で進みました。興味深いことに、同様の実験を電気還元前のFeSやFe0(市販の純ナノ鉄粒子)を使って行ったところ、オキサロ酢酸の脱炭酸が卓越し、リンゴ酸は全く生成しませんでした。また、逆クエン酸回路内の有機酸(ピルビン酸・オキサロサク酸・αケトグルタル酸)やグリオキシル酸にアンモニアを付加してアミノ酸を合成する反応も(図3b-e)、FeS_PERMが存在する条件では高い収率で進み、特にアラニン、グルタミン酸の生成は90%以上の収率になりました。いずれの反応でも、FeS_PERMをFeSやFe0に置き換えると、目的生成物の収率が大きく下がる結果となりました。その他、FeS_PERMによる促進が確認された反応には、フマル酸→ コハク酸、硝酸→ アンモニアがあります。

-0.7 Vという電位は、現在の地球で活動中の熱水噴出孔環境でも観測されている、天然で実現可能な値です。また、形成初期の地球はマントルの温度が高く、海底の熱水活動は現在よりも約10倍活発であったことなどから、-0.7 Vやそれ以下の電位を生じる熱水噴出孔が遍在していたと推測されます。このため、初期海洋底では、今回の実験で示された鉄・銅・鉛・銀を含む硫化金属のメタル化や、その結果生じたPERMが促進する有機化学反応が幅広く進行し、生命の発生を大いに後押ししたと考えられます。

硫化鉄の電気還元(-0.7 V、一週間)で生じた硫化鉄と金属鉄の複合体(FeS_PERM)が促進する有機化学反応(一部抜粋)。実験では、各種有機酸の水溶液(5 mmol L-1、1.5 mL)を100 mgのFeS_PERMと混合し、室温で2日間攪拌した後に生成物を分析した。pH条件は反応(a)では6.5、反応(b-e)では9.6。比較として、電気還元前のFeSやFe0(市販の純ナノ鉄粒子)を使った実験の結果も示す(それぞれ青色、オレンジ色の横棒)。
図3.
硫化鉄の電気還元(-0.7 V、一週間)で生じた硫化鉄と金属鉄の複合体(FeS_PERM)が促進する有機化学反応(一部抜粋)。実験では、各種有機酸の水溶液(5 mmol L-1、1.5 mL)を100 mgのFeS_PERMと混合し、室温で2日間攪拌した後に生成物を分析した。pH条件は反応(a)では6.5、反応(b-e)では9.6。比較として、電気還元前のFeSやFe0(市販の純ナノ鉄粒子)を使った実験の結果も示す(それぞれ青色、オレンジ色の横棒)。

今後の展開

熱水発電は深海熱水噴出孔環境で生じている普遍的な現象です。一方、最近の観測から、土星の衛星エンケラドス、木星の衛星エウロパの内部海に活発な熱水活動があることが予想され、さらには火星では初期海洋底からの熱水噴出を証拠づける地質記録が数多く見つかるなど、深海熱水噴出孔が太陽系に遍在していることが示されています。

今回の研究では、熱水発電によって生命の原材料となる有機化合物が生じるという、熱水のエネルギーを駆動力とした新たなメカニズムを突き止めました。今後、このメカニズムに対する金属の種類や電位条件の影響についての系統的な研究から、生命を生み出しうる環境条件の一端が明らかになり、宇宙における生命の普遍性や類似性を理解するための科学的基盤の構築につながると期待されます。

用語説明

[用語1] 深海熱水噴出孔 : 海海底の地下深くでマグマ活動などにより熱せられ、上昇してきたれた熱水が噴出する穴のこと。深海では圧力が高いため、300 ℃を超えるような熱水も蒸発しない。熱水中には、海底下の岩石が変質することで生じた様々な物質(水素や硫化水素を含む)が溶け込んでいる。

[用語2] 還元型アセチルCoA経路と逆クエン酸回路 : 環境中のCO2を炭素源にして生体分子を合成する代謝システムのこと。深海熱水噴出孔などに生息する微生物の一部がこれらを使って活動している。

[用語3] 対標準水素電極電位 : 電位を表す際に利用される基準の一つ。1気圧の水素ガスが、pH = 0の条件で酸化する(H2 → 2H+ + 2e-)際の電位を0 Vと定めている。

[用語4] PERM : Partially Electro-Reduced to Metalの略称。初期海洋底のアルカリ熱水噴出孔環境では、硫化金属が部分的に電気還元されPERMが生じていたと考えられる。

[用語5] 収率 : 化学反応において、理論的に得られるはずの量と、実際の反応で得られた量の割合。

論文情報

掲載誌 :
Science Advances
論文タイトル :
Metals likely promoted protometabolism in early ocean alkaline hydrothermal systems
著者 :
N. Kitadai, R. Nakamura, M. Yamamoto, K. Takai, N. Yoshida, Y. Oono
DOI :
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スーパーコンピュータ「京」がGraph500において9期連続で世界第1位を獲得 ビッグデータの処理で重要となるグラフ解析で最高レベルの評価

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理化学研究所(理研)、九州大学、東京工業大学、バルセロナ・スーパーコンピューティング・センター、富士通株式会社、株式会社フィックスターズによる国際共同研究グループは、ビッグデータ処理(大規模グラフ解析)に関するスーパーコンピュータの国際的な性能ランキングであるGraph500において、スーパーコンピュータ「京(けい)」[補足1]による解析結果で、2018年11月に続き9期連続(通算10期)で第1位を獲得しました。

このたび、ドイツのフランクフルトで開催中のHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング:高性能計算技術)に関する国際会議「ISC2019」で6月18日(日本時間6月18日)に発表されました。

大規模グラフ解析の性能は、大規模かつ複雑なデータ処理が求められるビッグデータの解析において重要となるもので、「京」は運用開始から6年以上が経過していますが、今回のランキング結果によって、現在でもビッグデータ解析に関して世界トップクラスの極めて高い能力を有することが実証されました。本成果の広範な普及のため、国際共同研究グループはプログラムのオープンソース化を行い、GitHubレポジトリより公開中です。今後は大規模高性能グラフ処理のグローバルスタンダードを確立していく予定です。

※ 研究支援

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「ポストペタスケール高性能計算に資するシステムソフトウェア技術の創出(研究総括:佐藤三久)」における研究課題「ポストペタスケールシステムにおける超大規模グラフ最適化基盤(研究代表者:藤澤克樹、拠点代表者:鈴村豊太郎)」および「ビッグデータ統合利活用のための次世代基盤技術の創出・体系化(研究総括:喜連川優)」における研究課題「EBD:次世代の年ヨッタバイト処理に向けたエクストリームビッグデータの基盤技術(研究代表者:松岡聡)」の一環として行われました。

スーパーコンピュータ「京」

スーパーコンピュータ「京」

Graph500上位10位

このたび公開されたGraph500の上位10位は以下の通りです。

Graph500とは

近年活発に行われるようになってきた実社会における複雑な現象の分析では、多くの場合、分析対象は大規模なグラフ(節と枝によるデータ間の関連性を示したもの)として表現され、それに対するコンピュータによる高速な解析(グラフ解析)が必要とされています。例えば、インターネット上のソーシャルサービスなどでは、「誰が誰とつながっているか」といった関連性のある大量のデータを解析するときにグラフ解析が使われます。さらにSociety 5.0[補足2]に向けた取り組みの中では、IoTなどの技術で取得された大量のデータをグラフデータに変換して計算機で高速処理することによって、新規ビジネスアプリケーションの開拓が推進されています。これらは新しい産業の創出とコストや廃棄物排出の削減の両立を目的としており、SDGs[補足3]の特に 9 (産業・技術革新・社会基盤) および11(持続可能なまちづくり)の推進に大きく寄与することが期待されています。このような多種多様な応用を持つグラフ解析の性能を競うのが、2010年から開始されたスパコンランキング「Graph500」です。

規則的な行列演算である連立一次方程式を解く計算速度(LINPACK[補足4])でスーパーコンピュータを評価するTOP500[補足5]においては、「京」は2011年(6月、11月)に第1位、その後、2019年6月17日に公表された最新のランキングでは第20位です。一方、Graph500ではグラフの探索という複雑な計算を行う速度(1秒間にグラフのたどった枝の数(TEPS[補足6]))で評価されており、計算速度だけでなく、アルゴリズムやプログラムを含めた総合的な能力が求められます。

Graph500の測定に使われたのは、「京」が持つ88,128台のノード[補足7]の内の82,944台で、約1兆個の頂点を持ち16兆個の枝から成るプロブレムスケール[補足8]の大規模グラフに対する幅優先探索問題を0.45秒で解くことに成功しました。ベンチマークのスコアは31,302GTEPS(ギガテップス)です。Graph500第1位獲得は、「京」が科学技術計算でよく使われる規則的な行列演算だけでなく、不規則な計算が大半を占めるグラフ解析においても高い能力を有していることを実証したものであり、幅広い分野のアプリケーションに対応できる「京」の汎用性の高さを示すものです。また、それと同時に、高いハードウェアの性能を最大限に活用できる研究チームの高度なソフトウェア技術を示すものと言えます。「京」は、国際共同研究グループによる「ポストペタスケールシステムにおける超大規模グラフ最適化基盤」および「EBD:次世代の年ヨッタバイト処理に向けたエクストリームビッグデータの基盤技術」の2つの研究プロジェクトによってアルゴリズムおよびプログラムの開発が行われ、2014年6月に17,977GTEPSの性能を達成し第1位、さらに「京」のシステム全体を効率良く利用可能にするアルゴリズムの改良を行い、2倍近く性能を向上させ、2015年7月に31,302GTEPSを達成し第1位でした。そして今回のランキングでもこの記録により、世界第1位を9期連続(通算10期)で獲得しました。

これまでの幅優先探索問題(BFS)[補足9]に加えて2017年11月から最短路問題(SSSP)[補足10]に対する結果も公開されており、今後はさらに別の問題への適用も予定されています。

0.45秒は従来の中央値での値。調和平均での値は0.56秒。[補足6]参照。

今後の展望

大規模グラフ解析においては、アルゴリズムおよびプログラムの開発・実装によって性能が飛躍的に向上する可能性を示しており、今後もさらなる性能向上を目指していきます。また、2021年頃の共用開始を目指しているスーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」[補足11] においても上記で述べた実社会の課題解決および科学分野の基盤技術へ貢献すべく、さまざまな大規模グラフ解析アルゴリズムおよびプログラムの研究開発を進めていきます。

補足説明

[補足1] スーパーコンピュータ「京(けい)」 : 文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行い、2012年に共用を開始した計算速度10ペタフロップス級のスーパーコンピュータ。「京(けい)」は理研の登録商標で、10ペタ(10の16乗)を表す万進法の単位であるとともに、この漢字の本義が大きな門を表すことを踏まえ、「計算科学の新たな門」という期待も込められている。

[補足2] Society 5.0 : 「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」として、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱された。

[補足3] SDGs(Sustainable Development Goals-持続可能な開発目標) : 2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットから構成され、地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)ことを誓っている。

[補足4] LINPACK : 米国のテネシー大学のJ. Dongarra博士によって開発された規則的な行列計算による連立一次方程式の解法プログラムで、TOP500リストを作成するために用いるベンチマーク・プログラム。ハードウェアのピーク性能に近い性能を出しやすく、その計算は単純だが、応用範囲が広い。

[補足5] TOP500 : TOP500は、世界で最も高速なコンピュータシステムの上位500位までを定期的にランク付けし、評価するプロジェクト。1993年に発足し、スーパーコンピュータのリストを年2回発表している。

[補足6] TEPS : Graph500ベンチマークの実行速度を表すスコア。Graph500ベンチマークでは与えられたグラフの頂点とそれをつなぐ枝を処理する。Graph500におけるコンピュータの速度は1秒間あたりに調べ上げた枝の数として定義されている。TEPSはTraversed Edges Per Secondの略。今回から TEPS 値の計算には調和平均を使用することで統一された。そのためTEPS 値の表記が以前の38,621GTEPS(中央値)から, 31,302GTEPS(調和平均)に変更されている。

[補足7] ノード : スーパーコンピュータにおけるオペレーティングシステム(OS)が動作できる最小の計算資源の単位。「京」の場合は、一つのCPU(中央演算装置)、一つのICC(インターコネクトコントローラ)、および16GBのメモリから構成される。

[補足8] プロブレムスケール : Graph500ベンチマークが計算する問題の規模を表す数値。グラフの頂点数に関連した数値であり、プロブレムスケール40の場合は2の40乗(約1兆)の数の頂点から構成されるグラフを処理することを意味する。

[補足9] 幅優先探索問題(BFS) : 最短路問題と同じく、グラフ上で指定された二つの頂点間の距離が最小となる経路を求める問題。グラフの各枝の重みが等しい場合を想定しており、主にインターネット上のソーシャルデータや金融データなどの解析に用いられる。BFSはBreadth-First Searchの略。

[補足10] 最短路問題(SSSP) : 幅優先探索問題と同じく、グラフ上で指定された二つの頂点間の距離が最小となる経路を求める問題。グラフの各枝の重みが異なる場合を想定しており、主に道路あるいは鉄道などの交通データ上での経路案内などに用いられる。SSSPはSingle-Source Shortest Pathの略。

[補足11] スーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」 : スーパーコンピュータ「京」の後継機。2020年代に、社会的・科学的課題の解決で日本の成長に貢献し、世界をリードする成果を生み出すことを目的とするスーパーコンピュータ。2014年度から開始された文部科学省のフラッグシップ2020プロジェクト(ポスト「京」の開発)事業の下、理研計算科学研究センターが「富岳(ふがく)」を開発整備し2021年頃の共用開始を目指している。

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6月21日16:15 本文中に一部修正が入りました。

冥王星を含む太陽系外縁天体の衛星、太陽系初期の巨大天体衝突で形成された可能性

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ポイント

  • 太陽系外縁天体のうち、冥王星をはじめとする直径1,000 km以上の天体はすべて大きな衛星を持つが、その衛星の形成機構と形成時期は謎であった
  • 太陽系外縁天体の大きな衛星が巨大天体衝突によって形成された可能性が高いことを、数値シミュレーションで示した
  • 衛星形成後の一定期間は天体が溶融していたと考えると、現在の衛星の公転周期や離心率をうまく説明できる
  • 太陽系外縁天体の衛星は太陽系初期に形成されたと考えられる

概要

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の荒川創太大学院生(博士後期課程3年)と同大学 地球生命研究所の兵頭龍樹特別研究員、玄田英典准教授は、太陽系外縁天体[用語1]のうち、直径1,000 km以上の天体の衛星が、溶融した2つの天体の衝突によって、太陽系初期に形成された可能性が高いことを明らかにしました。さらに、衛星系を構成する天体が、衛星形成の初期に溶融していたならば、観測されている自転・公転周期および離心率[用語2]を潮汐による軌道進化で説明可能であることも示しました。これらの結果は、太陽系外縁部においても大型の天体が極めて早期に形成されたことを示唆し、太陽系における惑星形成機構を明らかにする上で重要な知見となります。

本研究成果は、日本時間6月25日発行の英国の国際学術誌「Nature Astronomy(ネイチャーアストロノミー)」に掲載されました。

背景

太陽系小天体の形成時期・形成機構を理解することは、地球やその他の惑星がどのように誕生したのかを解明するための重要な鍵を握っています。近年、太陽系外縁天体のうち、直径1,000 km以上の天体すべてが大きな衛星を持っていることが明らかになりました(図1)。そうした天体の衛星の質量は、中心に存在する天体の約10分の1から1,000分の1と大きく(地球の月の質量は、地球の80分の1)、衛星の離心率は概ね0.1以下と小さく、ほぼ円軌道であることが知られていました。しかし、これらの衛星がそもそもどのように形成されたのかはよくわかっていませんでした。現在発見されている最大の太陽系外縁天体である冥王星とその最大の衛星であるカロンについては、地球の月と同様に巨大天体衝突によって形成されたという説が提唱されています。そこで研究グループは、巨大天体衝突によって冥王星とカロンの衛星系以外も形成することができるか調べることで、太陽系外縁部における衛星形成を統一的に理解することができると考えました。

現在発見されている直径1,000 km以上の太陽系外縁天体とその衛星(画像提供NASA/APL/SwRI/ESA/STScI。図の一部を改変)。衛星の質量は中心に存在する天体の約10分の1から1,000分の1程度と見積もられている。
図1.
現在発見されている直径1,000 km以上の太陽系外縁天体とその衛星(画像提供NASA/APL/SwRI/ESA/STScI。図の一部を改変)。衛星の質量は中心に存在する天体の約10分の1から1,000分の1程度と見積もられている。

研究成果

研究グループは、まず巨大天体衝突によって多様な衛星が形成されるかどうかを数値シミュレーションによって調べました(図2)。衝突速度や衝突角度、衝突前の2つの天体の分化状態や組成、質量比などを様々に変化させて、パラメータサーベイを行った結果、衝突速度が脱出速度[用語3]程度と小さく、かつ衝突角度が約45度以上のかすり衝突の場合には、衛星が形成されることがわかりました。またこの結果が、天体が分化しているかどうかや、組成、質量といった条件などには依らないことも示しました。一方で、衝突速度や衝突角度によって、形成される衛星の質量は変わり、実際に観測されている、中心の天体と衛星の質量比のばらつき(10分の1から1,000分の1)も自然に説明できることがわかりました。

さらに、巨大天体衝突後に形成された衛星について、潮汐による軌道進化を計算し、どのような場合に現在の衛星や中心の天体の自転・公転周期や離心率が説明できるのかを調べました(図2、図3)。今回の研究では、潮汐の大きさが天体の溶融状態によって変化するという条件を取り入れ、衝突後にある程度の時間が経過したところで、溶融していた天体が冷却されて固化するという過程を考慮しました。計算の結果、衛星系を構成する2つの天体が、衛星形成後すぐに固化していた場合には、離心率が上昇してしまい、観測結果を説明できないことが明らかになりました。一方、衛星系の天体が衛星形成後の数万年から数百万年の期間だけ溶融していた場合には、自転・公転周期と離心率の両方を説明できることがわかりました。

(上)巨大天体衝突による衛星形成の数値シミュレーションの結果の1例。衝突速度は約1 km/秒で、衝突角度は75度。(下)衛星形成後の潮汐による軌道進化の概念図。数値シミュレーションによる形成直後の衛星は離心率が大きいが、観測からは現在の離心率は小さいことがわかっている。したがって、現在の離心率を再現するには、衛星形成後の潮汐による軌道進化によって離心率を減少させる必要がある。
図2.
(上)巨大天体衝突による衛星形成の数値シミュレーションの結果の1例。衝突速度は約1 km/秒で、衝突角度は75度。(下)衛星形成後の潮汐による軌道進化の概念図。数値シミュレーションによる形成直後の衛星は離心率が大きいが、観測からは現在の離心率は小さいことがわかっている。したがって、現在の離心率を再現するには、衛星形成後の潮汐による軌道進化によって離心率を減少させる必要がある。
潮汐による軌道進化の計算結果。初期条件は巨大衝突シミュレーションの計算結果を用いている。45億年間の軌道進化によって、衛星系を構成する2つの天体が衛星形成後から固化している場合(左)や、衛星形成後1,000年間しか溶融していない場合(中央)の場合には、離心率が上昇し、観測を説明できない。一方、衛星形成後100万年の期間溶融していた場合(右)は離心率が低下し、観測を説明できる。
図3.
潮汐による軌道進化の計算結果。初期条件は巨大衝突シミュレーションの計算結果を用いている。45億年間の軌道進化によって、衛星系を構成する2つの天体が衛星形成後から固化している場合(左)や、衛星形成後1,000年間しか溶融していない場合(中央)の場合には、離心率が上昇し、観測を説明できない。一方、衛星形成後100万年の期間溶融していた場合(右)は離心率が低下し、観測を説明できる。

巨大天体衝突や潮汐による加熱量の見積もりから、直径1,000 kmサイズの太陽系外縁天体が衛星形成後に溶融していたならば、巨大天体衝突以前から溶融していたはずだということがわかります。さらに、このサイズの天体が溶融するためには、太陽系の初期数百万年以内に形成されなくてはなりません。また、巨大天体衝突が太陽系初期の数百万年程度で発生するという、本研究から得られる仮説は、衛星を形成する巨大天体衝突の衝突速度は小さいという今回の数値シミュレーションから得られた制約とも整合します。これらのことから、太陽系外縁部に離心率の小さい衛星が普遍的に存在することは、海王星以遠においても直径1,000 kmサイズの天体が太陽系初期に形成され、そうした巨大天体が溶融した状態で衝突して衛星が形成されたことを示唆していると言えます。

今後の展開

今回の研究によって、太陽系外縁部において、溶融した巨大天体の衝突によって衛星が形成された可能性があることがわかりました。今後は衛星の軌道や組成をより詳しく調べ、この仮説を検証する必要があります。国立天文台ハワイ観測所のすばる望遠鏡や、アルマ望遠鏡(日本を含む東アジア、北米、欧州南天天文台の加盟国、建設地のチリを合わせた21の国と地域が協力して運用)などによる太陽系外縁天体とその衛星の観測によって、今後も太陽系の姿が明らかになっていくことが期待されます。

用語説明

[用語1] 太陽系外縁天体 : 海王星の外側(太陽から30天文単位以遠)の軌道を公転する太陽系の天体の総称。冥王星などが含まれる。なお現在、2,000天体以上発見されている。

[用語2] 離心率 : 軌道が真円からどれくらい変形した楕円になっているのかを表す数値。0から1の数値で表現され、0ならば真円、数値が大きくなるほど細長い楕円となる。

[用語3] 脱出速度 : 天体表面から発射された物体が天体の重力を振り切って、再びその天体に戻ってこないために必要な最小限の初速度のこと。ここでは、2つの天体がお互いの重力で引き合って衝突する際の最低速度に相当する。

論文情報

掲載誌 :
Nature Astronomy
論文タイトル :
Early formation of moons around large trans-Neptunian objects via giant impacts
著者 :
Sota Arakawa, Ryuki Hyodo, and Hidenori Genda
DOI :
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東京工業大学 理学院 地球惑星科学系

大学院生 荒川創太

E-mail : arakawa.s.ac@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3535

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)

特別研究員 兵頭龍樹

E-mail : hyodo@elsi.jp
Tel : 03-5734-2854

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)

准教授 玄田英典

E-mail : genda@elsi.jp
Tel : 03-5734-2887

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極薄超伝導体において揺らぎから生じる特殊な金属相を観測 微弱磁場が微細超伝導体に与える影響を解明

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要点

  • 超高真空、極低温環境においてセレン化ニオブ単層膜の超伝導を観察
  • 弱磁場中では超伝導ではなく、揺らぎにより生じる特殊な金属相を観測
  • 超微細超伝導体を用いた量子計算デバイスへの影響を示唆

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の一ノ倉聖助教、東京大学 大学院理学系研究科の長谷川修司教授、高山あかり助教(現 早稲田大学講師)、東北大学の高橋隆客員教授、菅原克明准教授らの研究グループは、2次元超伝導体[用語1]であるセレン化ニオブ(NbSe2)単層膜の電気抵抗を超高真空中で測定し、弱磁場中では超伝導のゼロ抵抗状態が壊され、特殊な金属相となることを明らかにした。2次元超伝導体の一般的性質の解明として学術的な価値があるだけではなく、将来、実現されるであろう微細な2次元超伝導体を用いた量子[用語2]計算デバイスに弱磁場が与える影響を示した重要な研究成果といえる。

2次元超伝導体に極低温で磁場を印加していくと超伝導から絶縁体への「量子相転移[用語3]」を示すことが従来から知られていた。近年の薄膜作製技術の発達により実現した、原子レベルに薄く結晶性の良い2次元超伝導体は量子計算への応用が期待されるが、この量子相転移がさらに複雑化することが指摘されており、特に弱磁場領域の状態について統一的な見解には至っていなかった。そこで本研究では代表的な2次元超伝導体であるNbSe2単層膜を作製し、磁場による影響を詳細に調べた。その結果、超伝導-絶縁体の量子相転移中に、理論的に提案されていた「ボーズ金属相[用語4]」によく一致する状態を発見した。

研究成果は6月5日に米国物理学会誌「Physical Review(フィジカルレビュー)B」にオンライン掲載され、さらにEditor's suggestion(注目論文)として選出された。

研究の背景

超伝導は1911年にオランダのカマリン・オンネスが発見した現象で、物質を絶対零度(-273 ℃)に向けて冷却していくとある転移温度で電気抵抗がゼロとなることをいう。超伝導状態となると、どんな長距離でもエネルギー損失なく電流を流すことができるため、常温に近い転移温度を持つ超伝導体の研究が盛んに行われている。

一方で、近年爆発的に開発が進んでいる量子コンピューター[用語5]においては超伝導体が計算素子の核として利用されており、ニオブなどの転移温度が低い超伝導体であっても、強力な冷凍機との組み合わせによって実用されている。

通常、超伝導体に弱い磁場が印加されると、磁場が磁束として局所的に侵入する。通常の厚みのある超伝導体への磁束の影響は良く知られているが、2次元超伝導体と呼ばれる非常に薄い超伝導体は「揺らぎ[用語6]」の影響を強く受けるため、その影響は自明ではない。

2次元超伝導体に絶対零度近傍で磁場を印加していくと超伝導から絶縁体に変化する「量子相転移」を示すことは古くからわかっていたが、弱磁場領域の状態については諸説あり、統一的な見解はなかった。将来、超伝導量子計算デバイスの微細化・低次元化が進むと、微弱な磁場や揺らぎが量子計算に深刻な影響を与えると考えられる。そのため、今回の研究では原子レベルに薄い2次元超伝導体に弱磁場が与える影響を詳細に調べた。

研究成果

同研究グループはセレン化ニオブ(NbSe2)に着目した。分子線エピタキシー法[用語7]によって高品質な単層膜を作製し、さらに超高真空中という非常に清浄な環境で電気抵抗測定を行った。弱磁場領域での量子状態を明らかとするため、細かく磁場を変化させながら電気抵抗の温度依存性を観察した。

すると、弱磁場中では超伝導ではなく、あたかも通常の金属のように冷却に伴って電気抵抗が有限値に収束することが明らかとなった。この実験結果を、超伝導-絶縁体転移の間に「ボーズ金属」と呼ばれる中間状態を仮定するモデルと比較すると定量的な一致を示した。

2017年に北京大学のグループにより、NbSe2単層膜は超伝導-絶縁体転移点付近で「量子グリフィス特異性[用語8]」と呼ばれる異常を示すことがわかっていた。だが、ゼロ抵抗近傍でデータが乱れており、弱磁場領域の詳細が明らかではなかった。

これは、非常に薄い物質を大気中で測定するための保護膜が悪影響を与えていると考え、今回の研究では超高真空環境でNbSe2を完全に清浄化し、保護膜無しでその場で電気抵抗測定を行うことにより、この問題を解決した。それにより、これまでに明らかとなっていなかった弱磁場領域を調べ、NbSe2単層膜の温度-磁場相図を完成できたことが今回の研究成果である。

2018年には東大グループにより、イオン液体と固体の界面に電場誘起された2次元超伝導層において同様の金属的中間状態と量子グリフィス特異性が見つかっている。従って、今回はこれらの相が2次元超伝導において普遍的にみられる性質であるという新説を支持するものである。

今後の展望

今回の研究で、微細な超伝導体に微弱磁場が与える影響について重大な知見を得た。この方法を応用し、今後はセレン化鉄単層膜などの「トポロジカル超伝導体[用語9]」の候補物質に対する弱磁場の影響を調べる。トポロジカル超伝導体は、磁束が侵入した点において「マヨラナ粒子[用語10]」が生じるため、磁束操作による量子計算を可能とすると理論的に考えられており、大手情報企業においても研究が進んでいる。今回の研究の知見をもとに、そのような磁束操作による量子計算の研究が発展すると考えられる。

図1. 超高真空中で行う4端子電気抵抗測定(左)と分子線エピタキシー法で作製したセレン化ニオブ単層膜(右)の模式図
図1.
超高真空中で行う4端子電気抵抗測定(左)と分子線エピタキシー法で作製したセレン化ニオブ単層膜(右)の模式図
図2. セレン化ニオブ単層膜の磁場中での電気抵抗の温度依存性。図中の赤枠で囲まれた領域がボーズ金属状態となっている
図2.
セレン化ニオブ単層膜の磁場中での電気抵抗の温度依存性。図中の赤枠で囲まれた領域がボーズ金属状態となっている

用語説明

[用語1] 2次元超伝導体 : 非常に薄い膜として作られた超伝導体で、超伝導を担う電子対(クーパー対)の空間的広がりよりも厚みが小さい。

[用語2] 量子 : ミクロスケールにおいて電子などは「量子」と呼ばれ、量子力学的な原理に従って「量子状態」をとる。物質が超伝導となると、電子はクーパー対となって同一の量子状態をとる。

[用語3] 量子相転移 : 絶対零度において、磁場などの外部制御変数の変化によって量子系の基底状態が起こす相転移のことをいう。有限の動的臨界指数によって特徴づけられる。

[用語4] ボーズ金属相(ボーズ金属状態) : 通常の超伝導状態では位相が結晶全体にわたって揃っているため電気抵抗がゼロとなる。転移温度近傍では熱揺らぎによって位相が擾乱されるため僅かに抵抗が生じることはよく知られていた。ボーズ金属状態では、弱磁場によって位相の揺らぎが誘起されるために有限の電気抵抗が生じている。

[用語5] 量子コンピューター : 超伝導のような量子状態の重ね合わせと量子力学的相関を利用して、超高速計算を実現するコンピューター。従来のコンピューターでは天文学的な時間のかかる因数分解の問題などを数時間で解くことができる。

[用語6] 揺らぎ : 量子は量子力学の原理の一つである「不確定性原理」に従う。不確定性原理によると、量子は位置が確定すると状態が不確定となる。この不確定さを「揺らぎ」という。従って低次元空間に量子を閉じ込めると揺らぎの効果が大きくなる。

[用語7] 分子線エピタキシー法 : 超高真空下(10-8 Pa以下)において高純度原料をビーム状の原子・分子気体にして基板に照射し、基板の結晶方位をテンプレートして単結晶状の薄膜を成長させる方法。一原子層レベルの膜厚制御が可能であるため、単層膜の成長に最適な技術である。

[用語8] 量子グリフィス特異性 : 通常の量子相転移と異なり、動的臨界指数が発散する現象。

[用語9] トポロジカル超伝導体 : 内部は超伝導であるが、表面にはトポロジーに保護された金属状態を持つ物質。

[用語10] マヨラナ粒子 : 粒子と反粒子が等しい粒子。非可換統計と呼ばれる性質を持つため、マヨラナ粒子同士の位置交換によって量子計算を行うことができると考えられている。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review B
論文タイトル :
Vortex-induced quantum metallicity in the mono-unit-layer superconductor NbSe2
著者 :
Satoru Ichinokura, Yuki Nakata, Katsuaki Sugawara, Yukihiro Endo, Akari Takayama, Takashi Takahashi, and Shuji Hasegawa
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 物理学系 助教

一ノ倉聖

E-mail : ichinokura@phys.titech.ac.jp
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取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

環境振動発電素子の広帯域化に成功 エネルギーハーベスティングへの応用に期待

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要点

  • 環境振動発電素子の広帯域化に向けた低閾値整流昇圧回路を設計
  • MEMSと集積回路による実システムを開発して広帯域化に成功
  • 振動発電素子の利用環境拡大に貢献

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の山根大輔助教(兼 科学技術振興機構さきがけ研究者)、東京大学 生産技術研究所の年吉洋教授と遠山幸也大学院生らは、環境振動発電素子[用語1]の広帯域化に向けた低閾(しきい)値整流昇圧回路[用語2]を設計し、MEMS[用語3]と集積回路によるシステムを開発して素子の広帯域化に成功した。環境振動発電素子の利用環境拡大に貢献するとともに、無線IoT[用語4]センサー端末などへ向けたエネルギーハーベスティング(環境発電)技術の性能向上につながると期待される。 本研究では、あらゆる環境振動発電素子の広帯域化に向け、環境振動周波数でも動作可能な低閾値整流昇圧回路を設計、その回路を利用した電気機械システムを提案した。さらにMEMSと集積回路の技術を用いてシステムを開発、広帯域化を実証した。従来の広帯域化手法は、特殊な機械構造やその調整回路が必要だったため、素子サイズ増大や素子ごとの専用回路が必要だった。

研究成果はドイツのベルリンで開催される国際会議「Transducers 2019 - The 20th International Conference on Solid-State Sensors, Actuators and Microsystems(トランスデューサー2019 第20回固体センサー・アクチュエーター・マイクロシステム国際会議)」で6月26日(現地時間)に発表された。

背景

次世代のIoT電源として、エネルギーハーベスティングの研究・開発が盛んに行われている。特に振動型の環境発電素子は、電池フリー、夜間・暗所でも発電可能であるため、低電力無線IoT端末向けの発電素子として注目されている。

環境振動発電素子は入力振動の周波数が素子の共振周波数[用語5]から外れた際に出力が急減することが主な技術課題としてあげられている。従来技術では、発電可能な入力振動の広帯域化のため、特殊な機械構造やその機械構造を調整するための専用回路を用いており、素子サイズの大型化や素子ごとの回路調整が必要だった。

研究成果

山根助教らはあらゆる環境振動発電素子の広帯域化に向け、環境振動周波数でも動作可能な低閾値整流昇圧回路(VBR:voltage-boost rectifier)を設計し、その回路を利用した新たな電気機械システムを提案した。図1にそのシステム概要を示す。

微弱な環境振動エネルギーから環境振動発電素子を用いて電気エネルギーを生成する場合、入力振動の周波数が環境振動発電素子の共振周波数から外れると出力が急激に低下する。そのため従来の整流技術(図1:ダイオード整流として表記)では、非常に狭い帯域のみ電力として取り出していた。

今回の研究では環境振動周波数(主に1,000 Hz以下)で動作可能な低閾値整流昇圧回路を新たに開発し、その回路を環境振動発電素子の後段に接続した新システムを提案した。図1の低閾値整流昇圧回路は、従来の整流素子よりも最低入力電圧が低く、さらに入力電圧を所望の電圧まで上げられる。

これにより、従来は回収不可能だった周波数帯域の振動エネルギーを電気エネルギーに変換可能となる。また、提案システムは環境振動発電素子の機械構造によらず適用可能なため、高い汎用性を有している。

今回の実証実験では、図2に示すようにMEMSと集積回路の技術を用いて実システムを開発した。環境振動発電素子にはエレクトレット型MEMS振動発電デバイス[用語6]を用いており、低閾値整流昇圧回路はシリコンCMOS(complementary metal-oxide semiconductor=相補型金属酸化膜半導体)プロセスで作製した。

振動試験機で発電素子を振動させた際のシステム出力電圧を測定した結果、従来のダイオード整流と比較して帯域が拡大していることがわかった。所望の出力電圧を1.0 V~3.3 Vとした場合、従来技術と比較して約3倍の広帯域化に成功した。

低閾値整流昇圧回路を利用した広帯域環境振動発電システムの概要

図1. 低閾値整流昇圧回路を利用した広帯域環境振動発電システムの概要

実システムとその測定結果

図2. 実システムとその測定結果


(入力加速度振幅1mGの測定結果。Gは重力加速度)

今後の展開

今回の研究では低閾値整流昇圧回路を利用した新たな電気機械システムを提案し、MEMSと集積回路の技術を用いた実システムにより広帯域化の実証に成功した。この技術を用いてあらゆる環境振動発電素子の利用環境を拡大することにより、無線IoTセンサー端末などへ向けた電池・配線・利用環境フリーのエネルギーハーベスティング技術の飛躍的な性能向上につながると期待される。

用語説明

[用語1] 環境振動発電素子 : 振動の運動エネルギーを電気エネルギーに変換する素子のなかで、振動源として特に自然界に存在する微弱な環境振動を利用するもの。

[用語2] 低閾値整流昇圧回路 : 電圧振幅が標準的なシリコンダイオード閾値電圧(0.6 V ~ 0.7 V)よりも低い交流電圧を後段回路に必要な直流電圧まで整流かつ昇圧する回路。

[用語3] MEMS(Microelectromechanical Systems:微小電気機械素子) : 半導体微細加工技術を利用して製造したマイクロメートル寸法の3次元電子・機械デバイスの総称。

[用語4] IoT(Internet of Things) : 身の回りのあらゆるモノがインターネットを介して情報通信・相互制御を行う仕組み。

[用語5] 共振周波数 : 環境振動発電素子が固有振動を起こすことができる、入力振動の周波数。一般的な振動発電素子では、共振周波数の入力振動でなければ有効な発電を行うことができない。

[用語6] エレクトレット型MEMS振動発電デバイス : 半永久的に電荷を保持するエレクレット材料とMEMS可変容量素子を利用した振動発電素子。静電型MEMS振動発電デバイスとも呼ばれる。

付記事項

今回の成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。

科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業

研究領域 :
「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出(CREST・さきがけ複合領域)」(研究総括:谷口 研二 大阪大学 名誉教授、副研究総括:秋永 広幸 産業技術総合研究所ナノエレクトロニクス研究部門 総括研究主幹)

(1)個人型研究(さきがけ)

研究課題名 :
「多層エレクトレット集積型CMOS-MEMS振動発電素子の創製」
研究代表者 :
山根大輔(東京工業大学 助教)
研究期間 :
平成29年10月~令和3年3月

(2)チーム型研究(CREST)

研究課題名 :
「エレクトレットMEMS振動・トライボ発電」
研究代表者 :
年吉洋(東京大学 生産技術研究所 教授)
研究期間 :
平成27年12月~平成31年3月

JSTはこの領域で、様々な環境に存在する熱、光、振動、電波、生体など未利用で微小なエネルギーを、センサーや情報処理デバイスなどでの利用を目的としたμW~mW程度の電気エネルギーに変換(環境発電)する革新的な基盤技術の創出を目指している。

上記研究課題(1)では、エレクトレット実装技術とCMOS-MEMS技術を融合し、環境振動エネルギーをmW級の電気エネルギーに変換する小型振動発電デバイスの実現を目指し、開発を行っている。

上記研究課題(2)では、次世代の無線センサノードに必要な10 mW級の自立電源を実現するために、MEMS技術とイオン材料技術を駆使して、環境振動から未利用エネルギーを回収し発電する振動発電素子の研究に取り組んでいる。

論文情報

国際会議 :
The 20th International Conference on Solid-State Sensors, Actuators and Microsystems
Transducers 2019outer
論文タイトル :
BANDWIDTH ENHANCEMENT OF VIBRATIONAL ENERGY HARVESTERS BY A VOLTAGE-BOOST RECTIFIER CIRCUIT
著者 :
Yukiya Tohyama, Hiroaki Honma, Noboru Ishihara, Hiroshi Toshiyoshi, and Daisuke Yamane

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院

未来産業技術研究所 助教

山根大輔

E-mail : yamane.d.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5031 / Fax : 045-924-5166

<JSTの事業に関すること>

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

中村幹

E-mail : presto@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3525 / Fax : 03-3222-2067

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

パブリックブロックチェーンのシミュレータ「SimBlock」を開発・配布開始 性能や安全性の手元での検証を可能にし、ブロックチェーン技術の研究・開発を加速

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東京工業大学 情報理工学院 数理・計算科学系の首藤一幸准教授、青木優介大学院生(研究当時)、大月魁大学院生、金子孟司大学院生、永山流之介大学院生、坂野遼平研究員らの研究グループと情報理工学院 サイバーセキュリティ研究センターは、ブロックチェーンネットワークをPC上で模擬して性能や安全性を検証できるパブリックブロックチェーンのシミュレータ「SimBlockouter」を開発し、オープンソースソフトウェアとして公開、無償配布を開始しました。

SimBlockは、インターネット上の多数のノード(サーバ)から成るブロックチェーンネットワークを模擬するソフトウェアです。SimBlockでは、ブロックチェーンネットワークを構成するノードの挙動を比較的簡単に変えることができ、改良や新手法がブロックチェーンにどのような影響を与えるのかをPC上で調べることができます。これによって、Bitcoinといった既存ブロックチェーンの改良や、また、独自に考案したブロックチェーンを手元のPC上で実験し、その性能や安全性を検証できます。

背景

暗号通貨の基礎技術として生まれたブロックチェーンは、決済や送金だけでなく、資産や権利の管理、また、食料などの流通履歴追跡、投票といった政治プロセス、組織の自動運営などさまざまな応用が期待されています。

2009年のBitcoin立ち上げから開発と展開が先行しましたが、最近では研究も盛んに行われています。ブロックチェーンを主題とする学術国際会議も、IEEE ICBC、CryBlock、IEEE Blockchain等、いくつも立ち上がっています。しかし、動作しているブロックチェーンネットワークの性能や安全性を高める改良や新手法を考案しても、それを実地で試すことはほとんど不可能です。改良や新手法を試すためには全ノードのソフトウェアを更新する必要がありますが、全ノードの管理者を実験に従わせることは現実的ではありません。そもそもブロックチェーンネットワークの動作を壊してしまうかもしれない実験を実地で行うわけにはいきません。改良や新手法を試せないだけならともかく、もし深刻な問題が見つかって修正したい場合に、修正がネットワークを壊してしまうことがないかどうかを事前に実験・検証できないことも大きな課題でした。

ブロックチェーンシミュレータSimBlock

そこで本研究チームは、ブロックチェーンネットワークのシミュレータ「SimBlock」[論文1]を開発し、2019年6月、オープンソースソフトウェアとして公開、無償配布を開始しました。SimBlockは一般的なPC上で動作し、1万台近くに達するノード群の、インターネット上での振る舞いをシミュレートできます。技術者・研究者はこのSimBlockを用いることで、Bitcoinといった既存ブロックチェーンの改良や、また、自ら考案したブロックチェーンを、手元のPC上で試すことができます。安全性については、例えば、悪意あるノードを模擬して攻撃の成功率を調べたり、攻撃への対策を模擬してその効果を調べることができます。

現在のSimBlockは、Bitcoin、Litecoin、Dogecoinの、規模やブロック生成間隔、また、インターネット越しのノード間通信時間を模擬できます。ノードの振る舞いを変えたい場合、Java言語で開発されているSimBlockの当該個所に変更を加えることで、ブロックチェーンネットワーク上で何が起こるかを調べることができます。ブロックチェーンのパラメータ、インターネット上での通信の速さをさまざまに変えることもできます。

また、SimBlockは可視化機能を備えており、ノード間通信とブロック高[用語1]を地図上でアニメーション表示できます(図1)。技術者・研究者はこの表示から、何が起きているかを直観的に確認できます。以下のウェブページに可視化機能のデモがあります。

ブロックチェーンネットワークの可視化, © OpenStreetMap contributors

図1. ブロックチェーンネットワークの可視化, © OpenStreetMap contributors

本研究チームは、SimBlockを国際会議IEEE ICBC 2019(2019年5月、韓国 ソウル)にてデモ展示し[論文2]、研究者の関心を集めました(図2)。

国際会議IEEE ICBC 2019でのデモ展示

図2. 国際会議IEEE ICBC 2019でのデモ展示

応用例

本研究チームは、SimBlockを活用し、ブロックチェーンの性能を向上させる研究を行っています。

隣接ノード選択[論文3, 4]

図3. 隣接ノード選択[論文3論文4]

リレーネットワークの影響測定 [論文5, 6]

図4. リレーネットワークの影響測定[論文5論文6]

図3は、隣接ノード選択という技法の効果を示しています。各ノードがネットワーク的に近いノードと優先的に接続を持つように改良することで、ブロックがブロックチェーンネットワーク上を伝搬するのにかかる時間を短縮できました。伝搬時間が短くなると、安全性が向上します。また、安全性を犠牲にせずにトランザクション処理性能を向上させることができます。

図4は、リレーネットワーク[用語2]を利用したノードが受ける恩恵を示しています。リレーネットワークを利用することで、マイニング[用語3]によって生成したブロックが孤立ブロック[用語4]になってしまう確率が大幅に下がることがわかりました。これは、リレーネットワークを利用することでノードは収入を増やせることを意味します。なぜなら、ノードは孤立ブロックからはマイニング報酬を得られないからです。

ノードがリレーネットワークを利用すると、生成されたブロックをいち早く受け取れるため、自身がマイニングに成功する確率が上がりそうなものです。しかし、マイニング成功率の明確な向上は確認できませんでした。一方で、本研究チームは、リレーネットワークの利用にはむしろ別のメリットがあることを発見しました。具体的には、マイニングしたブロックが孤立ブロックになって報酬を失う確率を下げることができるという利点です。リレーネットワークによって全体の孤立ブロック発生率が下がることは自然であり、以前より指摘されていました。しかし、リレーネットワークを利用したノードが1%とごくわずかであっても、それら利用したノードは非常に大きな恩恵を受けられるということは本研究チームの発見です。

今後

本研究グループは、SimBlockを活用してブロックチェーンの性能を向上させる研究を続けていきます。また、ブロックチェーンへの攻撃手法と対策をシミュレートし、安全性を向上させる研究にも取り組んでいきます。SimBlock自体の改良としては、Ethereumといった他のブロックチェーンへの対応、インターネットの現況への対応、ブロックチェーンの新しい通信方式(例:Compact Block Relay)への対応等を進めています。

SimBlockが、本研究グループの研究だけでなく、多くの技術者・研究者を支え、ブロックチェーン技術の発展とこの技術が支える社会に貢献することを強く信じています。

謝辞

本研究は公益財団法人セコム科学技術振興財団の研究助成を受けています。

用語説明

[用語1] ブロック高 : ブロックチェーンの長さ。ここでは、各ノードがこれまで受け取ったブロックの総数。

[用語2] リレーネットワーク : ブロックとトランザクションを高速に配布する、ブロックチェーンネットワークとは別のネットワーク。

[用語3] マイニング : 各ノードが、ブロックを生成して報酬を得るために競って行っている計算競争。

[用語4] 孤立ブロック : ブロックチェーンの分岐によって、一度は生成されたものの無効になってしまったブロック。

論文情報

[論文1]

掲載誌 :
Proc. CryBlock 2019、2019年 4月
論文タイトル :
SimBlock: A Blockchain Network Simulator
著者 :
Yusuke Aoki, Kai Otsuki, Takeshi Kaneko, Ryohei Banno, Kazuyuki Shudo

[論文2]

掲載誌 :
Proc. IEEE ICBC 2019, pp.3-4, 2019年 5月
論文タイトル :
Simulating a Blockchain Network with SimBlock
著者 :
Ryohei Banno, Kazuyuki Shudo

[論文3]

掲載誌 :
Proc. IEEE Blockchain 2019, 2019年7月(採択)
論文タイトル :
Proximity Neighbor Selection in Blockchain Networks
著者 :
Yusuke Aoki, Kazuyuki Shudo

[論文4]

掲載誌 :
電子情報通信学会 技術研究報告, Vol.118, No.481, pp.225-232, 2019年 3月
論文タイトル :
ブロックチェーンネットワークにおける隣接ノード選択
著者 :
青木優介, 首藤一幸

[論文5]

掲載誌 :
Proc. AINTEC 2019、2019年8月(採択)
論文タイトル :
Effects of a Simple Relay Network on the Bitcoin Network
著者 :
Kai Otsuki, Yusuke Aoki, Ryohei Banno, Kazuyuki Shudo

[論文6]

掲載誌 :
電子情報通信学会 技術研究報告, Vol.118, No.481, pp.309-316, 2019年 3月
論文タイトル :
Bitcoinネットワークに対するリレーネットワークの影響
著者 :
大月魁, 青木優介, 首藤一幸
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お問い合わせ先

東京工業大学 情報理工学院 数理・計算科学系

准教授 首藤一幸(分散システム研究グループ)

E-mail : dsg-titech@googlegroups.com

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

機械学習の「記憶」を活用し、高分子の熱伝導性の大幅な向上に成功 少ないデータでも高精度な予測が可能に 高分子での材料インフォマティクス加速に期待

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概要

1.
NIMS、統計数理研究所、東京工業大学の共同研究グループは、独自の機械学習の解析技術を用いて高熱伝導性高分子を設計・合成し、従来の高分子に比べて約80%の熱伝導率の向上に成功しました。同グループは、少数の物性データから予測モデルを導くために、転移学習[用語1]と呼ばれる解析技術を駆使して問題解決を図りました。今回の成果は、新材料の発見のみならず、高分子インフォマティクスの最大障壁とされる「スモールデータ問題」の克服に向けた大きな一歩と位置付けられます。
2.
一般に高分子の熱伝導率は金属やセラミックスに比べて非常に低いことが知られています。一方で近年の高分子研究により、特異的に高い熱伝導率を持つ高分子が存在することが明らかになってきました。このような背景から、自動運転システムや次世代無線通信規格5G等、放熱性の向上が求められるエレクトロニクスデバイスの開発において、成形性に優れた高分子材料の高熱伝導化の研究に注目が集まっています。
3.
同グループは、世界最大の高分子データベースPoLyInfo[用語2]と独自の機械学習アルゴリズムを組み合わせ、高熱伝導性を持つ新規高分子の設計に取り組みました。PoLyInfoには、ホモポリマーに限定した場合に、室温付近の熱伝導率のデータが28件(種類)しか登録されていません。そこで、ビッグデータの入手が可能な他の物性データ(ガラス転移温度等)で機械学習のモデルを訓練し、モデルが獲得した「記憶」と少数の熱伝導率のデータを組み合わせることで、熱伝導率を高精度に予測できるモデルを導くことに成功しました。これは一般に転移学習と呼ばれる解析技術です。同グループは、このモデルを用いて高い熱伝導率をターゲットに1,000種類の仮想ライブラリ[用語3]を作製しました。その中から三種類の芳香族ポリアミド[用語4]を合成 し、熱伝導率0.41 W/mKに達する高分子を見い出しました。これは、典型的なポリアミド系高分子(無配向)と比較して最大80%の性能向上に相当します。さらに、同グループが開発した材料は、高耐熱性や有機溶媒への溶解性、フィルム加工の容易性等、実用化のステージで求められる複数の要求特性を併せ持つことも実験的に確認されました。
4.
一般に、材料データは取得コストが高く、情報漏洩の観点から研究者にはデータの公開に対するインセンティブが働かないため、材料インフォマティクスのデータ量は、少なくとも短中期的には、大学のラボや一企業で生産可能な水準に留まることが予想されます。同グループが開発した転移学習の解析技術は、材料インフォマティクスのスモールデータ問題の克服に大きく寄与することが期待されます。
5.
本研究は、情報・システム研究機構 統計数理研究所 ものづくりデータ科学研究センター 吉田亮教授(同センター・センター長)とWu Stephen助教、東京工業大学 物質理工学院 森川淳子教授、物質・材料研究機構 統合型材料開発・情報基盤部門 情報統合型物質・材料研究拠点 伝熱制御・熱電材料グループ 徐一斌グループリーダーらによって行われました。また本研究は、科学技術振興機構(JST)のイノベーションハブ構築支援事業「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I :“Materials research by Information Integration” Initiative)」(法人名:物質・材料研究機構、プロジェクト実施期間:2015-2019年度)の支援の下で推進されました。
6.
本研究成果は、英国時間2019年6月21日午前10時(日本時間21日午後6時)にnpj Computational Materials誌にて発表されました。

研究の背景

一般に材料設計のパラメータ空間は極めて広大です。例えば、有機化合物のケミカルスペースには、1060を超える候補物質が存在すると言われています。さらに、実材料の開発では、プロセス、添加剤・溶媒選択、膜材料の層構成等の制御因子が加わり、パラメータ空間の次元は爆発的に増大します。材料インフォマティクスの多くの問題は、このような広大な探索空間から所望の特性を有する埋蔵物質を発掘することに帰着します。

同グループが開発したiQSPR[用語5]は、所望の特性を持つ化学構造を設計する機械学習アルゴリズムです。高分子データベースPoLyInfoの実験データをiQSPRに入力し、高熱伝導率をターゲットに候補物質の仮想ライブラリを構築しました。さらに、三種類の芳香族ポリアミドを選定・合成し、熱伝導率0.41 W/mKを達成する新しい高分子を発見しました(図1参照)。

三種類の高熱伝導性高分子の発見に至るワークフロー。転移学習を活用した熱伝導率の予測と分子設計の機械学習の技術が問題解決の突破口を切り拓いた。
図1.
三種類の高熱伝導性高分子の発見に至るワークフロー。転移学習を活用した熱伝導率の予測と分子設計の機械学習の技術が問題解決の突破口を切り拓いた。

研究内容と成果

iQSPRのワークフローは、順方向と逆方向の計算から構成されます。機械学習でポリマーの構造から特性の順方向の予測モデルを構築し、その逆写像を求めることで、特性から構造の逆方向の予測モデルを導きます。このモデルを用いて仮想ライブラリを作成し、所望の特性を有する埋蔵物質を発掘します。しかしながら、PoLyInfoに登録されている熱伝導率のデータはたったの28件しかなかったため、従来の機械学習では物性予測のモデルを作成することができませんでした。

そこで同グループは、転移学習という解析技術を導入して問題解決を図りました。まずは、ビッグデータが入手できる他の物性に関するデータ(高分子のガラス転移温度、低分子化合物の比熱容量等)を収集し、機械学習のモデルライブラリを構築しました。データに基づく構造・物性の学習を経ることで、これらのモデルは高分子の構造に関する「汎用的な内部表現」を獲得しました。このように「経験」から獲得した「機械の記憶」を適切に活用することで、たった28件の熱伝導率のデータでも十分な精度を達成する予測モデルを得ることができました。優れた研究者は、過去の経験から大量かつ多様な知識の体系を構築し、データがほとんど存在しないような新しいタスクに対しても合理的に予測や意思決定を行うことができます。同グループが開発した転移学習のアルゴリズムは、まるで熟練の材料研究者の認識・判断の過程を模倣したかのようなパフォーマンスを発揮しました。

同グループは、このような解析技術を用いて、高熱伝導率をターゲットに1,000種類の高分子の仮想ライブラリを設計しました。その中から三種類の芳香族ポリアミドを合成し、最大で熱伝導率0.41 W/mKに達する高分子を発見しました。また、実験結果は機械学習の予測とほぼ一致しました。同グループが達成した熱伝導率は、典型的なポリアミド系高分子(無配向)と比較して約80%の性能向上に相当します。さらに、高耐熱性や有機溶媒への溶解性、フィルム加工の容易性等、今度の実用化フェーズで重要になる諸特性を併せ持つことが実験的に確認されました。また、従来の熱分析技術では高耐熱性高分子のガラス転移温度を測定できなかったため、最新の超高速熱分析技術を新たに開発し、高温域の転移温度の測定に成功しました。

今後の展開

本研究は、機械学習が自律的に設計した高分子が実際に合成・検証された初の事例となります。近年、材料研究とデータ科学の融合が急速に進行し、その有効性や可能性について、実証的見地から様々な検討が行われています。しかしながら、他の領域に比べると、高分子研究のデータ科学との学融合は大幅に遅延しています。その背景には、多くの高分子物性はデータ科学の解析手法を適用できるほどのデータ量に達していないという自明な理由が存在します。今後、高分子インフォマティクスでは、スモールデータの限界をいかに突破するかが勝利の鍵を握ります。同グループの成果は、当該分野が抱える本質的な問題の克服に一石を投じるものです。

また、今回は合成の容易性という観点から三種類の高分子を選定・合成しましたが、仮想ライブラリには他にも有望な候補物質が数多く残されている可能性があります。また、同グループが開発した機械学習の技術は汎用的なものであり、任意の特性をターゲットに同様の解析を行うことができます。これから数年以内に、同じようなアプローチで多くの埋蔵物質が発掘され、その中から、従来の常識を覆すような新しい高分子材料が発掘されることが期待されます。

用語説明

[用語1] 転移学習 : あるタスクの学習モデルを別のタスクに流用することを目的とする方法論の総称。例えば、膨大なデータから訓練された動物の種類を判定する画像認識の多層ニューラルネットワークを改変し、少数の花の画像データを用いて分類器を構築したいと考えます。動物の分類器は、学習過程で画像認識に必要な基本的な特徴量を抽出していることが期待され、その中の一部は花の分類にも流用可能であると考えられます。その場合、花の分類器を一から学習するのではなく、少数のデータを使って動物の分類器を微修正すれば十分かもしれません。このような推論アルゴリズムの総称が転移学習です。転移学習という用語はさらに広い概念を含みますが、とりわけスモールデータ問題に対する有効なアプローチであることが知られています。

[用語2] PoLyInfo : 国立研究開発法人 物質・材料研究機構が保有する高分子物性の世界最大級のデータベースouter。学術文献から収集した約100種類の物性(熱物性、電気的特性、力学的特性等)、化学構造、測定条件、重合方法等を収録しています。

[用語3] 仮想ライブラリ : 特定の用途をターゲットに計算機で作製した仮想物質のプール。機械学習の物性予測モデルと組み合わせ、所望の特性を持つ新規物質の候補を絞り込む際に使用されます(一般に仮想スクリーニングと呼ばれる)。同グループは、機械学習で熱伝導率や耐熱性をターゲットに1,000個の仮想高分子を作製しました。

[用語4] 芳香族ポリアミド : ポリアミドは、主鎖に酸アミド結合(−CO-NH−)を持つ高分子の総称です。主鎖にベンゼン核を有するポリアミドを芳香族ポリアミドといい、中でも、全芳香族ポリアミド(アラミド)はエンジニアリング・プラスチックとして、優れた耐熱性と強度を持つことが知られています。

[用語5] iQSPR : 同グループ吉田らが開発した分子設計の機械学習アルゴリズム(Ikebata, H., Hongo, K., Isomura, T., Maezono, R. and Yoshida, R. (2017). Bayesian molecular design with a chemical language model, Journal of Computer-Aided Molecular Design, 31(4), 379–391)。実験やシミュレーションから得られるデータを用いて、物質の構造から物性の順方向の予測モデルを構築し、物性から構造の逆写像を求めて仮説物質を発生させ、所望の物性を有する埋蔵物質を炙り出すものです。確率的言語モデルに基づく構造生成器や機械学習の様々な解析技術を駆使して開発した確率推論のアルゴリズムです。

論文情報

掲載誌 :
npj Computational Materials
論文タイトル :
Machine-learning-assisted discovery of polymers with high thermal conductivity using a molecular design algorithm
著者 :
Stephen Wu, Yukiko Kondo, Masaaki Kakimoto, Bin Yang, Hironao Yamada, Isao Kuwajima, Guillaume Lambard, Kenta Hongo, Yibin Xu, Junichiro Shiomi, Christoph Schick, Junko Morikawa, Ryo Yoshida
DOI :
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お問い合わせ先

研究内容に関すること

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 統合型材料開発・情報基盤部門 情報統合型物質・材料研究拠点 物質・材料記述基盤グループ グループリーダー(大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所 ものづくりデータ科学研究センター 教授・センター長)

吉田亮

E-mail : yoshidar@ism.ac.jp
Tel : 050-5533-8534

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 統合型材料開発・情報基盤部門 情報統合型物質・材料研究拠点 伝熱制御・熱電材料グループ 特別研究員

東京工業大学 物質理工学院 材料系

森川淳子 教授

E-mail : morikawa.j.aa@m.titech.ac.jp

取材申し込み先

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室

Email : pressrelease@ml.nims.go.jp
Tel : 029-859-2026 / Fax : 029-859-2017

大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所 運営企画本部企画室 URAステーション

Email : ask-ura@ism.ac.jp
Tel : 050-5533-8580 / Fax : 041-526-4348

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


技術力の融合と強化を目指し「AGCマテリアル協働研究拠点」を設置 マテリアルソリューションを創出

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東京工業大学とAGC(エー・ジー・シー)株式会社(以下、AGC)は、「AGCマテリアル協働研究拠点」を2019年7月1日(月)に設置します。東工大すずかけ台キャンパスに約66㎡の専用スペースを確保すると共に、AGCから共同研究員を受け入れ、組織対組織の連携を進めていきます。

東工大とAGCは、これまでガラス・セラミックス・有機材料など多くの領域で共同研究を進め、優れた成果を創出してきました。

企業と東工大がこれまでの個別研究という枠組みを超え、組織同士で大型の連携を実現する新しい制度である「協働研究拠点」として、本拠点は第3号目となります。今回設置するAGCマテリアル協働研究拠点では、東工大が物質・材料を含む幅広い領域で保有する学術的知見と、AGCが培ってきた技術力を連携させ、これまでの個別研究では難しかった組織対組織の総合的な研究開発を行います。また、新研究テーマや新事業分野の創出を行うべく、東工大とAGC双方の人材から構成される新研究テーマ企画チームを設置し、研究の企画機能を担います。

本拠点設置に伴い、まずは「マルチマテリアル領域」として5つの研究室(物質理工学院 材料系の扇澤敏明研究室、工学院 機械系の轟章研究室、科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の佐藤千明研究室、工学院機械系の山本貴富喜研究室、工学院 電気電子系の廣川二郎研究室)と共同研究を開始するとともに、次の領域設置も見据えた「NEXT(ネクスト)テーマ候補」として2つの研究室(科学技術創成研究院 全固体電池研究ユニットの菅野了次研究室、物質理工学院 応用化学系の一杉太郎研究室)と共同研究を開始します。

「マルチマテリアル領域」では、AGCの保有するガラスやフッ素系材料など様々な材料を複合化・最適化することで、次世代モビリティや高速通信、エレクトロニクスなどの領域で必要となる高機能材料や革新技術・プロセスの開発を深化させ、ソリューションを創出します。一方、「NEXTテーマ候補」では、革新的・挑戦的な研究テーマについて、課題の抽出、解決、および実現に向けたコンセプト検証を行います。

東工大とAGCは、協働研究拠点の設置により研究者の密接な交流と研究開発ネットワークを構築し、新テーマ創出・開発・検証・社会実装のプロセスを効果的に進めるとともに、人材育成およびイノベーション創出に寄与することを目指します。

AGCマテリアル協働研究拠点の概要

名称 :
国立大学法人東京工業大学 オープンイノベーション機構協働研究拠点AGCマテリアル協働研究拠点
場所 :
神奈川県横浜市緑区長津田町4259
東京工業大学 すずかけ台キャンパス J3棟514号室
設置期間 :
2019年7月1日(土)~2022年6月30日(木)
研究題目 :
東京工業大学とAGCの技術力融合・強化によるマテリアルソリューションの創出
拠点長 :
中島章 物質理工学院 副学院長・教授
副拠点長 :
神谷浩樹 AGC株式会社 技術本部企画部長
代表共同研究員 :
伊勢村次秀 AGC株式会社 技術本部企画部

協働研究拠点を設置するすずかけ台キャンパスJ3棟

協働研究拠点を設置するすずかけ台キャンパスJ3棟

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

上空100 mのドローンからミリ波を用いた4K非圧縮映像のリアルタイム伝送に成功

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セコム株式会社(本社:東京都渋谷区、代表取締役社長:中山泰男)と国立大学法人東京工業大学(所在地: 東京都目黒区、学長:益 一哉)の阪口啓研究室(工学院電気電子系)は、長距離通信を可能とするミリ波無線通信装置を共同開発し、上空のドローンからリアルタイムで4K非圧縮映像を伝送することに成功しました。

ミリ波を用いた4K非圧縮映像のリアルタイム伝送に成功

セコムは、無線通信技術を活用して、ドローンで広域施設を警備するサービスの実現に取り組んでいますが、ドローンで広域を監視するには、広範囲の映像を迅速かつ正確に把握・分析するために高精細な映像をリアルタイムに配信する必要があり、それを実現するための無線通信技術が求められています。

一方、東京工業大学は、5G-MiEdgeプロジェクト※1でミリ波無線通信の研究開発に取り組んでおり、その研究成果に基づき映像伝送を対象としたミリ波無線システムの設計およびハードウェアの開発などを行ってきました。

今回着目したミリ波無線通信は、高速通信ができることから、今後5Gなどでの活用が期待されていますが、電波の減衰が大きいため通信距離が制限されるといった課題があります。

セコムと東京工業大学は、この課題を解決するためにSOFTechコンソーシアム※2の枠組みで2018年から共同での研究開発を進め、Intel社の協力の下、Intel社が開発したレンズアンテナを用いた、映像の長距離伝送が可能なミリ波無線通信装置の開発に取り組みました。

レンズアンテナは、電波を発射する角度を絞ることで到達距離を延ばすことができることから、映像の長距離伝送に適した性能を持つ一方、サイズや重量の問題からこれまでドローンへの搭載が進んでいませんでした。今回、セコムと東京工業大学は、Intel社のレンズアンテナの小型・軽量という特徴を活かし、ドローンに搭載可能なミリ波無線通信装置を用いた映像伝送システムの構築に取り組み、4K非圧縮映像のリアルタイム伝送を実現しました。従来の圧縮伝送に比べて遅延を飛躍的に短縮化することができました。

この構築した映像伝送システムの有効性を確認するために、ミリ波無線通信装置を搭載したドローンを用いて実証実験を共同で実施し、上空100 mのドローンに搭載した4Kカメラでの撮影映像を地上のアクセスポイントにリアルタイムで伝送することに成功しました。

本技術を活用することで、ドローンでの高精細映像によるスタジアム警備やインフラのモニタリングの実現など、さまざまな分野での「安全・安心」なサービスの提供が可能になります。本成果の実用に向けて、引き続き、検討を進めてまいります。

※1
5G-MiEdgeプロジェクト:総務省(戦略的情報通信研究開発事業)と欧州連合(Horizon 2020)から助成を受ける日欧連携プロジェクト(東京工業大学が研究代表機関)
※2
SOFTechコンソーシアム:JST・産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)のプロジェクトである社会活動継続技術共創コンソーシアム(東京工業大学が研究代表機関)

各組織の役割

セコム : ドローンでの広域監視を想定した映像伝送アプリケーションの開発、および実証実験による通信品質の検証

東京工業大学 : レンズアンテナを用いたミリ波無線通信装置の設計、およびハードウェアの実装

無線通信システムの概要

100 m上空のドローンに搭載した4Kカメラでの撮影映像を、小型で軽量のレンズアンテナを用いたミリ波無線通信装置を通じ、地上のアクセスポイントにリアルタイムで4K非圧縮映像を伝送する。

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お問い合わせ先

セコム株式会社 コーポレート広報部

井踏、中川

E-mail : press@secom.co.jp
Tel : 03-5775-8210

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東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

Uplift Modelingによる介入効果の最適化を実現

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概要

ソネット・メディア・ネットワークス株式会社(以下、SMN)の研究開発組織「a.i lab.」(アイラボ)は、東京工業大学工学院 経営工学系の中田和秀准教授の研究室との共同研究により、ユーザーへの介入効果を最適化するUplift Modeling手法を開発しました。

Uplift Modelingは、広告配信や投薬などのユーザーへの介入と、購買行動や予後といった結果との「因果関係」を明らかにするための研究分野です。介入による純Lift効果を予測することができれば、事前にユーザーごとに介入の純効果を見積もった上で、効率の良い介入戦略を立てることが可能となります。SMNが事業として展開する広告配信プラットフォームにおいては、広告によって購入しやすさが向上する度合いの高いユーザーのみにターゲティング配信することでROI(投資利益率)を最大化できると期待されています。

Uplift Modeling概念図

Uplift Modeling概念図

研究の背景

従来のUplift Modelingでは、広告配信を実施する集団と、広告配信を実施しない集団に、ユーザーをランダム分けた上で、それぞれの広告効果を比較するA/Bテストを行う必要がありました。従来の広告クリエイティブ(画像)などの効果比較を行うA/Bテストとは異なり、ランダムな広告配信によるA/Bテストでは、対象ユーザーへ興味のない広告配信を行うなどの必要が発生します。

この従来手法では、無駄な広告配信によるユーザー体験の悪化や、興味のある広告に触れられない機会損失が生じるため、現実的に適用は困難でした。そこで、A/Bテストを行うことなく高い精度でLift効果を予測する本手法の研究に取り組みました。

研究の内容

A/Bテストが不要なUplift Modelingの手法としては、Transformed Outcomeが知られていますが、現実的な仮定の下ではこの手法が正しいLift効果を推定できないことを示し、その欠点を解消する新たな手法であるSDRM(Switch Doubly Robust Method)とSDR-MSE(Switch Doubly Robust - Mean Squared Error)(以下、SDR-UM)を提案しました。この手法を心臓カテーテルによる生存率への影響を調査した公開データに適用したところ、治療によって生存率が高くなる患者集団を特定することに成功しました。

※ 公開データ

Right Heart Catheterization Dataouter

掲載誌 :
JAMA (J American Medical Association) 276:889-897
データ提供論文 :
The effectiveness of right heart catheterization in the initial care of critically ill patients.
著者 :
Connors AF Jr (Department of Medicine, Case Western Reserve University at MetroHealth Medical Center, Cleveland, Ohio, USA.)

Real-World Experiment

重症と診断された右心房へのカテーテル治療を行った患者の予後の生存有無が記録されている公開データセットを用いて、今回提案した手法(SDR-UM)を既存の手法と比較しました。このデータセットには、集中治療室で診断後1日以内に右心房カテーテルの治療を受けた5,735人の患者が含まれています。元々のデータセットにおいては右心房カテーテル治療を施すことによって、患者全体における平均的な生存率が減少することが知られていました。しかし、私たちが提案したUplift modelingの手法を用いることで、右心房カテーテル治療を施すことにより生存率を向上させることができる一部(20%)の患者を特定することに成功しました。これにより、右心房カテーテルの実施を個別化することができれば、全体の患者の生存率の向上に繋がると考えられます。

今後の展開

Lift効果の高いユーザーに対して、広告配信を行うことでROIを最適化するだけでなく、当該ユーザーをSMNが提供するマーケティングAIプラットフォーム「VALIS-Cockpit」(ヴァリス-コックピット)によって可視化しInsightを抽出することで、より幅広いマーケティング施策への利用を想定しております。また、本論文で医療データに対する有効性を示したように、さまざまな分野で幅広く活用できると考えております。

本共著論文(Uplift Modelingによる介入効果の最適化)は、カナダ・カルガリーで開催された「SIAM International Conference on Data Mining」(SDM19:開催期間5月2日~4日)にて発表(現地時間5月3日)を行いました。

論文情報

学会名 :
SIAM International Conference on Data Mining(SDM19)
論文タイトル :
Doubly Robust Prediction and Evaluation Methods Improve Uplift Modeling for Observational Data
著者 :
Yuto Saito,Hayato Sakata,Kazuhide Nakata
DOI :

参考情報【「a.i lab.」(アイラボ)概要】

「a.i lab.」(Ambitious Innovation Laboratory)は、独自に開発したAI「VALIS-Engine」(ヴァリス-エンジン)をはじめ、マーケティングテクノロジーに関する先進的な研究開発を行っています。「VALIS-Engine」のテクノロジーを商品やサービスに導入することで、「貰って嬉しい広告」「機会損失の最小化」の実現を目指す研究開発組織です。

ソネット・メディア・ネットワークス 会社概要

2000年3月に設立。ソニーグループで培った技術力をベースに、マーケティングテクノロジー事業を展開しています。「技術力による、顧客のマーケティング課題の解決」を実現するため、ビッグデータ処理と人工知能のテクノロジーを連携し進化を続けています。 現在、DSP「Logicad」、マーケティングAIプラットフォーム「VALIS-Cockpit」などを提供することで、マーケティングに関する様々な課題解決を実現しています。

ソネット・メディア・ネットワークス株式会社outer

記載されている会社名および商品名、サービス名は各社の商標または登録商標です。
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お問い合わせ先

ソネット・メディア・ネットワークス株式会社

経営企画管理部 経営企画課

E-mail : pr@so-netmedia.jp
Tel : 03-5435-7944 / Fax : 03-5435-7944

東京工業大学 工学院 経営工学系

准教授 中田和秀

E-mail : nakata.k.ac@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3321 / Fax : 03-5734-3321

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植物の酸化還元状態をリアルタイムで検知 チオレドキシンの酸化還元状態変化のセンサーを開発

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要点

  • タンパク質の酸化還元によって起こる構造変化を利用
  • 蛍光が変化する新たな酸化還元タンパク質プローブの開発に成功
  • 植物機能制御の鍵タンパク質であるチオレドキシンの状態変化検出が可能に

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の杉浦一徳研究員(研究当時。現職 大阪大学 産業科学研究所 生体分子機能科学研究分野 特任研究員)と久堀徹教授らは緑色植物葉緑体内の酸化還元制御機構[用語1]の鍵タンパク質であるチオレドキシン[用語2]の酸化還元状態をリアルタイムにモニターできる蛍光タンパク質センサーCROST(Change in redox state of thioredoxin)[用語3]を開発し、明暗条件の変化により植物体内でチオレドキシンの酸化還元が変化する様子を捉えることに成功した。

チオレドキシンが光合成の電子伝達系から還元力を受け取ると、分子表面の2個のシステインのチオール基[用語4]が還元状態になる。還元型チオレドキシンが葉緑体内の様々な酵素分子を標的として働き、酵素分子が持っているジスルフィド結合[用語5]を還元する。還元された酵素分子は構造変化を起こし、通常活性型になる。こうしてチオレドキシンは光合成が始まるのに対応して、葉緑体内の様々な酵素分子の活性を制御する因子として働く。このため、チオレドキシンがいつどのくらい還元されるかを調べることは、葉緑体の機能制御のメカニズムを探る大切な情報となる。

これまでチオレドキシンの状態を調べるには、葉を瞬間凍結して組織の中のタンパク質分子の状態を化学的に調べる方法が一般的だった。しかし、電子移動は瞬時に起こるため、タンパク質の細胞内の動態を探るにはリアルタイムに酸化や還元状態を探る方法が不可欠だった。

研究成果は6月20日付け、アメリカ分子生物学生化学会誌「Journal of Biological Chemistry(バイオロジカル・ケミストリー)」に掲載された。

研究の背景

チオレドキシンは生体内の酸化還元状態を利用して様々な生体分子を調節する非常に重要なタンパク質で、動植物、細菌などほとんど全ての生物が持っている。中でも、植物の光合成の場である葉緑体に局在しているチオレドキシンは、光合成反応の調節を行う重要な役割を担っていることが知られている。

光合成では、光エネルギーを化学エネルギーに変換する重要なエネルギー変換プロセス(光エネルギー変換過程)と、二酸化炭素を有機物に変換する化学合成プロセスとを協調的に働かせるために、酵素の活性をうまくコントロールすることが不可欠となる。そのために植物が獲得した方法が、光エネルギー変換過程で水の分解によって生じる還元力そのものを利用して、タンパク質を還元して活性調節するという方法である。この時に生じる多くの還元力は二酸化炭素の還元に用いられ、糖が合成されるが、チオレドキシンは一部の還元力をこの糖の合成を触媒している酵素分子そのものの還元に利用し、その活性を調節する。

したがって、植物体内ではチオレドキシンの酸化還元状態が、植物の機能制御を理解するうえで欠かせない重要な情報といえる。これまで、チオレドキシンの酸化還元状態を調べる方法は化学修飾によるものが一般的で、リアルタイムにタンパク質の状態を観察する方法はなかった。

研究成果

葉緑体内には、チオレドキシンによって還元されることで大きく構造が変化するCP12というタンパク質がある。CP12は還元状態では伸びた構造と考えられているが、分子内に二組のジスルフィド結合を形成することができるため、酸化されるとこのジスルフィド結合によって分子の形が大きく変わると予想される。杉浦研究員らはこの性質に着目し、チオレドキシンの酸化還元状態の変化を検出できないかと考えた。

今回開発した蛍光タンパク質センサーCROSTは、このCP12の一部を切り取って二つの蛍光タンパク質の間に挟み込んだものである。まずCP12の半分を利用して酸化還元で構造が変化するタンパク質部品を作り、この部品の両側に長波長側に蛍光を発するYFP[用語6]と短波長側に蛍光を発するCFPをそれぞれ結合する。この融合分子では、CP12断片の酸化還元状態が変化するとYFPとCFPの分子間距離が変わり、酸化還元状態の変化を蛍光のエネルギー共鳴移動効率の変化として検出することができる(図1、図2)。CP12部分の酸化還元は、チオレドキシンの酸化還元状態の変化に呼応して速やかに起こるので、CROSTを用いることでチオレドキシンの酸化還元状態を蛍光測定によってモニターすることが可能になった。

図1. 開発したチオレドキシン酸化還元センサーの酸化還元による構造変化

図1. 開発したチオレドキシン酸化還元センサーの酸化還元による構造変化

このCROST分子を実際に緑色植物シロイヌナズナの葉の葉緑体内に発現して明暗条件を変えると、光のオンオフによってCROST分子に由来する蛍光の変化を捉えることに成功した(図3)。この変化は、光が当たると葉緑体内でチオレドキシンが還元され、暗所に戻すと酸化されることに対応している。

このセンサーの開発によって、植物の葉緑体内がどのような環境の時にチオレドキシンが還元され、酵素分子の活性化が起こるのかを経時的に調べることが可能になった。今後は、光だけでなく様々な環境の変化に対して、葉緑体の代謝系酵素の活性制御を行うチオレドキシンがどのようにスイッチのオンオフを行うのかを解析できるようになると期待される。

図2. f型チオレドキシンによるCROSTの還元と蛍光強度変化
図2. f型チオレドキシンによるCROSTの還元と蛍光強度変化

図3. シロイヌナズナ緑葉中のCROSTの明暗条件による蛍光変化
図3. シロイヌナズナ緑葉中のCROSTの明暗条件による蛍光変化

今後の展開

近年の研究により、植物の葉緑体内では様々な代謝系の酵素分子が明暗条件の変化に応答して、還元されたり酸化されたりすることで、その活性を変化させていることがわかってきた。明暗によるタンパク質の状態変化の研究は、単純に光をオンオフすることで達成される明条件と暗条件の比較によって行われているが、自然界での光環境の変動はそれほど単純ではない。

夜明けと日暮れ時には、次第に明るくなる、暗くなるということが起こるし、日中でも木陰では光強度が常に揺らいでいる。このように時々刻々と変化する光条件下で、葉緑体内のタンパク質の酸化還元状態がどのように変化するのかを知ることは、酵素の調節がどのように行われるかを調べるための極めて重要な情報になる。

今後、この新たな蛍光センサーを利用して光環境の変動とタンパク質の酸化還元状態の変動、さらに光合成活性の変動の関連を調べれば、将来、植物を利用した高効率の物質生産の研究などにもつながる知見が得られるものと期待される。

本研究は、科学研究費補助金・新学術領域研究「新光合成」(計画班代表:久堀徹教授)の支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] 酸化還元制御機構 : 生体内の酸化還元状態に応じて、タンパク質分子の持っているジスルフィド結合の形成・開裂などを制御することにより、そのタンパク質の酵素活性を調節する分子機構。タンパク質の翻訳後修飾のひとつ。

[用語2] チオレドキシン(Trx) : ほとんどすべての生物が普遍的に持っている、酸化還元制御に中心的な役割を果たす酸化還元タンパク質。-WCGPC-(-Trp-Cys-Gly-Pro-Cys-)というよく保存された活性部位モチーフを持ち、この2つのCys(システイン)のチオール基の酸化還元によって還元力伝達を行う。

[用語3] 蛍光タンパク質センサーCROST(Change in redox state of thioredoxin) : 本研究で新たに作成したチオレドキシンの酸化還元状態の変化を蛍光変化としてモニターできるようにしたセンサータンパク質。

[用語4] システインのチオール基 : システインというアミノ酸の側鎖。SH基とも呼ばれ、反応性が高くタンパク質の機能に重要な役割を果たすことが多い。

[用語5] ジスルフィド結合 : システインのチオール基同士が酸化条件で形成する共有結合のこと。硫黄原子同士の結合であるため、SS結合とも呼ばれる。

[用語6] YFP/CFP : GFP(緑色蛍光タンパク質)の変異体。YFPは黄色の、CFPはシアン色の蛍光を発する。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Biological Chemistry
論文タイトル :
The thioredoxin (Trx) redox-state sensor protein can visualize Trx activities in the light-dark response in chloroplasts
著者 :
Sugiura K, Yokochi Y, Fu N, Fukaya Y, Yoshida K, Mihara S, Hisabori T
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

教授 久堀徹

E-mail : thisabor@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5234 / Fax : 045-924-5268

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

放射線による皮膚への影響を解明 皮膚の防護剤や疾患の治療薬、化粧品の開発などに道

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要点

  • ヒトiPS細胞から作製した皮膚ケラチノサイトの放射線応答の分子機構を解明
  • 幹細胞、前駆細胞などの分化度の違いによる放射線応答の違いが明確に
  • がんや老化のメカニズム解明など様々な分野への波及効果が期待される

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所の島田幹男助教と松本義久准教授、大学院総合理工学研究科の三宅智子大学院生、科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の沖野晃俊准教授らの研究グループは、iPS細胞から皮膚ケラチノサイト[用語1]を作製し、皮膚における放射線の生体影響[用語2]を明らかにした。iPS細胞から作製した皮膚ケラチノサイトにおける基礎的な放射線応答を解析した最初の例であり、がんや老化のメカニズム解明だけでなく、放射線治療における皮膚防護剤や皮膚疾患の治療薬、化粧品の開発などにも役立つことから、様々な分野への波及効果が期待される。

生体では常に内因性、外因性のストレスによりデオキシリボ核酸(DNA)損傷が生じているが、それらは生体に備わっているDNA修復機構によって修復される。修復しきれなかった損傷は蓄積し、細胞のがん化、老化につながる。特に皮膚表皮においては、表皮基底層に存在する幹細胞、前駆細胞[用語3]が放射線による影響を受けやすいとされる。今回の研究はiPS細胞から作製した皮膚ケラチノサイトを用いて幹細胞、前駆細胞などの分化度の違いによる放射線応答の違いを明らかにした。

研究はタカラベルモント株式会社と共同で実施し、研究成果は米国放射線腫瘍学会誌「International Journal of Radiation Oncology Biology Physics」電子版に5月11日に掲載された。

研究の背景

生体では細胞内代謝により発生する活性酸素などの内的要因や紫外線、放射線などの外的要因により、常に細胞内DNAに損傷が生じている。その損傷は生体に本来備わっているDNA修復機構によって直ちに修復されるが、稀に修復しきれなかった損傷が細胞内に蓄積することにより、細胞のがん化や老化につながると考えられている。

皮膚や筋肉、骨など身体を構成する体細胞の元になる幹細胞にDNA損傷が蓄積すると、細胞減少や細胞機能低下につながり、様々な老化現象を引き起こす。例えば、皮膚付属器官である毛包組織[用語4]においてDNA損傷により幹細胞が枯渇すると白髪、薄毛などの老化現象にいたる。

これまでヒト皮膚由来ケラチノサイトの放射線に対するDNA損傷応答[用語5]に関する報告は少なかった。そこで今回の研究ではヒトiPS細胞からケラチノサイトを作製し、幹細胞から前駆細胞まで分化レベルの異なる細胞のDNA損傷応答を比較した。また、実際の皮膚に近い三次元細胞培養[用語6]実験系を用いて放射線応答を解析した。

図1. 皮膚の構造とそれらを模した三次元細胞培養の概略

図1. 皮膚の構造とそれらを模した三次元細胞培養の概略

皮膚の表面は表皮層と真皮層で構成されており、表皮層はさらに角質層、顆粒層、有棘層、基底層から成り立っている。今回の研究では表皮層を再構築するために、皮膚線維芽細胞とiPS細胞由来皮膚ケラチノサイトを用いて三次元培養皮膚モデルを作製した。K14とK10はケラチノサイトの分子マーカーを示している。

研究成果

ヒト皮膚線維芽細胞から作製したiPS細胞を皮膚ケラチノサイトに分化誘導させ、線維芽細胞[用語7]、iPS細胞、iPS細胞由来皮膚ケラチノサイトにおける放射線照射時のDNA損傷応答の違いを解析した。iPS細胞は線維芽細胞、ケラチノサイトに比べて、放射線に対する感受性が高く、死にやすい性質を持っていることが明らかになった。

DNA修復は多くのタンパク質が関与するが、クロマチン[用語8]内のヒストンH2AX[用語9]のリン酸化などを指標に解析を行った。iPS細胞ではリン酸化H2AXを持つ細胞が放射線照射8時間経過後も20%弱残っていたのに対し、継代[用語10]1回後のケラチノサイトでは5%以下になっていた。

皮膚ケラチノサイトは、継代を重ねるごとにDNA損傷修復速度に遅延がみられた。継代数が少ない細胞は幹細胞に近い性質を持っており、放射線照射により細胞生存率が低下し、プログラムされた細胞死であるアポトーシスの比率が増加したが、継代数の増加に伴い放射線に対して抵抗性を示すことがわかった。

以上の結果より、iPS細胞は未分化の細胞であり、DNAが少しでも損傷した細胞ではアポトーシスによる細胞死を誘導するなど、DNA損傷が残存することを防ぐ機構が備わっていると考えられた。それに対して、成熟したケラチノサイトではDNA損傷が修復される速度と割合が減少していた。ケラチノサイトは成熟すると細胞核が消失し、角質層を形成し、物理的な刺激から体を守るという役割を担っている。成熟したケラチノサイトはいずれ核が消失する運命にあるためにDNA損傷を修復する機能が低下しても問題ないと考えられる。

図2. iPS細胞とケラチノサイトでの放射線応答の違い

図2. iPS細胞とケラチノサイトでの放射線応答の違い

iPS細胞では、少しでもDNA損傷が残存するとアポトーシスによる細胞死を誘導する等の応答により、DNA損傷が蓄積することを防ぐが、成熟したケラチノサイトではDNA損傷を修復する機能が低下している。iPS細胞は未分化な細胞であり、DNA損傷を子孫に残さないために、厳密な制御が行われているが、成熟したケラチノサイトは、さらに分化し角質細胞となり、剥がれ落ちる運命にあるため、放射線応答の違いが生じている。

図3. 皮膚三次元細胞培養と放射線応答

図3. 皮膚三次元細胞培養と放射線応答

ヒトiPS細胞由来ケラチノサイトと正常ヒト表皮ケラチノサイトから作製した三次元細胞培養モデル。K14はケラチノサイトのマーカー、53BP1はDNA損傷マーカー。それぞれ放射線(ガンマ線)2Gy照射後、免疫染色法によりK14、53BP1の抗体で染色した。放射線照射後、それぞれの細胞で53BP1がドット状になっていることがわかる(白矢印)。ドット状はフォーカスと呼ばれ、DNA損傷が生じていることを示している。

今後の展開

ヒトの皮膚に対する放射線影響は不明な点がまだまだ残されている。本研究で確立した実験系を用いてDNA損傷だけでなく、放射線が細胞内応答や細胞間応答に与える影響の解明に貢献することが期待される。

用語説明

[用語1] 皮膚ケラチノサイト : 皮膚角化細胞ともいう。表皮に存在する細胞の95%を占める。表皮の外層はケラチノサイトの角化(脱核)により形成され、皮膚の最外層として直接外部に接触しており、物理的な刺激から体を守る重要な部位である。

[用語2] 放射線の生体影響 : ガンマ線やX線は直接的および間接的に細胞内DNA に損傷を与える。直接的には放射線のエネルギーによりDNA鎖を切断し、間接的には細胞内の水分子を励起し、反応性の高いフリーラジカルがDNA鎖に損傷を与える。

[用語3] 幹細胞、前駆細胞 : 幹細胞は自己複製能と様々な細胞に分化する能力(多分化能)を持つ特殊な細胞。この2つの能力により発生や組織の再生などを担う細胞と考えられている。幹細胞は幾つかに分類され、主に胚性幹細胞(ES細胞)、成体幹細胞、iPS細胞などがあげられる。前駆細胞は幹細胞から特定の体細胞や生殖細胞に分化する途中の段階にある細胞。

[用語4] 毛包組織 : 毛根を包む組織。毛根を保護し、毛の伸長の通路となる。上皮性毛包、硝子膜、結合組織性毛包から成る。毛包上部には脂腺が開口し、皮脂を分泌して、皮膚や毛の表面をなめらかにし、保湿する。

[用語5] DNA損傷応答 : 放射線などにより細胞内のゲノムDNAは損傷をうける。これに対して生体はDNA損傷応答機構というDNA損傷を効率的に修復する防御機構を有している。これには様々なタンパク質が関与しており、H2AXや53BP1もそれらに含まれる。

[用語6] 三次元細胞培養 : 近年の培養技術の発達およびiPS細胞などの再生医学の進歩により試験管内で様々な臓器の立体構造が再現できるようになってきた。これまでは試験管内で単層培養が主流であったが、立体的な培養をすることにより異なる細胞間同士の分子ネットワークの解明が進んでいる他、薬剤試験などに利用されている。

[用語7] 線維芽細胞 : 肌のハリや弾力のもととなるコラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸を作り出す細胞。線維芽細胞が活発に働いている間はコラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸の新陳代謝がスムーズに行われ、ハリと弾力のある瑞々しい肌を保っているが、老化や紫外線などのダメージにより、線維芽細胞が衰えて働かなくなると、新陳代謝は鈍り、コラーゲンやエラスチンが変性することで弾力を失い、ヒアルロン酸が失われることで水分が減少していく。

[用語8] クロマチン : 細胞の核内にあるDNAとタンパク質の複合体。タンパク質であるヒストンにDNAが巻きついたヌクレオソームが集まった状態。

[用語9] ヒストンH2AX : ヒストンは、タンパク質であるH2A、H2B、H3、H4が2分子ずつ集まった8量体である。このH2AのバリアントがH2AXであり、DNA損傷時にH2AXの139番目のセリンがリン酸化される。

[用語10] 継代 : 細胞の培養系から培地を取り除き、新しい培地に細胞を移す作業。

論文情報

掲載誌 :
International Journal of Radiation Oncology, Biology, Physics
論文タイトル :
DNA damage response after ionizing radiation exposure in skin keratinocytes derived from Human-Induced Pluripotent Stem Cells(iPS細胞由来皮膚ケラチノサイトにおける放射線照射後のDNA損傷応答)
著者 :
Tomoko Miyake, Mikio Shimada, Yoshihisa Matsumoto, Akitoshi Okino
DOI :

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“究極の対物レンズ”の設計に成功

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要点

  • 極限環境への耐性、広視野、高開口数、すべての収差の補正を並立
  • 成功の鍵は、対物レンズ設計では非主流の反射光学系
  • 生命現象の光イメージングに道筋をつける新技術

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の虎谷泰靖大学院生(当時)、藤原正規研究員(当時)、石井啓暉大学院生、石田啓太大学院生、古林琢大学院生、松下道雄准教授、藤芳暁助教の研究グループは、高い開口数[用語1]でありながらすべての収差[用語2]を補正した対物鏡「虎藤鏡=TORA-FUJI mirror」の設計に成功した。虎藤鏡では、一つ前の世代の対物鏡[用語3]で達成した1.耐環境性能、2.高開口数、3.完全な色消し[用語4]を維持しながら、新たに4.全ての単色収差[用語5]に対する補正を加えることにより、5.広視野を確保し、究極の性能が実現している。虎藤鏡の製作は難航していたが、試作と再設計を繰り返すことで完成に近づいている。

同研究グループは2017年、クライオ蛍光顕微鏡[用語6]を開発し、色素1分子の三次元位置を1ナノメートル(1千万分の1 cm=1 nm)の精度で決定することに成功した。この顕微鏡の視野は数ミクロンと細胞のサイズよりも1桁小さいため、生体系への応用が困難であった。そこで、当時修士課程学生だった虎谷氏が新しい対物鏡の設計に取り組んだ。その結果、優れた光学性能を維持したまま、視野を面積比で600倍に広げることで、生物系の観察に適した「虎藤鏡」の設計に成功した。この成功の鍵は、対物レンズの設計では非主流の反射光学系[用語7]を用いたことによる。

研究成果は2019年7月15日(米国時間)に米国物理学協会誌「Applied Physics Letters(アプライド・フィジックス・レターズ)」のオンライン速報版で公開された。

研究の背景と成果

これまで分子生物学では、主に1個ないし少数の分子の立体構造を観察することで、生命の理解を深めてきた。この研究をさらに進めるためには、細胞内部の系全体を俯瞰することが大切である。なぜならば、生体機能は複数の分子が関与する多段階の現象が、ある方向性を持って進むことで発現しているからである。しかし、現在の技術では、細胞内部を分子レベルで観察することは不可能であり、もちろん、このような複数の分子のマクロな集合状態を可視化することはできなかった。そこで、同研究グループは15年間にわたり、このようなイメージングを実現できる極低温に冷却した試料の蛍光顕微鏡(クライオ蛍光顕微鏡)を独自開発してきた。その結果、2017年、色素1分子の三次元位置を1ナノメートルの空間精度で決定することに成功した。

次の目標は生体系への応用であり、これを可能にするのが「虎藤鏡」である。優れた耐環境性能(極低温~室温までのあらゆる温度、強磁場)、高い開口数(0.93)、広い視野(視野直径72 μm)、すべての収差(単色収差、色収差)の補正を並立させた極低温用反射対物レンズ「虎藤鏡」の設計に成功した。同研究グループでは、試作した虎藤鏡を用いて生体系の研究が進行中である。

「虎藤鏡」の名前は、究極のデザインを突き止めた虎谷泰靖氏と、最終図面を書いた藤原正規博士から名付けた。

研究の経緯

クライオ蛍光顕微鏡による高空間精度の観察が可能になったのは、サブオングストロームの機械的安定性と高い解像度の両立である。これを実現したのが、極低温で動作する反射型対物レンズ「クライオ対物鏡」だ。クライオ対物鏡は極低温に冷やしても室温と変わらない性能を発揮するデザインになっている。そこで、試料とクライオ対物鏡を剛性が高い一体成形のホルダーに取り付け、共に超流動ヘリウム中に浸している。

このような一体配置を用いることで、サブオングストロームの機械的安定性を確保した。さらに、クライオ対物鏡の光学性能(開口数)を極限まで高めることで、高い解像度を実現している。図1は歴代のクライオ対物鏡の写真である。初代のクライオ対物鏡(キム鏡、2005年)から数えて、虎藤鏡は九代目になる。ここまで14年かかった。

歴代のクライオ対物鏡の写真。左上の数字が世代数を表している。それぞれのクライオ対物鏡は、開発した学生、研究者の名前から1.キム鏡、2.藤原キム鏡Ⅰ、3.藤原キム鏡Ⅱ、4.藤原鏡、5.藤原蛍石鏡Ⅰ、6.藤原蛍石鏡Ⅱ、7.藤原非球面鏡、8.稲川鏡、9.虎藤鏡と呼んでいる。スケールバーは15 mm。
図1.
歴代のクライオ対物鏡の写真。左上の数字が世代数を表している。それぞれのクライオ対物鏡は、開発した学生、研究者の名前から1.キム鏡、2.藤原キム鏡Ⅰ、3.藤原キム鏡Ⅱ、4.藤原鏡、5.藤原蛍石鏡Ⅰ、6.藤原蛍石鏡Ⅱ、7.藤原非球面鏡、8.稲川鏡、9.虎藤鏡と呼んでいる。スケールバーは15 mm。

虎藤鏡の光学配置を図2に示す。虎藤鏡は球面鏡と非球面鏡からなる反射型の対物レンズである。球面鏡と非球面鏡を1個の石英ガラスの表面にアルミをコートすることで一体成形しているので、1.優れた耐環境性能(極低温から室温までの広い温度領域および強磁場での使用)と2.完全な色消し性能を実現している。さらに、非球面鏡を用いることで設計の幅が広がり、3.高開口数を維持しながら、4.全ての単色収差を補正し、5.広視野を確保している。一世代前の稲川鏡では4と5が課題として残っていた。同研究グループは設計を一からやり直し、1~5までのすべての要件を満たす虎藤鏡の設計に成功した。虎藤鏡は非球面と球面を用いた複雑な構造であるのに加えて研磨公差が厳しく、製作は難航していたが、試作と再設計を繰り返すことで完成に近づいている。

虎藤鏡の光学配置と5つの特長

図2. 虎藤鏡の光学配置と5つの特長

今後の展開

近い将来、この虎藤鏡によって、前人未踏の生命現象の分子レベル可視化が実現すると考えている。ここから得られるナノレベル空間情報は、これまで人類が蓄積してきた膨大な生命科学の情報をつなげる役割をすると考えられる。そこから、生物に対する理解が一気に進み、多くの生命の謎が解けてくるはずである。

用語説明

[用語1] 開口数 : レンズの性能を表す値。空気中では1が限界であり、大きければ大きいほどレンズの解像度、光を集める効率が上がる。

[用語2] 収差 : 理想的な結像からのズレのこと。

[用語3] 対物鏡 : 鏡で構成される対物レンズ。一般には鏡の数は2枚。

[用語4] 色消し : 色による収差「色収差」の補正のこと。色収差がある集光系では、色(波長)の違いによって画像がぼける。

[用語5] 単色収差 : 単色でも起こる収差のこと。この収差があると、画像の品質が悪くなったり、視野が狭くなったりする。

[用語6] クライオ蛍光顕微鏡 : 極低温に冷やした試料からの蛍光を観察する顕微鏡。極低温下では分子の動きが完全に止めることができるため、高解像度な観察が可能になる。また、蛍光顕微鏡は1分子観察や厚みのある試料の観察が出来るので、生体試料への相性がとても良い。このため、クライオ蛍光顕微鏡は、生体内部にある個々の分子の空間情報をナノレベルで観察できる可能性を持っている。

[用語7] 反射光学系 : 鏡だけで構成された光学系。一般に対物レンズは複数のレンズを組み合わせた構成になっており、レンズの屈折を利用して光を集める。これに対して、反射光学系では、鏡を利用して光を集める。高精度な望遠鏡では主流な方法であるのに対して、顕微鏡の対物レンズでは非主流である。非主流である反射光学系から究極の性能の対物レンズのデザインが発見されたことはとても興味深い。

論文情報

掲載誌 :
Applied Physics Letters
論文タイトル :
Aberration corrected cryogenic objective mirror with a 0.93 numerical aperture
著者 :
藤原正規、石井啓暉、石田啓太、虎谷泰靖、古林 琢、松下道雄、藤芳 暁
DOI :

謝辞

本研究は「JST/CREST 統合1細胞解析のための革新的技術基盤、研究総括:菅野 純夫」(研究課題名「超解像3次元ライブイメージングによるゲノムDNAの構造、エピゲノム状態、転写因子動態の経時的計測と操作」、研究代表者:岡田 康志)および「JST/さきがけ 統合1細胞解析のための革新的技術基盤、研究総括 浜地 格)」(研究課題名「細胞内部を観る分子解像度の三次元蛍光顕微鏡」、研究代表者:藤芳 暁)、科学研究費補助金(16H04094と18K19054)の支援を受けて実施した。

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お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 物理学系

助教 藤芳暁

E-mail : fujiyoshi@phys.titech.ac.jp

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地熱や工場廃熱などの熱源に置くだけ埋めるだけ! 熱エネルギーで直接発電する“増感型熱利用発電”を開発 石油資源に依存せず、天候にも左右されにくい電気エネルギー生成方法で、エネルギー問題の解決に向け一歩前進

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要点

  • 熱源から発生する熱エネルギーで直接発電する“増感型熱利用発電”の開発に成功した。
  • この“増感型熱利用発電”は、色素増感型太陽電池における光エネルギーを使って電子を励起する光励起を、熱エネルギーによる電子の熱励起に置き変えることで達成した。
  • 地熱や工場廃熱などの熱源に置くだけ、埋めるだけで発電する。しかも、発電は40℃~80℃と身近にあふれる温度で成功。
  • 発電終了後、熱源の下に放置しておくと、発電性能が復活する。
  • シート状のスタイリッシュな形状で実現。

“増感型熱利用発電”模式図。色素増感型太陽電池では、光エネルギーによって電子が励起されるが(光励起)、増感型熱利用発電では、熱エネルギーにより電子を励起(熱励起)し、発電する。

“増感型熱利用発電”模式図。色素増感型太陽電池では、光エネルギーによって電子が励起されるが(光励起)、増感型熱利用発電では、熱エネルギーにより電子を励起(熱励起)し、発電する。

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の松下祥子准教授および三櫻工業株式会社は、熱源に置いておけば発電し、発電終了後そのまま熱源に放置すれば発電能力が復活する、増感型熱利用電池の開発に成功した。

太陽電池では光エネルギーにより生成した電子を利用するが、この電池では熱エネルギーにより生成した電子を利用する。通常、熱により生成した電子だけでは発電は生じない。熱だけの場合、半導体の中で電子は安定し、電子は移動せず電流生成に至らない。そこで、松下准教授は、熱により生成した電子と、酸化還元の化学反応を組み合わせることで発電させることに成功した。さらに、熱下でのイオンの移動を電解質内で制御することで、発電終了後そのまま熱を与え続けるだけで発電能力を復活させることができた。すなわち、本発電装置によって、熱源に埋めて、回路のスイッチをオンオフするだけで、熱エネルギーにより直接発電することが可能となった。

特に、今回、半導体として狭いバンドギャップを持つゲルマニウム(トーニック製)を使用することで、発電温度を80℃以下にまで下げることに成功。発電は40℃~80℃と身近にあふれる温度で確認されており、今後IoTセンサ用電池からクリーンで安全な地熱利用発電所の構築、そしてCO2排出量の削減、エネルギー問題の解決などに資する成果である。この成果は、2019年6月20日に英国の科学誌「Journal of Materials Chemistry A」オンライン版に掲載された。

背景

安全・安心でクリーンな熱エネルギーの有効利用が強く望まれている。中でも我が国の年間排出量76%を占める200℃以下の排熱(NEDO 2019年3月「産業分野の排熱実態調査 報告書」表8より)の有効利用は我が国の急務と言える。

通常、熱を使った発電では、地下水を水蒸気化しタービンを回す地熱発電や温度差を利用して発電するゼーベック型熱電などで発電していた。その際、エネルギー変換効率向上が課題となっており、熱エネルギーで、そのまま直接発電が可能となる技術開発が待たれていた。

研究の経緯

松下祥子准教授は、色素増感型太陽電池と呼ばれる化学系太陽電池[用語1]に着目した。色素増感型太陽電池は、色素内の光励起電荷[用語2]により電解液のイオンを酸化・還元して発電する、薄くて軽いシート状の太陽電池である。この色素内の光励起電荷を半導体の熱励起電荷に変えれば、温めるだけで発電する電池ができると予想した。また、このような熱エネルギー変換が可能ならば、冷却部不要で、熱源にデバイスを埋めて電気を得る、新しい熱エネルギー変換系の構築が可能ではないかと思いつき、熱励起電荷によるイオンの酸化・還元反応を確認した(特願2015-175037, Mater. Horiz., 2017, 4, 649–656 )。ただしこの時、発電温度は600℃であり、発電がどのように終了するのかも不明であった。

今回、松下祥子准教授ならびに三櫻工業株式会社は、半導体として狭いバンドギャップを持つゲルマニウム(トーニック製)を使用することで発電温度を80℃まで下げることに成功し、発電終了のメカニズムを明らかにした。さらには熱エネルギーにより電解質内でイオンが拡散することを利用し、発電能力を復活させることに成功した。

研究成果

今回作製した電池(サイズ約2 cm×1.5 cm、2 mm厚、重さ1.6 g、図1a)を80℃に設定した恒温槽中に設置すると、開放電圧0.37 V 、短絡電流3 μA/cm2の発電が確認された(図1b)。本電池を直列につなぐと液晶ディスプレイが点灯した。短絡電流値は高温ほど大きくなった。

80℃内での100 nAの連続放電テストでは、70時間以上の継続放電が確認された。放電終了後、そのまま80℃の恒温槽に10時間ほど放置しておくと発電性能が復活し、再び数時間程度発電した(図2)。この再放電時間は、放置時間が長くなるほど伸びた。このような放電終了・再放電サイクルは少なくとも25回以上安定して確認された。

増感型熱利用電池外観(a)とその発電性能(b)。薄くスタイリッシュで熱により発電する。

図1. 増感型熱利用電池外観(a)とその発電性能(b)。薄くスタイリッシュで熱により発電する。

“青線は発電時の、オレンジはスイッチを切った時の開放電圧値。スイッチを切ると電圧が戻り、再び発電する。

図2. 青線は発電時の、オレンジはスイッチを切った時の開放電圧値。スイッチを切ると電圧が戻り、再び発電する。

今後の展開

今後、より安価な原料の探索、ならびにroll-to-rollに組み込める作製プロセスの検討を行い、まずはIoTセンサ用電池としての社会実装を目指し、発電能力・耐久性の向上に取り組む。

地熱や工場廃熱などの熱源に置くだけ埋めるだけ! 熱エネルギーで直接発電する“増感型熱利用発電”を開発

用語説明

[用語1] 化学系太陽電池 : イオンの酸化還元反応といった化学反応を利用した太陽電池。

[用語2] 励起電荷 : 外部からエネルギーを受けて、通常より大きなエネルギーを持つようになった電子及び正孔。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Materials Chemistry A
論文タイトル :
A sensitized thermal cell recovered using heat
著者 :
Sachiko Matsushita*, Takuma Araki, Biao Mei, Seiya Sugawara, Yuri Inagawa, Junya Nishiyama, Toshihiro Isobe and Akira Nakajima
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 材料系

松下祥子 准教授

E-mail : matsushita.s.ab@m.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2525 / Fax : 03-5734-3355

三櫻工業株式会社 新事業開発室

E-mail : thermal@sanoh.com

Tel : 03-5793-8412

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生細胞イメージングのための新しい分子ツールを開発

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要点

  • 細胞内の目的タンパク質に特定の抗体を融合させる「エピトープタグ」技術には、生細胞に用いることができないという問題があった。
  • 遺伝子コード型の抗体プローブ「Frankenbody」を開発し、生細胞でのエピトープタグ検出を実現。
  • 目的タンパク質を即時に可視化でき、タンパク質やRNA翻訳動態のイメージングへの広い活用を期待。

概要

コロラド州立大学のTimothy Stasevich(ティモシー・スタセビッチ)助教授(東京工業大学 科学技術創成研究院 WRHI[用語1] 特任准教授)の研究グループと東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの木村宏教授の研究グループ(上條航汰元大学院生、小田春佳学術振興会特別研究員、佐藤優子助教)の共同研究により、エピトープタグを生細胞において検出することができる、遺伝子コード型の抗体プローブ「Frankenbody(フランケンボディ)」が開発されました。

抗体が抗原表面のエピトープに結合するしくみを利用した「エピトープタグ」技術は、細胞内の様々なタンパク質の解析などに使われていますが、生きた細胞に用いることができないのが課題でした。今回開発された抗体プローブ「Frankenbody」は、生細胞に対してもエピトープタグ技術を利用することを可能にしました。目的タンパク質を直接標識する緑色蛍光タンパク質(GFP)では、蛍光を発するまで時間がかかりますが、Frankenbodyを使ったエピトープタグでは、目的タンパク質を即時に可視化することができます。

Frankenbodyはコスト面でも優れており、タンパク質やRNA動態のイメージングへの幅広い活用が期待されます。研究グループは今後、生細胞イメージングのツールとして用いることができる他の細胞内抗体の開発を目指しています。

この成果は2019年7月3日付でNature Communications誌に掲載されました。

研究の背景

抗体は、体内に侵入した病原を異物として検出する生体分子で、抗原(異物に含まれるタンパク質など)の表面に存在するエピトープと呼ばれる特異的な標的に結合することで機能します。抗体とエピトープは鍵と鍵穴のような関係にあると言えます。

このしくみを応用して、細胞内の様々なタンパク質に既知のエピトープを融合させ、そのエピトープと特異的に結合する抗体を用いてタンパク質を解析する「エピトープタグ」という技術が、自然科学の分野で広く用いられています。しかし、エピトープタグ技術を用いて細胞内のタンパク質の局在場所を検出するためには、細胞を化学的に固定する必要があり、生細胞内でのタンパク質動態解析[用語2]に適応できないのが課題でした。しかし、今回新たに開発された抗体プローブ[用語3]「Frankenbody」を細胞に発現させることにより、生きたままの細胞でエピトーブタグを融合したタンパク質を観察することが可能となりました。

研究成果

今回研究グループは、多くの研究者が簡便に利用できるよう、HAエピトープを標的とする、遺伝子コード型[用語4]の抗体プローブ「Frankenbody」を開発しました。ヒトインフルエンザウイルスタンパク質であるヘマグルチニン由来のHAエピトープは、9個のアミノ酸残基からなり、小さいために目的タンパク質の活性を阻害しにくいことから、これまでに広く用いられてきました(一方、緑色蛍光タンパク質(GFP)は、200個以上のアミノ酸残基から構成されており、その大きさはHAエピトープの20倍以上です)。しかしながら多くの場合、HAエピトープを結合したタンパク質は固定した細胞内においてのみ観察が可能でした。Frankenbodyを用いることで、HAエピトープを付加したタンパク質のダイナミクスを、生細胞において可視化することが可能になりました。

論文筆頭著者であり、研究の遂行に中心的な役割を果たしたStasevich研究グループの趙寧(Ning Zhao(ニン・ザオ))博士研究員は、この抗体プローブの名前の由来について、「Frankenbodyは、まるで体に新しい手足をつなぎ合わせるように、抗体の標的を特異的に認識する部位を、別の抗体の骨格に移植することで作製されました。これにより抗体の特異性を保ちながら、生細胞において機能できる抗体プローブの開発にこぎつけました」と述べています。抗体は本来、細胞の外へ分泌されるタンパク質なので、ほとんどの抗体は細胞の中では正しく立体構造を形成することができません。木村教授らは、多くの抗体を調べて細胞内で安定に機能する抗体の骨格を見つけ、Frankenbodyはこの抗体の骨格を利用して作られました。

Frankenbodyは、生細胞イメージングツールとして現在使われているGFPの短所を補う有用なツールとして期待されます。GFPは、目的タンパク質に緑色の蛍光タンパク質を遺伝的に融合し、可視化するツールとして広く用いられ、その発見と応用に対して2008年にノーベル賞が贈られました。しかし、GFPは分子サイズが比較的大きいことや、翻訳されてから蛍光を発するまでに時間を要することから、その利用が制限されることがありました。新たに開発されたFrankenbodyは、GFPに比べて非常に小さなエピトープを融合するだけで、目的タンパク質を即時に可視化することができます。これにより、目的タンパク質の誕生の瞬間をリアルタイムで捉えることも可能です。

今回発表された論文では、生細胞におけるタンパク質の1分子追跡、1分子RNA翻訳イメージング、そしてゼブラフィッシュ胚における蛍光増幅イメージングなどが実証されました。いずれの結果も従来の緑色蛍光タンパク質を融合する方法と比べ、より良い結果が得られました。

論文責任著者であるStasevich博士は、「我々は生細胞イメージングのツールとして用いることができる細胞内抗体の開発を目指しています。可視化したい目的タンパク質に結合する蛍光標識抗体を用いれば、目的タンパク質をGFPで直接標識する必要がなくなるからです」と、Frankenbodyの有用性を指摘しています。

遺伝子コード型のプローブであるFrankenbodyの可能性は無限大であり、また、コスト面でも優れているため、タンパク質やRNA翻訳動態のイメージングで広く活用されることが期待されます。趙博士研究員はFrankenbodyの強みについて、次のように述べています。「一般的な抗体は、作製にコストがかかるうえ、ロット間で特異性に差があるため、研究の際はこれらを考慮する必要がありました。しかし、Frankenbodyはプラスミドに遺伝的にコードされているため、そのような心配がなく、かつ他の研究グループへの配布も容易です」

Frankenbody による目的タンパク質のライブイメージング

図1. Frankenbody による目的タンパク質のライブイメージング


Frankenbody(緑色)により、核タンパク質、ミトコンドリア、ストレスファイバーや神経細胞膜タンパク質など、エピトープタグを付加したあらゆるタンパク質の局在を生細胞で観察できる。

今後の展開

本研究は東京工業大学 科学技術創成研究院 WRHIによる、コロラド州立大学と東京工業大学の共同研究の成果であり、今後も両研究グループの強みを生かした研究の発展が期待されます。

Stasevich博士は今後の展開について、「今回の成功をもとに、さらにいくつかの生細胞イメージングのツールをすでに開発しています。近い将来、皆様にお届けできることを楽しみにしています」と話しています。

スタセビッチ特任准教授(左)と木村教授(右)

スタセビッチ特任准教授(左)と木村教授(右)

用語説明

[用語1] WRHI : World Research Hub Initiativeの略。東京工業大学は世界的な研究成果とイノベーションの創出により「世界トップ 10 に入るリサーチユニバーシティ」を目指し、研究所・センターなどの研究組織を集約した科学技術創成研究院を設置し、世界の研究者と学内の若手を魅了する環境整備を行う研究改革を実施している。その一環として、2016年4月、研究院内に「Tokyo Tech World Research Hub Initiative(WRHI)」を立ち上げた。海外の優秀な研究者を招へいし、国際共同研究を推進する6年間のプロジェクト。新たな研究領域の創出、人類が直面している課題の解決、そして、将来の産業基盤の育成を目標に掲げ、「世界の研究ハブ」になることを目指している。

[用語2] タンパク質動態解析 : 生きた細胞の中や、溶液中でのタンパク質の挙動の経時変化を調べること。細胞内局在の変化や、標的への結合様式、生成・分解速度などを知ることができる。

[用語3] 抗体プローブ : 標的とする因子(タンパク質、糖、低分子化合物など)を可視化するために、抗体分子の抗原特異性を利用したもの。一般的に、抗体の抗原に対する特異性および親和性は非常に高く、また抗体分子は本来安定性の高いタンパク質であるため、可視化プローブとして優れている。

[用語4] 遺伝子コード型 : 目的のタンパク質を作るための遺伝暗号がプラスミドベクター等のDNAとして供与されること。 プラスミドベクターの細胞への導入は比較的容易であるため、遺伝子コード型プローブはペプチド型のものより応用範囲が広いといえる。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
A genetically encoded probe for imaging nascent and mature HA-tagged proteins in vivo
著者 :
Ning Zhao, Kouta Kamijo, Philip D. Fox, Haruka Oda, Tatsuya Morisaki, Yuko Sato, Hiroshi Kimura & Timothy J. Stasevich
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター

教授 木村宏

E-mail : hkimura@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5742 / Fax : 045-924-5973

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

原子スイッチ内部の金属フィラメントを「見る」ことに成功 究極のナノデバイスの機能向上に新指針

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要点

  • 原子スイッチ内部に形成される金属フィラメントを直接観測することに初めて成功
  • 原子スイッチの動作機構を原子レベルで解明することに成功

概要

東京工業大学 理学院 化学系の相場諒(博士後期課程2年)、木口学教授らのグループは、原子スイッチ[用語1]の電気特性を精密計測することで、スイッチ内部に埋もれていて、これまで確認できなかった金属のフィラメントを直接観測することに初めて成功した。

本研究では、銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチを作製した。このスイッチを極低温まで冷却し、電気特性を計測した。その結果、振動に由来する電気伝導度の微弱な変化から、振動エネルギーを実験的に決定できた。この振動エネルギーは、銀単体の振動エネルギーと一致し、原子スイッチ内に単体の銀のフィラメントが形成していることが明らかになった。

原子スイッチは、究極サイズの電子デバイスであり、加えて消費電力が少ない、不揮発性であるなど、既存の半導体スイッチにはない特性を多数有する次世代の電子デバイスである。原子スイッチの動作機構は、金属のフィラメントの形成と破断によって説明されているが、これまでは内部を直接確認することができず、フィラメントの組成は不明であった。本研究は、フィラメントが単体の金属であることを証明し、デバイス特性を最適化する原子スイッチの設計指針を与えた。本研究で得られた知見は、原子スイッチの動作機構の解明、機能向上へとつながる。

研究成果は2019年7月5日発行の「ACS Appl. Mater. Interfaces」にオンライン掲載された。

原子スイッチ内に形成される金属フィラメントの概念図

図. 原子スイッチ内に形成される金属フィラメントの概念図

背景

金属・イオン伝導体・金属の3層構造の原子スイッチは、究極サイズの次世代電子デバイスとして注目を集めている。動作機構としては、原子スイッチに電圧を与えると、電気化学反応によりイオン伝導体内に金属のフィラメントが形成されてスイッチがオンになること、逆の電圧をかけると、フィラメントが破断しスイッチがオフになることが知られている。金属フィラメントの形成と破断によって動作するため、状態保持に電源が不要であり、不揮発性のデバイスとしても注目を集めている。しかし、このフィラメントは、スイッチの動作機構に関わっていることは分かっているものの、原子スイッチのイオン伝導体層の内部に形成されていて直接観測できないため、金属単体なのか、電気を流す化合物なのかは不明であった。スイッチ内の金属フィラメントの組成を決定し、その全容を明らかにすることが、原子スイッチ研究の重要な課題となっていた。

研究成果

本研究では、銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチを用いて、極低温においてオン状態にある原子スイッチの電流―電圧特性を計測することで、振動スペクトル[用語2]を決定した。まず、銀線を硫黄の蒸気下に置き、表面を硫化させて硫化銀層を作製した。その上に白金線を置き、銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチを作製した(図1a)。図1bには、作製した原子スイッチの室温における電流―電圧特性を示す。最初のオフの状態から電圧を正に掃引すると、0.2 Vで電流が急に流れ始め(SET)、オンの状態になった。その後、そこから電圧を負に掃引すると、-0.25 Vで電流が急激に流れなくなり(RESET)、オフの状態になった。スイッチに加える電圧の極性および大きさにより、スイッチのオンオフを制御できていることがわかる。

スイッチを動作させることはできるが、SET電圧、RESET電圧が共に小さすぎるため、フィラメントの原子種を決定するための振動スペクトル計測を行うことができない。そこで、原子スイッチを冷却し、原子の運動を抑制することで、SET電圧とRESET電圧を共に±1 Vまで増加させた。

(a)銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチの構造モデル、(b)作製した原子スイッチの電流―電圧特性SETで伝導度の高いON状態になり、RESETで伝導度の低いOFF状態になる。
図1.
(a)銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチの構造モデル、(b)作製した原子スイッチの電流―電圧特性SETで伝導度の高いON状態になり、RESETで伝導度の低いOFF状態になる。

図2aには、オン状態における原子スイッチの振動スペクトルを示す。28 mVのところに急激な減少が観測され、28 meVの振動モードが存在することを意味している。比較のために、図2bに単体の銀のワイヤの振動スペクトルを示す。29 meVの振動モードが観測され、振動エネルギーが原子スイッチの振動モードの値と一致した。これから、オン状態のフィラメントが銀から構成されていることが実験的に明らかになった。

(a)オン状態における原子スイッチの振動スペクトル (b)銀単体のワイヤの振動スペクトル

図2. (a)オン状態における原子スイッチの振動スペクトル (b)銀単体のワイヤの振動スペクトル

振動スペクトル計測により、銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチでは、オン状態では銀のフィラメントが形成していることが分かった。次に、銀または銅、硫化銀または硫化銅、白金による3通りの原子スイッチで、同様にオン状態において振動スペクトルを計測した。その結果、銅・硫化銀・白金(図3b)および銀・硫化銅・白金(図3c)の組み合わせでは、先に実験した銀・硫化銀・白金(図3a)の組み合わせと同じ28 meVに振動モードが観測され、銀のフィラメントが形成していることが分かった。一方、銅・硫化銅・白金(図3d)の組み合わせでは、36 meVに振動モードが観測された。これは単体の銅のワイヤと同じエネルギーであることから、銅のフィラメントが形成していることが分かった。以上の結果から、電極金属と硫化物層はいずれも、金属フィラメントを構成する金属の供給源であることが分かった。さらに銀と銅では、銀の方が硫化物層内を動きやすいために、銀の金属フィラメントが形成されることが明らかとなった。

組み合わせが異なる原子スイッチにおける振動スペクトル。(a)銀・硫化銀・白金、(b)銅・硫化銀・白金、(c)銀・硫化銅・白金、(d)銅・硫化銅・白金の組み合わせ。
図3.
組み合わせが異なる原子スイッチにおける振動スペクトル。(a)銀・硫化銀・白金、(b)銅・硫化銀・白金、(c)銀・硫化銅・白金、(d)銅・硫化銅・白金の組み合わせ。

今後の展開

本研究は、これまで確認できなかった原子スイッチ内部の金属フィラメントを直接観察することに初めて成功した。また、フィラメントが化合物ではなく、単体の金属であることを明らかにした。さらに、電極金属のイオン伝導体層のいずれからも、フィラメントを構成する金属が供給され、イオン伝導体層内を動きやすい金属がフィラメントを優先的に形成することも明らかにした。つまり、原子スイッチの動作電圧は、スイッチの組成のなかで最も動きやすい金属種に依存することになる。原子スイッチでは、動作電圧を小さくすることは省電力につながる。一方、情報を読み出すときに電圧を与えるので、動作電圧が小さすぎると安定性が悪くなる。今回得られた知見は、原子スイッチの目的に合わせた、最適な金属種の選択の指針になる。これにより、より高性能な原子スイッチの開発、応用展開につながることが期待できる。

用語説明

[用語1] 原子スイッチ : 上部金属・イオン伝導体・下部金属の3層構造のナノ電子デバイス。上部金属には、電気化学反応によってイオン伝導体層にイオンが溶出する、銅や銀などの金属が用いられ、下部金属には安定な白金が用いられる。例えば、銀・硫化銀・白金からなる原子スイッチにおいて、銀電極に正の電圧を与えると、電極から銀イオンが溶出して、硫化銀内を拡散し、白金電極近傍で銀イオンが過飽和になる。その後、還元反応で生じた銀の結晶が成長して、最終的には銀のフィラメントが形成し、抵抗の小さなオンの状態になる。逆に銀電極に負の大きな電圧を与えると、フィラメントに電流が流れて破断し、抵抗の大きなオフの状態になると考えられている。原子スイッチは、微小サイズ、省電力性、不揮発性に加え、放射線損傷に強いという特徴も持っており、宇宙での実証実験も行われるなど応用が進んでいる。

[用語2] 振動スペクトル : 金属の微小接点を流れる電流の電気特性を利用して、金属ナノ構造体の振動情報を得る計測方法である。金属の微小接点の両端に電圧を与えると、電極間を流れる電子が、振動を励起することでエネルギーを失う非弾性散乱現象が起こる。この非弾性散乱によって、接点の電気伝導度が減少する。電圧が低い時には電子のエネルギーが低いために散乱が起こらず、一定以上の電圧を与えた時に散乱が起こる。つまり、電気伝導度が減少した時点のエネルギーを調べることで、振動エネルギーが決定できる。伝導電子と振動の相互作用は、接点の中の最も細い部分で最も頻繁に起こるため、この計測方法でも、その部分の振動情報が得られることになる。今回の実験では、金属ワイヤで最も細い部分はフィラメント部分である。したがって、本計測法はフィラメントを直接計測できたといえる。

論文情報

掲載誌 :
ACS Appl. Mater. Interfaces
論文タイトル :
Investigation of Ag and Cu Filament Formation Inside the Metal Sulfide Layer of an Atomic Switch Based on Point-Contact Spectroscopy
著者 :
A. Aiba, R. Koizumi, T. Tsuruoka, K. Terabe, K. Tsukagoshi, S. Kaneko, S. Fujii, T. Nishino, M. Kiguchi
DOI :
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お問い合わせ先

理学院 化学系

教授 木口学

E-mail : kiguti@chem.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2071 / Fax : 03-5734-2071

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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加速度センサーの高感度化・低ノイズ化に成功 従来比で感度100倍以上、ノイズ10分の1以下

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要点

  • 積層メタル構造によりMEMS加速度センサーの高感度化・低ノイズ化に成功
  • 超小型加速度センサーの高分解能化・汎用化を実現
  • 医療やインフラ診断、移動体制御、ロボットなど様々な分野をレベルアップ

概要

東京工業大学の益一哉学長(科学技術振興機構(JST)ナノエレクトロニクスCREST代表者)らとNTTアドバンステクノロジは複数の金属層で形成される積層メタル構造を用い、超低雑音・超高感度特性を有するMEMS[用語1]加速度センサーの開発に成功した。従来のMEMS技術では困難だった1マイクロ(μ)Gレベル(G=9.8 m/s2、重力加速度)の高分解能の検知を実現した。

超小型加速度センサーの高分解能化・汎用化における革新的な技術であり、医療・ヘルスケア、インフラ診断、移動体制御、ロボット応用など様々な動き検知用途において新しいデバイス・システム開発につながると期待される。

同研究グループはこれまでに金材料を用いてMEMS加速度センサーの錘(おもり)を10分の1以下に小型化する手法を提案。この実績をもとに今回はMEMS構造を複数の金の層を重ねて形成することで面積あたりの錘質量を増やし、従来の同サイズセンサーに比べて感度を100倍以上に向上、ノイズを10分の1以下に低減することに成功した。

研究成果は国際学術論文誌「Sensors and Materials(センサーとマテリアル)」に掲載され、2019年7月23日にオンライン公開された。

NTTアドバンステクノロジ株式会社
本社:神奈川県川崎市、代表取締役社長:木村丈治氏、事業内容=トータルソリューション、セキュリティ、クラウド・IoT、AI×ロボティクスなど。

研究成果

東工大とNTTアドバンステクノロジの研究グループはこれまで、金材料を用いてMEMS加速度センサーの錘を10分の1以下に小型化する手法を提案している。今回はこの技術をさらに発展させて、複数の金属層から形成される積層メタル構造を錘やばねに用いることで、超低雑音・超高感度特性を有するMEMS加速度センサーを開発した。

具体的には図1に示すように、複数の金の層を重ねて錘を形成することで、面積あたりの錘質量を増やし、錘質量に反比例するノイズ(ブラウニアンノイズ)を低減した。さらに、その錘の反りを低減することで、4 mm角チップ面積を最大限利用した静電容量センサーを実現し、感度(加速度あたりの静電容量変化)を増大した。試作したデバイスの全体写真および拡大した電子顕微鏡写真を図2に示す。

以上の結果、図3に示すように、従来の同サイズセンサーと比較して感度100倍以上、ノイズ10分の1以下を達成した。これにより、超小型センサーによる1 μGレベルの検出の見通しを得た。MEMS作成には半導体微細加工技術と電解金めっきを用いており、集積回路チップ上に今回開発したMEMS構造を形成することも可能である。したがって、超小型加速度センサーの高分解能化・汎用化技術として期待できる。

デバイス断面構造

図1. デバイス断面構造

試作デバイス写真

図2. 試作デバイス写真

ノイズと感度の性能比較

図3. ノイズと感度の性能比較

背景

加速度センサーはスマートフォンなどの民生市場や社会インフラ全般のモニタリング用途の拡大に伴い、今後も大幅な需要増加が見込まれる。これらの小型・量産可能な加速度センサーでは、製造プロセスが確立したシリコンMEMS技術が広く普及している。

しかし、加速度センサーの機械構造に由来する雑音は可動電極(錘)の質量に反比例するため、サイズ小型化と低雑音化にはトレードオフが生じた。さらに感度はおおよそサイズに比例するため、サイズ小型化と高感度化にもトレードオフが生じる。加速度センサーの高分解能化には低ノイズ・高感度性能が必要なため、従来の小型シリコンMEMS加速度センサーでは1 μGレベルの検出が困難であった。

今後の展開

超小型・高分解能の加速度センサーを実現することは、多種多様な動き検知用途でブレークスルーとなり得る。人体行動検知による医療・ヘルスケア技術、振動検知によるインフラ診断、ロボットの超精密制御・超軽量化、移動体制御、GPSが利用できない場所での自動航行制御システムの実現、超低加速度の振動モニタリングが必要な宇宙環境計測など様々な分野に応用できる。

また近い将来、あらゆるモノに大量のセンサーを配置する時代の到来が予想されており、その際に動作検知の最も基本となる加速度センサーの超小型化と高分解能化を実現する本技術は極めて有効であるといえる。

用語説明

[用語1] MEMS(Microelectromechanical Systems、微小電気機械素子) : 半導体微細加工技術を利用して製造したマイクロメートル寸法の三次元電子・機械デバイスの総称。現在、民生用加速度センサーの大半はシリコンを材料としたMEMS素子で作製されている。

論文情報

掲載誌 :
Sensors and Materials
論文タイトル :
A MEMS Accelerometer for Sub-mG Sensing
著者 :
Daisuke Yamane, Toshifumi Konishi, Teruaki Safu, Hiroshi Toshiyoshi, Masato Sone, Katsuyuki Machida, Hiroyuki Ito, and Kazuya Masu

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所

助教 山根大輔

E-mail : yamane.d.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5031 / Fax : 045-924-5166

NTTアドバンステクノロジ株式会社

グローバル事業本部 プロダクトインキュベーションセンタ

E-mail : sensor@ml.ntt-at.co.jp
Tel : 046-270-3682 / Fax : 046-250-3871

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

NTTアドバンステクノロジ株式会社

経営企画部コーポレート・コミュニケーション部門

担当:加藤・須貝

E-mail : inquiry@ml.ntt-at.co.jp

生命誕生に欠かせない「区画化」の新たな起源 ポリエステル微小液滴による膜不要の区画化

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要点

  • 初期地球環境での生命誕生には、外界と生命体を隔離する「区画化」が必須と考えられている。
  • 単純な構造のαヒドロキシ酸から形成されるポリエステルの微小液滴が「区画化」の役割を担えることを実験的に示した。
  • 膜ではないポリマー液滴による「区画化」は初期生命発生の新たなモデルとなると期待される。

概要

東京工業大学 地球生命研究所(以下ELSI)のTony Z. Jia(トニー・ズィ・ジャー)研究員、マレーシア国民大学およびプラハ化学技術大学のKuhan Chandru(クーハン・チャンドゥルー)研究員、沖縄科学技術大学院大学の本郷やよいリサーチユニットテクニシャン(研究当時・ELSI研究員)らの研究グループは、生命誕生以前の始原的な地球環境において、比較的単純な分子を原料に形成されるポリエステルの微小液滴が、分子や反応を周辺環境から「区画化」することで、生命へと向かう分子進化の重要な段階を担っていた可能性を、実験によって初めて明らかにしました。

本研究では、αヒドロキシ酸(以下αHA)水溶液を加熱乾燥すると容易にポリエステルへと重合し、このポリエステルは水系溶媒に再溶解させると直径数十マイクロメートル程度の微小な液滴を形成することを示しました。さらに、この微小液滴は、pHやイオン強度の変化に応じて合体したり、再攪拌により再び微小液滴に解離し、蛍光色素やRNA、たんぱく質を選択的に内部に隔離する性質を持つことを確かめました。

生命には、遺伝物質や代謝反応に関わる分子の散逸を防ぎ、反応を選択的に駆動させるための、周辺と自己を隔てる区画化が必要です。現生生物では脂質二重膜からなる細胞膜がこの役割を担っていることから、生命起源研究ではこれまで主に脂質膜の起源に焦点が当てられてきました。しかし、脂質膜がなくとも初期地球環境条件下で比較的容易に生じるポリマーの微小液滴が始原的な隔壁の役割を担えた可能性が本研究で明らかになりました。今後、生命誕生以前に分子や複雑な化学反応系がどのように局在し合体しながら生命へと進化したのかを解明する上で、微小液滴による区画化は新たな実験モデルとなると期待されます。

なお、本研究成果は米国東部標準時 2019 年7月22日公開の米国科学アカデミー紀要 (PNAS)の電子版に掲載されました。

研究の経緯

従来の生命起源研究では、現生生物の有する主要な分子がいつどのように生じ、どのような過程で生命の誕生へと結びついたのかが注目され、現生生物の細胞膜を構成する脂質類が「区画化 (compartmentalization)[用語1]」の機能を担う分子として研究の主な的となってきました。一方、本研究の共著者であるChandruらは以前より、初期地球環境で重合化する可能性のある分子として、本研究でも用いられた5種類のαヒドロキシ酸[用語2](以下αHA)を挙げていました。本研究グループは、生命の出現以前に存在したと思われる、より多様な非生命分子が予期せぬ形で化学反応系の進化に寄与した可能性に着目しました。実験では、単に重合反応を追跡するだけでなく、得られたゲル状の凝縮相の物性に着目して、再懸濁後の微小液滴を詳しく顕微鏡観察した結果から、膜によらない、水溶液に漂う液滴による分子や反応の区画化という仮説にいたりました。

Chandru K, et al. (2018) Simple prebiotic synthesis of high diversity dynamic combinatorial polyester libraries. Communications Chemistry 1(1). doi:10.1038/s42004-018-0031-1.

研究成果

研究グループ(図1)は、単純な構造の5種類のαHAの水溶液をそれぞれ80度で加熱乾燥すると、様々な重合度のポリエステルが生じることを質量分析により確認しました。また5種類のαHAのうち、比較的親水性の高いグリコール酸を原料とした場合を除き、重合物であるポリエステルはゲル状の凝縮相を形成しました。これを水・アセトニトリル混合溶媒に再溶解させると、直径数十マイクロメートル程度の微小液滴が生じることが確かめられました(図2)。αHAは、生命誕生以前の初期地球環境や類似環境を持つ他の天体にも遍在するとされています。水の存在下での分子の加熱乾燥と重合、その後の再溶解は、初期地球環境中でも十分起こり得る過程の一つです。以上の実験結果は、生命誕生以前の多様な化合物が混在した環境中で、様々な分子量サイズのポリエステルが生じ、水中で微小液滴として自己集積していた可能性を示唆します。

図1. 地球生命研究所(ELSI)の研究グループは、グリコール酸や3-フェニル乳酸のような単純な有機化合物が、加熱による乾燥とその後の再溶解によってポリエチレン類へと重合し、細胞サイズの微小液滴へと自己組織化することを明らかにした。加熱乾燥と再溶解は初期地球環境において海辺や水たまりのような場所で起こりえたと考えられている。
図1.
地球生命研究所(ELSI)の研究グループは、グリコール酸や3-フェニル乳酸のような単純な有機化合物が、加熱による乾燥とその後の再溶解によってポリエチレン類へと重合し、細胞サイズの微小液滴へと自己組織化することを明らかにした。加熱乾燥と再溶解は初期地球環境において海辺や水たまりのような場所で起こりえたと考えられている。
図2. αヒドロキシ酸を加熱乾燥して得られたゲル、およびゲルの再溶解で生じる微小液滴(光学顕微鏡写真)。
図2.
αヒドロキシ酸を加熱乾燥して得られたゲル、およびゲルの再溶解で生じる微小液滴(光学顕微鏡写真)。

この実験で形成された微小液滴には、水溶液中で合体したり消失したりするダイナミックな性質が見られました。しかし、液滴を含む水溶液の温度を90度まで上昇させたり、水で10倍に薄めたりしても、液滴は完全には消失しませんでした。また実験では、環境中で起こる水溶液の性質の変化に対して、微小液滴がどれほど耐えられるかを調べました。αHA水溶液そのものはもともと酸性ですが、ポリエステル微小液滴を含む水溶液を弱い塩基性(pH8)にしたり、塩などを加えイオン強度を増したりすると、液滴同士が合体することが観察されました。一旦合体した液滴は、再度撹拌すると再び微小液滴になることも分かりました。このような現象は、リン脂質や脂肪酸からなる膜小胞では比較的起こりにくいものです。膜ではない液滴でこうした現象が起こるということは、区画化されたミクロスケールの系どうしが、容易に分離したり再構成されることを意味します。そうした区画の分離や再構成を通じて、反応や化合物が隔離や結合を繰り返すことは、初期生命に至る反応系の進化を促進するためには都合が良かったと考えられます。

さらに、3-フェニル乳酸を重合させたポリエステルの微小液滴は、蛍光色素分子や蛍光標識化RNA、蛍光タンパク質が液滴内に選択的に取り込みました(図3)。さらに、両親媒性[用語3]の脂質を外側に集積させることも明らかになりました。蛍光標識化RNAと蛍光タンパク質は液滴内部に区画化された後も、その触媒機能や構造を保つことも確認されました。

以上から、初期地球環境では、αHAのような単純な構造の分子の混合物から、多彩な表現型(フェノタイプ)のポリマーが生じ、それらが微小液滴を形成することによって、膜を形成せずとも周辺から物質や反応を隔てる機構となり得た可能性があります。これは、区画化を必要条件とする生命起源の研究において、分子や反応系の進化を説明する新たなモデルになります。

図3. 再溶解後の水中に生じたポリエステル微小液滴が蛍光色素を取り込み、区画化を実現している(蛍光顕微鏡写真)。
図3.
再溶解後の水中に生じたポリエステル微小液滴が蛍光色素を取り込み、区画化を実現している(蛍光顕微鏡写真)。

今後の展開

水中に、水とは相容れない性質であるポリエステルの微小液滴ができると、水溶液中では起こりにくい反応が液滴内部の疎水性環境を利用して駆動される可能性があります。溶液条件の変化に伴い、微小液滴同士が合体と解離、再結合を繰り返せば、そうした反応同士が連結したり、組み替えられたり、さらには区画化された液滴同士で反応間のネットワークを生み出せる可能性もあります。またポリエステル微小液滴には、外側に両親媒性分子の層を形成する特徴的な性質が見られたことから、今後、脂質とポリエステル液滴を合わせた研究への発展も期待できます。

これまでの生命起源研究では、混合物の複雑な動的化学反応を実験的に取り扱うことは容易ではありませんでした。しかし、本研究で得られたようなポリマーからなる微小液滴間の力学を利用すれば、様々なスケールで区画化された複雑系の化学反応を扱うことができるようになり、生命発生の起源を説明する新たなモデル実験に利用できると考えられます。こうした微小液滴が、様々な生体高分子を利用した生命起源モデル構築への足がかりとなることが期待できます。

用語説明

[用語1] 区画化 (compartmentalization) : 境界、隔壁によって生命の内部を外部環境から隔てること。現在の生命は、脂質膜を使ってエネルギーや物質を外部と交換しつつも、遺伝物質や代謝物を内部に止まらせる複雑な区画化を行っている。

[用語2] αヒドロキシ酸(αHA) : カルボキシル基の隣の炭素(α炭素)が水酸基を有する酸の総称。本実験では、比較的構造が単純な乳酸、グリコール酸、3-フェニル乳酸、2-ヒドロキシ-4-メチルスルファニルブタン酸、ロイシン酸の5種類のαヒドロキシ酸が用いられた。

[用語3] 両親媒性 : 水に溶けやすい「親水基」と油に溶けやすい「親油(疎水)基」の両方を持つ分子の性質。

論文情報

掲載誌 :
米国科学アカデミー紀要(PNAS: Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America
論文タイトル :
Membraneless Polyester Microdroplets as Primordial Compartments at the Origins of Life
著者 :
Tony Z. Jia, Kuhan Chandru, Yayoi Hongo, Rehana Afrin, Tomohiro Usui, Kunihiro Myojo, H. James Cleaves II
DOI :

お問い合わせ先(英語のみ)

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)

研究員 Tony Z. Jia(トニー・ズィ・ジャー)

E-mail : tzjia@elsi.jp
Tel : 03-5734- 2708 / Fax : 03-5734- 3416

お問い合わせ先(日本語のみ)

沖縄科学技術大学院大学 神経進化ユニット

リサーチユニットテクニシャン 本郷やよい

E-mail : yayoi.hongo@oist.jp

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

ヒストンタンパク質の翻訳後修飾の可視化に成功 エピジェネティックマークを色で観察する細胞内抗体プローブ開発

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要点

  • ヒストン修飾の生細胞でのカラー計測に成功
  • 従来の細胞内局在変化を利用するプローブより明瞭な信号変化
  • 遺伝子活性化の可視化プローブとして、創薬などへの応用に期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の上田宏教授と鍾蝉伊(ショウ・ゼンイChung, Chan-I)研究員(研究当時)、木村宏教授らの研究グループは、ヒストンタンパク質[用語1]の特定の翻訳後修飾[用語2]ヒストンH3タンパク質の9番目リジンのアセチル化、H3K9ac[用語3])を生細胞内の蛍光色変化として可視化する技術の開発に成功した。

細胞内抗体[用語4]と蛍光タンパク質間の蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)[用語5]を用いてH3K9acをその蛍光波長変化として直接検出する細胞内抗体プローブH3K9ac FRET-mintbody[用語6] を開発し、生きた細胞をライブイメージングすることに成功した(図)。抗原に結合することによる細胞内抗体の微妙な構造変化と、二つの蛍光タンパク質同士の距離と配向の変化により、FRET効率が顕著に向上するプローブを構築できたと考えられる。

細胞内でDNAと結合しているヒストンタンパク質の翻訳後修飾は、遺伝子の働きを制御する重要な役割を果たしている。その中でヒストンH3のアセチル化修飾は遺伝子活性化の目印として働くと考えられており、発生や分化、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の形成過程で大きく変動することが知られていたが、これまで生きた細胞内でその修飾量の変化を蛍光色で観察する技術は報告されていなかった。

この成果は7月15日に英科学誌「Scientific Reports(サイエンティフィックレポーツ)」にオンライン掲載された。

内在性のH3K9acを蛍光色変化として検出する細胞内抗体プローブH3K9ac FRET-mintbodyの模式図(上)と、ヒストン脱アセチル化阻害剤トリコスタチンA (TSA)添加の有無によるプローブ発現細胞の蛍光色変化(下)

図. 内在性のH3K9acを蛍光色変化として検出する細胞内抗体プローブH3K9ac FRET-mintbodyの模式図(上)と、ヒストン脱アセチル化阻害剤トリコスタチンA (TSA)添加の有無によるプローブ発現細胞の蛍光色変化(下)

研究成果

ヒストンH3タンパク質9番目リジンのアセチル化(H3K9ac)特異的抗体の可変領域を、両側に蛍光色の異なる2種類の蛍光タンパク質を融合させた一本鎖可変領域抗体(single-chain variable region fragment, scFv)として細胞に発現させ、 蛍光共鳴エネルギー移動型細胞内抗体プローブ(fluorescence resonance energy transfer type modification-specific intracellular antibody, FRET-mintbody)を作製した。

試行錯誤ののち、哺乳動物細胞内とその細胞抽出液を用いて構築したFRET-mintbodyがH3K9acに特異的に結合して蛍光色を変化させることを確かめた。さらに、生細胞内でのH3K9acレベルのカラーライブイメージングに成功した。この結果、同条件での蛍光観察において、mintbodyの細胞内局在変化よりも大きな色(2波長での蛍光強度比)変化を、より簡便かつ正確に定量する事に成功した。

背景

多細胞生物の体を構成する細胞では個々の細胞に特有の遺伝子が活性化している。この遺伝子発現制御には、エピジェネティック制御が重要であることが示されてきた。エピジェネティック制御とは、DNA配列の変化を伴わずに起こる遺伝子発現の制御であり、DNAのメチル化やDNA結合タンパク質であるヒストンの翻訳後修飾などにより引き起こされる。

ヒストン修飾は細胞分化過程やシグナル応答などの発現遺伝子がダイナミックに変化する際に可逆的に変化するため、特に重要な役割を果たすと考えられている。H3K9acは、がん化などの細胞増殖制御に関わる遺伝子発現活性化に関与することが報告されており、筆者のうち木村教授らは、ヒストンのアセチル化亢進に伴うプローブの細胞質から核への局在変化を指標とするH3K9ac-mintbodyプローブをすでに開発していた。しかし、この変化を蛍光色変化として検出できるプローブは開発されていなかった。

研究の経緯

タンパク質の翻訳後修飾の検出法としては、細胞を固定した後に修飾特異的抗体[用語7] を反応させる方法が最もよく用いられている。しかし翻訳後修飾の役割をより詳細に理解するためには、生きた細胞でダイナミックに変化する修飾を個々の細胞単位で調べる必要がある。木村教授らのグループはこれまで、各種修飾特異的抗体由来の生細胞プローブを開発し、生きた細胞の中で起こるヒストンタンパク質の翻訳後修飾を、蛍光顕微鏡を用いて観察するシステムを樹立してきた。

特に抗体の可変領域を蛍光タンパク質融合型scFv[用語8]として細胞内に発現させたプローブmintbodyは、遺伝子改変動物の個体レベルの解析などに応用可能であったが、修飾に伴うプローブの細胞内局在変化を検出する原理のため、蛍光強度の変化が少なく定量的評価のためには核と細胞質での蛍光定量を厳密に行う必要があった。

そこで今回、蛍光抗体プローブ構築を専門とする上田教授らにより、抗体可変領域がH3K9acに結合する事で蛍光共鳴エネルギー移動の効率が変化するプローブの構築が試みられた。この結果、同条件での蛍光観察において、脱アセチル化阻害剤トリコスタチン添加によるmintbodyの細胞内局在変化よりも大きな色(2波長の蛍光強度比)変化を、より簡便に検出することに成功した。さらにこの変化のライブセルイメージングに成功した。

今後の展開

ヒストンの化学修飾はDNA配列の変化を伴わずに起こる遺伝子発現の制御であるエピジェネティクスで重要な役割を果たしており、なかでもヒストンのアセチル化修飾は遺伝子活性化の目印として注目されている。本研究により得られたH3K9 FRET-mintbodyにより、より高い精度で生細胞での解析が可能となり、この修飾の新たな側面が見いだされることが期待できる。また、本成果は今後、他の細胞内在性抗原検出のための抗体プローブ構築の指針になると期待される。

用語説明

[用語1] ヒストンタンパク質 : 真核生物のクロマチン(染色体)を構成する主要なタンパク質。

[用語2] 翻訳後修飾 : タンパク質は細胞内で生合成された後、アセチル化、メチル化、リン酸化など様々な化学修飾を受ける。細胞内のほとんどのタンパク質はこれらの修飾により機能や活性が調節されている。

[用語3] ヒストンH3タンパク質の9番目リジンのアセチル化(H3K9ac) : 一般的にヒストンがアセチル化されると、クロマチンと DNA の結合が緩み、転写因子が結合しやすくなって遺伝子発現が増加する。特にH3K9acは、活性化された遺伝子のエンハンサーおよびプロモーター領域で検出される。このようなアセチル化はヒストン・アセチルトランスフェラーゼ(Histone acetyltransferase; HAT)とヒストン脱アセチル化酵素(Histone acetylase; HDAC)によって調節されている。

[用語4] 細胞内抗体 : 本来細胞外タンパク質である抗体はジスルフィド結合が形成されない細胞内では天然の構造を形成しづらい。そのため今回は天然抗体に変異を導入し、細胞内でも安定な構造をとって機能する抗体を選択し利用した。

[用語5] 蛍光共鳴エネルギー移動 : 近接した二つの蛍光色素間を、無放射的にエネルギーが移動して励起した色素の蛍光波長が減衰し、通常より長い波長の蛍光が観察される現象。正確にはフェルスター共鳴エネルギー移動(Förester Resonance Energy Transfer, 短くFRET)と呼ばれる。今回は蛍光色素として細胞で発現可能な2種類の蛍光タンパク質(水色のCFPと黄色のYFP)を用いた。

[用語6] FRET-mintbody : FRET(fluorescence resonance energy transfer=蛍光共鳴エネルギー移動)、Mintbody(Modification specific intracellular antibody=修飾特異的細胞内抗体)

[用語7] 修飾特異的抗体 : 修飾されたアミノ酸を含む配列を特異的に認識して結合する抗体。修飾部位とその前後数残基を含むペプチドを抗原として動物を免疫し、作製することができる。

[用語8] 蛍光タンパク質融合型scFv : 一本鎖抗体scFvに通常1個の蛍光タンパク質を融合させたもの。蛍光によりその細胞内局在を観察できる。Mintbodyにおいてはヒストン修飾の増加に伴い、ヒストンがある核に局在するMintbodyの割合が増加する。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Intrabody-based FRET probe to visualize endogenous histone acetylation
著者 :
Chan-I Chung1,5, Yuko Sato2, Yuki Ohmuro-Matsuyama1, Shinichi Machida3, Hitoshi Kurumizaka3,4, Hiroshi Kimura2 & Hiroshi Ueda1
所属 :
1Laboratory for Chemistry and Life Science, Institute of Innovative Research, Tokyo Institute of Technology
2Cell Biology Center, Institute of Innovative Research, Tokyo Institute of Technology
3Laboratory of Structural Biology, Graduate School of Advanced Science & Engineering, Waseda University
4Present address: Institute for Quantitative Biosciences, The University of Tokyo
5Present address: Department of Pharmaceutical Chemistry, University of California San Francisco
DOI :

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